表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双天の共鳴者  作者: 月山
第一章「共鳴者覚醒」
19/126

そして戦場へ


 夜の闇の中で蠢く人影があった。


「――海堂隊長、工作班より報告が。作戦通り潜入に成功し、設置が完了したとのことです。現在、所定の位置で合流時刻まで待機中。BチームからDチームも海上で待機中です」


 使い古されたように見受けられる、軍の戦闘用のジャケットを羽織った色素の薄い金髪の女性――おそらくは副官だと思われる人物がそう報告した。


「うむ。作戦開始時刻までそのまま待機と伝えておけ。それと、無用な戦闘も避けるようにとな。本番前に消耗するのは命取りだ。作戦開始後も一般人にはできるだけ手をだすなと厳命しておけ」


「了解致しました」


 隊長と呼ばれた大柄の男は、計器類や操縦桿を確認しながら副官にそう命令した。


 彼は顔や手が傷だらけだった。恐らく体中も傷だらけなのだろう。それが、彼から只者ではない雰囲気を醸し出している。

 確認が済むと、彼の目はモニターに映った第三交易都市に向けられていた。

 闇夜の中でも光を放ち続ける都市を見るその瞳には、思わず目を背けたくなるような憎しみが燃え滾っている。


「……海の藻屑となれ、忌々しい産物め」


 その周りにいる数人の部下たちも、彼と同じ目をしていた。



「――海上警備システムに反応。数は不明。都市周辺の海上、東西南北より接近。会敵予測まで、あと二十」


「待ってください。――都市各最端部で爆発の感あり。現在警備班が確認に向かっています」


「海上警備システムの反応消失。八十%ロスト」


「警備班――いえ、海上を監視中の全班より報告。海上に艦影を捕捉とのこと。数は……それぞれ一です」


「ほう、もう来ましたか。……予備の班も全て招集しなさい。――各員に通達。魔術及び魔動機の使用を全面的に許可。都市部への被害がいくら出ようと構いません。敵をフロートのコアに近づけるのだけはなんとしても阻止しなさい。

 ――さあ、開戦です」



 ――現時刻、午前零時ジャスト。



 初めに届いたのは振動、その直後に爆発音だった。


「っ!? なんだ!?」


 敏也はベッドから飛び起きた。

 そして辺りを見回す。部屋自体に異常はない。身体の気だるさと外の暗さからしてそう長く眠っていないことがわかる。


「まさか……もう来たのか?」


 考えてみれば、夜襲は攻める時の定石ではないか。そもそも、敵の目的がわかっていない以上、昼間襲ってくるとは限らない。疲れていたせいでそこまで頭が回らなかったようだ。


