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双天の共鳴者  作者: 月山
第一章「共鳴者覚醒」
18/126

交易都市の現状


 それから三十分程経っただろうか。突然扉が開かれた。


 現れたのは、古めかしい眼鏡をかけて疲れた顔をしている二十代後半と思われる男性だった。

 服装から治安維持部隊の所属だとはわかるが、その服はヨレヨレだし、目の下の隈がかなり濃く、まったく覇気が感じられない。

 その様子から、彼がろくに寝ていないことが伺えた。


「やあ、君たち。お待たせして申し訳ない。第三交易都市治安維持部隊統括、杉崎です。以後よろしく」


 彼は杉崎と名乗り、疲れきった顔をくしゃっと歪めた。笑顔のつもりなのだろう。しかし、彼の周りには悲壮感しか漂っていない。

 その挨拶を受けて、全員が整列し、マサルがいち早く応対する。


「いえ、お気になさらず。職務遂行お疲れ様です。わたくしは戦修学園魔術科第二学年、実地訓練班・第十班所属、神堂寺マサルと申します。以後お見知りおきを」


「同じくぅ、八咫神奈々です。よろしくお願いしまーす」


「……同じく、エリーネ・フリートハイムと申します。以後よろしくお願いいたします」


「…………大神でーす」


 三人もそれに続く。だが敏也だけは杉崎統括を睨みながら、やたら敵意を込めて挨拶していた。しかし、それには理由があった。


(統括っていえば責任者みたいなもんだろ。生意気な部下にはどう接するのかね)


 そう、彼を試す意味を込めて敏也はこのような態度をとっているのだ。……無論、さんざん待たされた恨みも籠っている。

 そんな態度を取られた杉崎統括は、申し訳なさそうな顔をした。


「申し訳ない。すぐに来る予定だったのですが、警備の配置確認に手間取ってしまって。なにせ都市全域ですから……」


 そう言って杉崎統括はペコリと頭を下げた。

 それを見て敏也は思考する。


(……誠実な人物……と判断してもいいのか? それとも……これがこの人の処世術なのか?)


 未だ判断が下せず、難しい顔をして敏也が黙っていると、彼の右足をエリーネが思い切り踏みつけた。


「っ!? いったぁぁぁ!?」


 敏也は絶叫しながら、足を抱えて床を転がる。

 そんな彼を見降ろしながらエリーネは怒りを露わにし、こう言った。


「あなたっ!! 仮にも上官に向かってその態度は何ですか!? ――たしかに異常にしつこい検査をされましたし、さんざん待たされて苛立っているのもわかりますっ!! その上なにも連絡がきませんし、この施設の連絡体制はどうなっているんだとか、忙しいなら忙しいでそう一言言ってくれればいいのにとか。――そう思ってしまっても仕方ないとは思いますがっ!!」


「……っ……そ、それって……お前の思っあああぁぁあぁあっ!?」


 敏也がエリーネに何かを言おうとしていたが、先ほど踏まれたところを踵でグリグリされてしまったので最後まで言えなかった。

 そんな悲惨な現場を見かねたのか、杉崎統括が助け舟を出す。


「いやいや、気にしていませんよ。君たちをほったらかしにしてしまったのは事実ですから。そういった態度を取られても仕方ないと思っています。ただ……」


 そう言った後、彼は疲れ切った顔に少しだけ凛々しさを戻し、こう言った。


「僕たちがなぜこんなにも走り回っているのか、その理由を聞いてから許すか許さないかを決めていただきたい。――そして、君たちが無事に任務を終えるためにはそれしか道はありません」


 杉崎統括は疲れで窪んだ目にくすんだ光を灯してそう言った。

 それを見て敏也は思う。


(やっぱりタヌキじゃねーか、このおっさん)


 床に寝ころんだまま足を大事そうに抱え、彼は杉崎統括を睨んでいた。



 杉崎統括は最初から事件に四人を巻きこむつもりだったのだろう。

 なぜなら、プロである治安維持部隊が慌てふためくような事態を、見習いである四人に話すなど本来はあってはならないことだからだ。

 そのような非常事態に陥ったのなら、即座に彼らを学園側に送還するべきであり、マニュアルではそうなっている。


 少なくとも、実地訓練に行く前に槇ちゃんは言っていた。「非常事態の際の対応は、現地の担当者にも厳命しています」と。


 そもそも、国の戦力である魔術師の卵とも言える彼らは、国にとって貴重な財産なのだ。そんな彼らを、その才が芽生える前の訓練ごときで失う訳にはいかないのである。


(なのに、こいつは事件の内容を話すと言った。つまり、巻き込む気まんまん。……んで、こんな部屋に閉じ込めてるのは「話聞くまで出さないよ~いいのかな~?」ってことだろうな……よし、そのうちぶん殴ろう)


