第六十八話 お兄ちゃん
「お母さんに会っていかなくてもいいの?」
「それはすべて終わってからでも間に合うよ。そんな暇があるならお母さんを死なせないために戦う」
火星に着いた私とレミは、目の前にある第一王国に足を踏み入れていた。
「誰もいないね」
もっと賑やかなイメージとは違い、閑散としていた。
ほとんどの家は扉が開いていて、中に人はいないことが窺える。
「……」
「レミ? どうしたの?」
レミはある一点をじっと見つめていた。
そこにあったものは……。
「なに……これ……」
無数の死体、死体、死体。まさに地獄絵図だった。来る星を間違えたのではないかとすら本気で思ってしまうほどに酷い光景。
どうしてこうなったのか、考えるまでもなかった。
「……ここの王子だよね、あんた」
無数にある死体の中心に佇んでいる少年。短い短髪で、背は高くもなく低くもない。どこにでもいそうな少年だが、そこに立っているだけで何者かが分かってしまう。
「兄さんは……ケケ……どこ?」
瞬きしたときには、私の息がかかるほどの距離に少年がいた。
私はわけが分からず動けない。
「がっ!?」
そして次に瞬きをしたときには、少年からだいぶ離れたところで倒れていた。
少年は言う。
「ケケ、兄さんは……どこ?」
瞬きをする。目の前に少年。
恐怖を感じてもおかしくない状況なのに、私の中では段々と怒りだけが膨らんでいく。
「それを聞くためだけに……あれだけの人を殺したっていうの?」
次に瞬きをしたとき、少年の蹴りを受け止めて立ち上がっていた。視界に入る前髪を見て、自分の髪が緑色に変わっていることに気付く。
「緑髪……種族、ケケケケ」
緑髪に変わった私を見た少年は怖がるわけでもなくただ、面白そうな物を見つけたかのような顔をしていた。
「喜んでいるところ悪いけど、残念ながら私は大人の玩具じゃない。覚悟しておいた方がいいかもね」
「大人のって……」
「何? レミ」
「い、いや何でもないよ」
少年は一瞬にして私から距離をとった。いくら王子でもあそこまで速い動きはできない。
あり得ないことかもしれないけど、おそらくあれは能力。
硬大くんの言っていたことが分かった気がした。きっとここだけではなく、他の王国でも同じような事態に陥っている。
この星は狂ってきている。
私は地面を蹴り、一息で少年の目の前まで迫った。速さならこっちだって負けない。勢いに任せて右手を突き出す。
「ケッ」
当たり前のように躱す少年の胸倉を左手で掴み、もう一度殴りかかろうとしたときに、左足を払われてバランスを崩した。
「梓!」
叶未が走ってくるが……遅い。その速さでは私達について行くことはできない。
私はバランスを崩した直後横腹に激痛が走り、宙を舞っていた。
「……ぐぁっ!!」
体が地面に叩きつけられ、起き上がろうとするが、体が思うように動いてくれない。
いつの間にか目の前には少年がナイフを持って私を見下ろしていた。そしてゆっくりと振り上げられるナイフ。
「ケケ。もっと強……いと思ってた……ケ……のに」
レミが叫びながら走ってくるけど間に合わない。
必死に体を動かそうとするが、上体を上げるだけで精一杯だった。
「硬大くん……ごめんね。硬大くんの言うことを聞いていたらこんなことには」
ドッッ…………ドゴォオオオ!!
遺言の途中で大きな音が鳴った。
それだけではない。そこにいた少年が後方にある家屋に背中から突っ込んだ。
そして私の目の前には見覚えのある大きな背中があった。
「梓に戦いは向いていない。やめておけ」
自分と同じ緑髪に、その後ろ姿。
…………思い出した。
「……お兄……ちゃん?」
その人はこちらに振り返り、やっとかという顔で笑っていた。
分かるはずがない。背も顔も髪型も何もかもがあのころと変わってしまっているのだ。
それでもあの人がお兄ちゃんだと気付けたのは、私を守ってくれるときの後ろ姿。
幼い頃、家族に内緒で外に出ていたときだ。珍しいからか、同じ年くらいの子供に囲まれたことがあり、緑髪種族の私がそれに怯えていたことがおかしかったのだろう、その子供たちに苛められた。
『おまえら! 梓になにしてるんだ!!』
苛められて泣いている私をお兄ちゃんが助けてくれた。そのときのお兄ちゃんの後ろ姿はとても頼もしくて、安心した。
「どうして……言ってくれなかったの? 何よ、ダドゥル副隊長って……ううぅ……」
いつの間にか目から涙が流れていた。言ってくれなかったことが悲しくて、再会できたことが嬉しくて、泣いていた。
お兄ちゃんはそんな私の頭を優しく撫でて、笑顔を見せてくれる。苛められていたあのときのように……。
「すまないな、黙ってて。後で話をしよう。それより今は」
お兄ちゃんはまた、私に背中を見せた。
「もう一人……いた。ケケケケ」
少年が、崩れた家屋から姿を現した。
「俺の大切な家族を傷つけてただで済むと思うなよ、邪神」
直後、二人はぶつかった。