「……くそっ」


 彼は悪態をつきながらベッドから降り、自身の体調を確認する。

 ――身体は少しだるいが、体調自体は良好。魔力量も十分。

 体調を確認し終えると彼は部屋を飛び出し、他のメンバーのところへ向かう。


 となりの部屋がエリーネの居室だ。


「エリーネっ!!」


 ノックもせずにドアノブを回す。だが、鍵がかかっているようで回らない。

 と、中からエリーネの声が聴こえてきた。


「――きゃあっ!? なに開けようとしてるんですか!! 待ってください! 今着替えてるんですっ!!」


 そんな批難の声だった。


「……着替え中……っ」


 敏也は一瞬、下着の上にシャツを羽織っただけのエリーネを想像するが、すぐに頭を振ってその扇情的な妄想を追い払った。今はそんなことを考えている場合ではない。


「わ、わかった。けど急いでくれっ」


 敏也は若干ドギマギしながらも、できるだけ冷静にそう言った。

 その直後に、マサルと奈々もそれぞれの自室から出てくる姿が見えた。二人とも少々眠そうな顔をしている。


「敏也、エリーネ嬢は?」


「……支度中だ」


 姿の見えないエリーネのことを聴いてきたマサルに敏也はそう答えた。

 と、それを聴いた瞬間、奈々はそれまで眠そうに目を擦っていたはずなのに、カッと目を見開いた。


「ちょっとっ、そ、それは、ももももももももしかして……き、着替え中……と?」


 奈々のその問いに敏也は無視で応える。そうしたのは、もしここで迂闊に発言すればエリーネに危害が及ぶからだ。

 だが、奈々にはそれだけで全てが伝わってしまった。


「うっひょーー!! エリーネちゃんっ!! 今っ、会いにゆきますっ!!」


 そう叫ぶと奈々は、鍵のかかったドアに飛びかかる。

 そして、ドアノブを鬼気迫る勢いでガチャガチャ回し始めた。……肉体強化までしているようだ。回す右手に残像が見える。

 ――中からは再びエリーネの悲鳴。


「ええい、この俗物がぁ!! 女同士の間に入るなッ!!」


「いやあっ!? 八咫神さん!! 本当に怒りますよっ!?」


 そんな二人のやり取りを聴いたマサルは頭に手をやり、頭痛を堪えているかのように顔を顰めている。

 敏也は迷っていた。このまま見過ごすべきか、それともエリーネを助けるべきか。


(どっちに転んだとしても……いやいや駄目だ。俺はエリーネの、実験とはいえパートナーじゃないか、護ってやらないと。……でも、八咫神がドアを破ってくれれば……いやいやいや……)


 などと、悶々としていた。仕方ない。彼も思春期なのだから。


「あっっっちゃあ~~!?」


 と、突然奈々が悲鳴を上げた。

 彼女は悲鳴を上げた後、ドアノブを回していた右手を抱えて床に転がった。しかも「うぎゃあああ」と女性らしからぬ呻き声を上げている。

 何事かと思いドアを見やる。すると……。


 ドアノブが赤熱していた。


「……火で炙りやがったな」


 敏也は呆れてそう言った。その顔は、もしこれでドアが破損したら弁償はどうするつもりなの? 俺、知らないよ? とでも言いたげだ。


「おい、もう大丈夫だって。これ以上はドア壊れるから……」


 彼は一応そう声をかけておく。

 するとそれが聴こえたからか、彼女は水で無理矢理冷却したようで、すぐにドアノブの赤熱は収まっていた。


 一分ほどしてからドアが開き、エリーネが姿を見せる。


「………………お待たせしました」


 その顔はひどく疲れていた。恐らく、さきほど恐怖体験をしたからだろう。


「うぅ……すまねえだ、えり~」


 その原因の人物、右手を抱えた奈々が申し訳なさそうに言った。……今は痛みで一時的に反省しているだけだ。すぐに症状はぶり返すだろう。

 だがエリーネは、「仕方ないですね」と溜息をつき彼女に近づいた。


「……手、出してください。冷やしてあげますから」


 そう言って彼女は小さな術式を展開し、手のひら大の水球を出現させた。


「おお、ありがてえだ」


 水球が右手に触れると奈々は「ほわあぁぁ~」と気持ちよさそうな声を上げた。

 それを無視してマサルは話を進める。


「……さっきの爆発音、やはり敵襲か?」


「どうだか。……どっかのバカが薬品でも爆発させたとかなら気が楽なんだがなあ」


 敏也は頭を掻きながらそう言った。だが、それはありえないと彼もわかっている。

 ――さっきの爆発は複数で、多方向から、ほぼ同時に聴こえてきたからだ。


「……なんにせよ、すぐに召集がかかるだろう。あのいけすかない男からな」


 マサルはそう言うと黙ってしまい、壁に背を預けた。

 するとマサルが言った通り、いけすかない男から放送で呼び出しがかかった。


《ピ~ンポ~ンパ~ンポ~ン。あ、あ~……テステス。マイクテスッ☆ ……んんっ。戦修学園よりお越しの実地訓練班・第十班のみなさま、ぼ・く・が、お待ちです。至急ブリーフィングルームまでお越しください》


 そう言った後、ブツリと放送は途切れた。


「……あいつの首差し出せばさぁ……テロリスト帰ってくれるんじゃねえか?」


 敏也は、わなわな身体を震わせながらそう言う。


「……もしそうなら喜んで引き渡すのだがな……」


 マサルは溜息を吐き、彼に応えた。



「よくいらっしゃいました、みなさん。状況を説明すると、今現在襲撃を受けています。……やはり警備システムのパターン変更程度では誤魔化せなかったようです。侵入されてしまいました」