 敏也は密かに復讐を誓う。


 だが、ここから無理やり逃げ出そうとしてもここは治安維持部隊の詰め所。敵戦力はカンストぎみ、目の前には敵の親玉、各階セキュリティ万全、ここに留まってもどうせ事件に巻き込まれる。


(つ、詰んでる。恐ろしいくらいに詰んでる! なにこれ、おかしいってっ)


 敏也は内心頭を抱えるが、現実で抱えているのは足である。しかもエリーネの足元で。……もうちょっとでスカートの中が見えるかもしれない。

 敏也がそんなことを考えていると、杉崎統括が沈黙を破った。


「どうしますか? このまま任期が終わるまでここで過ごしてくれても構いません。その際はきちんと食事などは手配しましょう。……まあ我々が生きていれば……ですが」


 そう言って、くっ、と笑う。

 敏也はその態度にイラッときたようだが迂闊にはしゃべらない。さきほど杉崎統括に、エリーネとのやりとりを会話の切り出しに使われてしまったからだ。

 他の三人も同じだろう。一言もしゃべらず、機を伺っているようだ。


 それを見た杉崎統括は、肩を竦めた後、話を続ける。


「だんまりですか。――――いいでしょう。では、とりあえず事件のあらましは話しておきます。それから身の振り方を決めてもらって結構です」


 そう言って彼は靴で音を鳴らしながら歩き、椅子を引いて座った。


「ことの始まりは二日前でした。きっかけは一通の封書です。この時代にしてはめずらしいですよね? ほとんど電子メール推奨ですし。宛先はこのビル。しかし宛名はなかったそうです。それを訝しんだ係の者が警備の者に頼み、中を調べてもらいました」


 キィ、と椅子が軋む。


「すると中には、驚いたことにこの都市の警備システムや人員の配置、治安維持部隊の構成員の特徴や能力、魔動機の装備・配備数、果てには警察の名簿まで記されたファイルが入っていたのです。どうやって調べたのかはわかりません。どこから送られてきたかも……です。しかし、封書に入っていたのはそれだけではありませんでした」 


 杉崎統括が、もうわかりますよね? と目でうったえてきた。敏也は杉崎統括が何を求めているのかなんとなく理解した。


「それと一緒に犯行声明も入っていました。ご丁寧にも、古くから使われてきた手口、新聞や雑誌の文字を切り貼りしてつくったものでした。それには『三日後、裁きを下す。我々は忘れない』などと、陳腐な文句だけ書かれていました。しかし、具体的にどこを狙うのか、いつなのか、それすらわかりません」


 彼は溜息をついた。


「そういったことがあったものですから、二日前から徹夜で警備体制の変更に追われていましてね……。警備班の再構築やらシステムのパターン変更やら、何もかものチェックが僕にまわってくるんです。……ほら、いちおう統括ですから……」


 彼は、やれやれです、と肩を竦めた。


「まどろっこしい言い回しはやめろ」


 突然敏也が口を開く。

 それを聞いて、三人が驚いたように敏也を見つめた。

 だが、杉崎統括だけは顔に笑顔を貼り付けている。


「どういう意味でしょうか?」


 白々しくも杉崎統括はそう聞いてくる。だから敏也も聞いてやる。


「要領をえないんだよ、てめえの説明は。いかに自分たちが大変かってことばかり言いやがって。俺たちに何をさせたいのかさっさと言え、このクソ野郎ッ」


 彼は忌々しげにそう言った。敏也はいろいろ限界だったのだ。

 まだるっこしい説明でこちらを煙に巻こうとする、しかし要求はチラチラ見える杉崎統括の胡乱なしゃべりはイライラした。だから、つい口汚くなってしまったのだ。


「ふふふ、ではご要望にお応えして、言ってしまいましょうか。――あなたたちには我々の予備戦力になっていただきたい」


 杉崎統括は敏也の罵りを意に介さず、しれっとそう言った。


(ああ、やっぱりな)


