第七十話 全部隊
「兄さん……ケケケ」
少年は不気味に笑ってゆっくりとこちらへ近付いてくる。
「こいつは?」
「分からない。多分、ここの王子だと思う」
兄さんっていうのは俺のことか? だとしても初対面では俺が兄とは分からな――――
「同じ匂い」
強烈な風圧が俺を襲った。離れたところにいたはずの少年が俺の目の前に立ち、くんくんと匂いを嗅いでいた。
掴みかかろうとしたが、触れる前に少年の姿が消える。
「兄さんだぁああああ!! ケ、ケケケケケケケ」
後ろの方から声がして咄嗟に横へ跳んだ。耳のすぐ横を風が通り過ぎる。
今のは偶然。二度も避けることは出来ないだろう。だとすればこちらから仕掛けるまでだ。
風を切り裂いた少年は俺の真横で動きを止めている。
一瞬の間も与えず少年の顎にアッパーした。流石にこれは避けられなかったのか、狙い通り拳が顎へ綺麗に入り、少年は数メートル浮いた。
「ゲッ!?」
少年は驚いた表情でこちらを見下ろしている。空中で走ることは出来ない。せいぜいが手足をバタつかせる程度だろう。
少年が浮いている僅かな時間を逃すはずがなく、体を横へ向け、右足を曲げて脇腹辺りまで上げる。そしてそのまま押し出すように少年の腹を蹴った。
少年は人形のように体をクネらせながら吹っ飛んでいく。
そこでさらに追い打ちを掛けるため、走り出そうとしたところで制止の声が聞こえた。
「待て」
男と女が混ざったかのような声。その声に驚いて立ち止まってしまった。
「このままだと早くも全滅だ。援軍を呼ぶ」
「ふざけるな! それに、戦える奴なんてもういないはずだ」
くつくつと笑い声がどこからともなく聞こえる。
「まだ生きている全部隊だよ。と言っても、隊長を操るのは体力的に厳しい。王子は初めからいつでも操れるようにしているのだが。……なので今操れるのは副隊長以下だな」
「隊長を操ることも出来ない奴が火星内をリセットして作り直すだなんてよく言えたな」
「だから協力してもらっているのではないか。君達に」
「……よく分からんが、最低な神様だということだけは分かる」
ダンは両手を90度に曲げ、肩まで上げて手のひらを上へ向けていた。完全に呆れている。
そうこうしているうちに少しずつ部隊兵が集まってきていた。
まずは数人が襲いかかってきたが、ダンとトマトさんが倒す。
「トマトさんは部隊兵じゃないのか」
「今はね。弱い人ばかりで訓練がつまらなかったから少し前に辞めた」
四部の副隊長である副は操られていないが、言わずもがなだ。
あちこちから部隊兵が俺達に向かって走ってくる。相当な数だ。
俺も戦おうと構える。部隊兵以外の視線を感じて、周りを見た。
「隊長が戦うべき相手はそこにいる兵ではありません」
「唯果ちゃんも行くの?」
「もちろんです。そういえば叶未先輩は操られなかったんですねー」
「役に立たないと思われたのかも……。実際そうだもん」
苦笑する叶未に対し、あははーと笑って唯果はみんなにぺこりと頭を下げた。
次々と襲い来る部隊兵と戦う仲間達に背を向けて、俺と唯果は走り出した。
神を探すと言ってもどこにいるのかが分からない。とりあえずもう一度第四王国へ行くことになり、ひたすら走る。
第一王国から第四王国は対して離れてはいない。
辺りに何もなく広い暗闇の中、タッタッタッという足音が止まる。目的地に着いたわけではない。
まるで初めからそこで待っていたかのように、神が立っていた。