 オペレーション・ルームに入るなり、杉崎統括はそう言ってきた。


「具体的な場所は?」


 敏也は場所の確認をする。


「この島の東西南北の最端です。どうやら部隊を分割して攻めてきているようですねぇ。現時点での進行方向から推測するに、ここを目指しているようです。リニア発着場はすでに制圧され……おや?」


 説明していた彼は不思議そうに首を傾げた。その目はモニターに示されている職員のバイタルサインへ向いている。その職員の内、一人のバイタルが突然低下したのだ。


「ん~、敵もなかなかやりますねぇ。いくらこちらの手の内を知っているからといって、この短時間でうちの職員を屠るなんて」


 くくく、と彼は笑っている。その口調は悔しそうでも哀しそうでもなく、楽しそうなものだった。まるで、これが盤上のゲームであるかのように。


 それを聞いたマサルがめずらしく怒りを顔に表しながら非難する。


「あなたはっ……部下が瀕死になったというのに平気なのかっ? あなたの命令で守っていた場所で今! 死にかけているのだぞ!」


 それは、心から絞り出したかのような悲痛な叫びだった。

 しかし、杉崎統括は笑っている。――嘲笑っている。


「ふふふ、なぜそこまで怒っているのですか? 神堂寺マサル君。――あなたは冷静な子だと思っていたのですが……いやはや、そうでもないようですねぇ? その冷静な仮面の下では、誰よりも激情を抱えている。なんといびつっ、なんと御しがたいっ。まったく、面白いですねぇぇ?」


「っ……貴様ッ」


 マサルはさきほどよりも険しい表情をしている。今にも殴りかかりそうだ。

 ここでひと悶着起こすと余計に状況が悪くなる。敏也はそう認識すると話題を変えることにした。


「おい、杉崎統括。さっきの爆発はどこで起きたんだ?」


 敏也は誰にでもわかるほど露骨に話題を変えたのだが、杉崎統括はさっきまでの問答がなかったかのように、しれっとした顔で答えてきた。


「場所は彼らが襲撃してきたところと同じ、東西南北の最端辺りです。爆発を聴きつけた警備班が敵部隊と接触、交戦に入りました。接触した班からの報告によると、やつらはここを目指しながらどうにか警備班を振り切ろうとしているようです。編成は携行火器を所持した人間と、魔術師が少々混じっているとか。ただ、連携をうまくとってくるようで隙がないとか言っていましたねぇ」


 淡々と状況が述べられた。

 それを聴いた奈々が杉崎統括に問う。


「で、わたしたちはどうすればいいんですかぁ?」


「まだ待機でいいでしょう。ここにはまだ警備班が二班残っていますし、現状でも戦力はこちらがやや勝って……」


 そこまで言ったところで、杉崎統括の言葉が途切れた。理由は単純で、通信が入ったからだ。


《ほ、報告します。こちらD班、敵増援の中に魔動機を一体確認っ。所持している武装から、第三世代だと思われます!》


《たった一体で…………こ、こちらB班! 敵魔動機の火力が高すぎるっ! 障壁や我々の魔動機では対処で……うわぁぁっ》


 通信からは現場の混乱の様が伺えた。そして、それだけではない。

 モニターに映されているB班とD班のバイタルサイン、その約半数が危険域を示し、赤く点滅していた。

 それを見たエリーネが杉崎統括に喰ってかかる。


「なぜこんな簡単に喰い破られるのです! 警備班が使っているのは第三世代ではないんですか!?」


 その問いに、杉崎統括は飄々と答える。


「ええ、第三世代ではありません。我々が使用しているのは第二世代の正式改修機、――いってしまえばマイナーチェンジです。高火力が売りの第三世代『レガリア』相手では、勝てる見込みはほぼありませんねぇ。あれが所持している武装はそこらの魔術師の障壁程度は容易に貫通するようですし。……まったく、予算の回ってこない第三交易都市とは悲しいものです」