 敏也はそう思っていた。恐らく、マサルと奈々も。

 しかし、なんとなく気付いていたものの、その要求に納得できていないエリーネはその発言に喰らいつく。


「……どういうことですか? 私たちはまだ学生です。対テロ用の訓練など受けていません。そんな私たちに戦闘を強要するおつもりですか?」


 正しい意見だ。

 だが、杉崎統括には通用しない。

 彼は薄っぺらい笑顔を貼り付けた顔で敏也を見ていた。


「……大神君……でしたね? あなたは僕がどういう考え方の人間で、あなた方をどう扱おうとしているか、内心気付いているでしょう? ぜひ、あなたの口から説明してあげてください」


 それを聞いた敏也は、面の皮の厚いやつ! とは思うが、今それを言えば話が拗れてしまうので我慢した。

 敏也は溜息をついたあと、ポツポツと話し始めた。


「……まず、あんたがどういう人間か、だな。――冷酷なやつだよ。この都市を守るためなら職員全員……状況によっては市民すら捨て駒にできるくらいの。じゃなきゃ、俺たちみたいなガキの見習いを巻き込もうなんて思えないもんな?」


 杉崎統括はそれを聞いてニマァと笑う。

 それを肯定と取った三人は侮蔑の眼差しを杉崎に向けた。

 敏也が続きを話す。


「そんで俺たちの扱いな。……単純に敵に知られていないっていう点が一番魅力的なんだろ。やつらは職員の能力とか魔動機の特徴を知ってんだから。――俺たちの詳しい情報がこの交易都市のデータバンクに入ったのは、ついさっき、俺たちが身元の確認のために学園側から詳細データを送ってもらった時だ。犯人たちが職員のデータを抜いたのはおそらく数日前。それからセキュリティも強化されてるだろうから、俺たちの情報は奴らに知られていないってことだ」


 敏也の言葉を聴いた杉崎統括は「その通りです!」と敏也を褒めた。鬱陶しいことこの上ないが、敏也は説明を続ける。


「……まあ具体的な使い方としては、いつ、どこに現れるかわからないテロリストに対する予備の遊撃部隊か、他の職員が全滅してテロリストが油断したところに正体不明の止め役として投入するか、かな。……だろ? 杉崎統括」


 そう確認を取ると、杉崎統括はパチパチと拍手をした。


「素晴らしい! いやあ、きちんと状況整理ができる後輩が育っているようでなによりです。学園の未来は明るいですねっ。――――さて」


 そう言って彼は顔から、すっと笑顔を消す。

 ずれた眼鏡をくいっと上げると、冷たい眼差しが四人を射抜いた。


「どうしますか? 今の話を聞いて。――――ただ黙ってこの都市が滅びるのを見ているか、それとも自らの力で抗うのか、――選びなさい」


 さきほどよりも薄ら寒さを感じる声でそう問いかけてくる。

 場に沈黙が下りる。

 だが、この状況では選択肢などあって無いようなものだ。

 やるしかないのだ、生き延びる為に。


「正直逃げたいけど……やるしかないんだろ、どうせ。……全部片付いたらてめえを殴ってやるから覚悟しとけよっ」


 敏也は不敵な笑みを浮かべながらそう宣言した。

 マサルも、奈々も、そしてエリーネも、みんな頷いていた。


「その意見に賛成だ。俺も全力で殴るとしよう」


「わたしはぁ……ゴーレムに殴らせるね☆  ――覚悟しろよぉ」


「……熱線か砲弾か、決めておいてくださいね?」


 各々が溜まった鬱憤を晴らすかのように、そう言った。

 そんな四人を見て、杉崎統括は小さく醜悪な笑みをこぼした。


「ふふ、いいですね。これぞ若さというものです。まあ『若狭』とも言える愚かしさですが。――実に楽しみですよ。あなたたちのその顔が、世界の醜さを知って絶望に染まる日がね」


 愉快そうに言った後、作り物の笑顔を浮かべ、


「……では、いましばらくお待ちください。詳しい説明はオペレーション・ルームで行います。僕は先に戻りますが、あなたたちは案内の者がお連れしますので……」


 そう言って彼は立ち上がり、ドアに向かって歩く。

 そしてドアを開けて出ていこうとした時、ふと立ち止まった。


「……大神君、これは先輩としての忠告です。カッコつけるときは格好に気をつけなさい。――では」


 敏也は未だ、床で足を抱えたままだった。



「こちらがオペレーション・ルームです。お入りください」


 案内を担当してくれた人にそう言われた敏也たちは、厳重なセキュリティが張り巡らされた通路を通ることで辿り着いたその部屋に入室を許可された。厳重とは言っても、苦労してゲットしたIDカードで解除できたが。


 その部屋は薄暗く、いくつものモニターが設置されていた。そのモニターには警備班の現在位置や監視カメラの映像などが映し出されている。

 そしてそれに加え、オペレーターと思われる職員が部屋の中を忙しなく動き回っていた。ある者は通信を担当し、ある者は資料を運び、ある者はお茶くみをしている。

 ……最後は仕事なのだろうか?


