第五十八話 さまざまな人
悩んでいた。暗殺対象が第四王国の部隊長ということ以外は何も分からない。
お母さんも分からないみたいだし、どうしよう。
私の弟を殺した人だ。許せない。
でも見つからない。
……暗殺は無理かもしれないけれど、方法がないこともない。
私はゆっくりとした足取りで帰路についた。
朝、いつもと変わらず唯果と学校に向かっていた。今日は雨が降るらしく、空は雲っていた。
「雨やだなー」
唯果は不機嫌そうな顔をして歩きながら、持っている傘の先で地面をカツカツと叩く。
歩く度に胸元にあるネックレスが揺れている。
「雨で思い出したんだけど、そのネックレスってお気に入りなのか? いつも身に付けてるよな」
「うん、まずなんで雨で思い出したのかが分かんないんだけど。……これはお母さんから貰ったのー。とは言っても、貰ったのは私が生まれてすぐだったらしいけど」
唯果はネックレスを手のひらに乗せる。
「このネックレスを自分から一定の距離を離すと頭痛がするの。どうしてかは分からないんだけど」
そのとき俺は、プールに行った日のことを思い出した。
家を出てしばらくしたとき、頭を押さえて忘れ物をしたと言った唯果。
プールで遊んでいるときに苦しんでいた唯果。
「そうか」
俺と同じで、自分でも分からないようなことが唯果にもある……か。
それを今まで俺に話さなかったのは、心配させると思ったからだろう。
俺と同じで、不安な気持ちで一杯なのだろう。でもここで誤魔化しても余計に心配させると思ったのか……。
唯果はネックレスをぎゅっと握った。
「話してくれてありがとな」
俺は唯果の頭を撫でた。
それに対して唯果は頷くだけだった。
俺と唯果は校門をくぐり、昇降口で別れた。
外とは違い、学校内は賑やかだ。
ここにはさまざまな人がいる。
何人かで集まって話をしている人。
パンを食べながら廊下を歩いている人。
モノマネをして周囲を笑わせている人。
彼女に全力で抱き付こうとして、全力でビンタを食らう光翼。……なにやってんだあいつ。
痛そうに頬をさすっている光翼が俺に気付いて歩いてきた。
「おっす硬大、聞いてくれ。梓が俺のこと嫌いみたいなんだ」
そう言って、わざと悲しそうな顔をする。
「べ、別に嫌いなんて言ってないでしょ」
なぜかオロオロする梓。光翼が一瞬ニヤリとして、すぐ悲しそうな顔に戻った。
「じゃあ俺のことどう思ってるの?」
「え? どうって……」
顔を真っ赤にする梓。
……正直、このやりとりは見ていられない。
俺は溜め息を吐く。
「朝からイチャイチャするのはいいけど、少しは周りを気にしろ」
「べ、別にイチャイチャなんてしてないよ!」
少し怒った感じで言う梓。
……その真っ赤な顔で言われても説得力がないのだが。
周りでは、梓と光翼を見てコソコソと女子が何かを話していたり、男子がひゅーひゅーと口笛を吹いていた。
ここにはさまざまな人がいる。……本当に。
いつもの昼休み。
叶未は今日、風邪で休みらしい。
少し寂しいとは思ったが、三人でいつも通り会話をしつつ弁当を食べていた。
そしていつも通り笑い合いながら時間が過ぎていくはずだった。
突然放送が入った。
『え、えーと。……これを読むんですか? でも……す、すみません! 分かりました』
一瞬にして周囲がざわつき始める。
「な、なんだ?」
光翼もその内の一人だった。そして梓に、うるさいと頭を叩かれていた。
ただ事ではないということは、放送部の声で分かった。
『……四部隊長、今夜10時に二部隊長を殺した場所まで来い』
理解するのにたっぷり数秒かかった。
まず分かったことは、第二王国の王女が放送部員を使って俺にデートのお誘いをしてきたということ。
あとは、何だ? あ、そうか。場所は……プールでいいのか?
「……硬大くん、どうするの?」
梓が小声で聞いていた。
さっきよりも周囲が騒がしくなっていた。
教師が慌ただしく廊下を走っている。おそらく放送室に向かったのだろう。
「え、え? なに? どゆこと? 硬大、どういうことのなのこれ!?」
パニック代表神田光翼。
立ち上がったり座ったり忙しそうだった。とりあえずこいつは無視するとして、俺は梓に言った。
「行くしかないだろ」
「じゃあ、私も行く」
22時まであと10分。
俺と梓はプールにいた。
まさか二度も侵入することになるとは思わなかった。
水面を見つめる。そこには不安な表情をした自分の顔が映っていた。
あれから教師が放送室に入ったらしいが、そこには放送部の人がいるだけだった。放送部の人の話によると、黒い服を着た女の人が放送室に入ってきて、その人が持っていた紙に書かれていることを放送で読まされたらしい。 顔は、マスクにサングラスを付けていて、さらに帽子も被っていたらしく、分からなかったらしい。
唯果は、連れて行けとうるさかったが、人が多いと相手が逃げるかもしれないから家で待っててくれとか適当な事を言ったら、泣きそうな顔をしながらも分かってくれた。
梓にもついて来ないように言ったのだが、こうなったのは自分のせいだと聞かなかった。
……夜だからか、風が吹く度に涼しくなる。
梓も俺と同じように水面を見つめていた。
時間を確認する。21時55分。
カシャン……。
そのとき、後ろで音がした。
驚いた俺と梓が振り返ると同時に声が聞こえた。
「……どうして」
そこにいたのは――――叶未だった。