 彼はまったく悲観した様子もなく、椅子をキィキィと軋ませている。


「……どうするつもりだ?」


 敏也が問う。


「……では、こうしましょう」


 数拍黙りこんだ杉崎統括が、そう言って話し始めた。


「どうやらすでに都市の三分の一ほどまで戦端は拡大しているようですし、他の交易都市にあらかじめ要請していた増援は間に合わないと思われます。そして、ことは緊急を要している。――――ですので、まずは詰め所に残っている予備の班の内、一つを北にいるB班の増援に向かわせます。それに加え他の区域に回している班にも敵を殲滅しだい増援に向かうようにしましょう。これだけ数がいれば第三世代にも対抗できるはずです。そしてD班のほうには……」


 そこで言葉を切り、四人を見る。


「あなた方に向かってもらいます。な~に、D班を援護するだけのことです。簡単でしょう?」


 杉崎統括はそんなことをのたまった。さすがにこれには苦言を呈さずにはいられない。

 敏也は身ぶりも合わせながら、呆れたように言う。


「おいおい、俺たち見習いだぞ? いいのかよ、そんな扱いで」


 しかし杉崎統括は、怪しげに眼鏡に光を反射させながら言った。


「ふふ、何を言っているのですか。あなた方が見習い? ――バカを言うんじゃありません。あなたがた四人がそれぞれ特異な存在であることはわかっています。……あなたがたが到着した際の身体検査で照合した、学園側からの電子資料もありますしね。――――下手な言い逃れは通用しませんよ?」


 それを聴いて敏也は訝しんだ。

 奈々はわかる。彼女はゴーレムを生成できる希有な能力の持ち主。単騎で数の不利をひっくり返せるのは有用だろう。

 そしてマサル。彼のポテンシャルが高いのは知っている。本気を出せば、そこらへんの魔術師よりも圧倒的に強い。


 ……だが。


 自分とエリーネは? 

 そこまで特筆される能力だろうか? 


 どちらも不得意な距離があるし、そこを突かれたならば敗北は必至。威力があっても使い勝手の悪い武器、それが自分たちだ。

 なのに、なぜ杉崎統括は自分たちも戦力として勘定に入れている?


 その疑問は杉崎統括の言葉で晴らされた。


「大神君、そしてフリートハイムさん。あなたたちが、あの方の実験に関わっているのは知っています。資料にも載っていましたし、風の噂でも耳にしていました。――だからこそ、戦力と成り得るんですよ」


 杉崎統括の目が細まる。


「――――あの方の実験に関わっている人間が、まともであるはずがないのです」


 吐き捨てるように彼は言った。

 それを聞いた敏也とエリーネは、何を言えばいいかわからなかった。

 博士がまるで狂っているかのように彼は言う。そして、自分たちも普通ではないのだとそう言われた。


 あの実験がそこまで言われてしまうようなものなのだろうか?

 実験の果てに辿り着く結果はわからない。だが、博士は言っていた。

 

 自分たちに、世界を止める楔になってほしいのだと。

 

 あの時の博士の瞳は哀しさに揺れながらも、光明を見ていたように思う。

 そんな人が狂っているなど、敏也とエリーネには信じられなかった。


「俺とエリーネはまともだ。もちろん博士もな。……勝手なことを言うなッ」


「何も知らないあなたが、私たちのことをわかったように言うのはやめてください。不愉快です!」


 二人は杉崎統括を見据えながら、はっきりとそう宣言した。二人の目には強い意志が宿り、彼を睨みつけている。

 だが、彼らに睨みつけられた杉崎統括は愉快そうに笑った。


「くっくっく、そうですか……あなた方がそう思うのは自由です。彼女の本性を、思惑を知った時、傷つくのは他ならぬあなた方なのですから」


 そこで声色を落ち着いたものへ変え、


「――――さて、ではお話はおしまいです。市民たちのシェルターへの避難はすでに警察が取りかかっていますのでご安心を。それと、警備班の端末を持って行きなさい。連絡用に必要でしょう」


 杉崎統括は座っていた椅子を回し、彼らに背を向ける。


「――D班は都市の南です。ではご武運を」


 彼は気持ちの籠っていない声で、四人を送りだした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