「よくいらっしゃいました、みなさん。心より歓迎いたします。――もちろん、職員一同を代表して、です」


 薄っぺらい笑顔を貼り付けてそう言ってきたのは杉崎統括だ。彼は立体映像の投影機の近くで椅子にふんぞり返っている。

 その隣には副官と思わしきポニーテールの女性が太刀を腰に下げ、悠然と立っていた。恐ろしく研ぎ澄まされた気配を放ちながらも落ち着いた佇まいで、一分の隙もない。かなりの手練れだ。


 不遜な杉崎統括を見た敏也はさっそくぶん殴りたい衝動に襲われたが、副官の女性に斬り捨てられても困るので、ぐっとこらえる。


「……さっさと俺たちの配置教えろよ。眼鏡割んぞっ」


 我慢しきれなかった衝動が言葉の端々……どころではなく、如実に現れていた。

 班員たる三人は、まったく……、と呆れた様子で敏也を見ている。


 それを気にした様子もなく、杉崎統括は話す。


「んふふ、まあそう言わずに。――で、あなたたちの配置なのですが、現時点では待機です」


「では、我々をここへ呼んだ理由はなんなのでしょうか?」


 マサルが問う。それを受けた杉崎統括はまたもや、んふふ、と笑うとその問いに答える。


「あなた方をここに呼んだ理由ですか……。それはこの都市の構造を知っておいてもらう為です。あなた方はまだ到着したばかりで、この都市の土地勘は持ち合わせていないでしょう?」


 そう言うと、彼は投影機の上に手をすっとスライドさせる。すると、第三交易都市の立体図が投影された。

 杉崎統括が指をさしながら説明していく。


「まずここ、都市の北部ですね。ここにはあなた方が乗ってきたリニアトレインの発着場があります。まあここはいいでしょう。では次……」


 そう言って次の地点を指す。


「こことここです。都市の西部と東部。ここには港があります。東部には空港もですね。これらでは主に諸外国からの物資や人員の受け入れを行っています。もちろんテロリストが最も侵入しやすいポイントですから、警備には人数を割いています。では次」


 手短に説明し、次へ移る。


「南部です。ここはまだフロートの増設作業中でして。おまけに政府からの援助の変更で数ヶ月前から作業がストップしています。警備以外の人間はいません。重要な施設なども存在しないため、潜伏先としての用途しかないでしょう」


 杉崎統括は「あ~休憩しても?」と言ってきたが、四人がギロッと睨んだためしぶしぶ説明を続ける。

 それを見た副官の女性は、呆れたように小さく息を吐いていた。


「……あとは、この詰め所の周りには各企業のビルがあり、その周りには市民の住居と各ショップが点在している……といった感じでしょうか。それと移動がしやすいように詰め所を中心として東西南北へ電車が走っている、それぐらいですね」


 ああ疲れた、と杉崎統括は伸びをしている。……え、終わり?


「……いくらなんでも簡潔すぎるのではないでしょうか?」


 眉間にしわを寄せたエリーネが苦言を呈した。

 しかし、杉崎統括は椅子を軋ませ、ぐでーっとした体制で面倒そうに言う。


「んっん~! しかしですねぇ? いきなり知らない土地の事を詳しく教えられたところでぇ、理解できると思いますかー? 無理に覚えるよりは頭の片隅に入れておく程度にして、遊撃部隊として動いてもらうほうがいいと思うんですよぉ、僕はっ」


 杉崎統括は四人を小馬鹿にしたようにそう言った後、「わっ僕ってなんてできる上司っ」とか自画自賛をはじめた。しかも椅子でクルクル回るおまけ付き。


 エリーネはそれを聞いて、額にビキッと青筋を浮かべ、わなわな震えている。今にもこの部屋をふっ飛ばしそうだ。

 マサルは無表情だが、一瞬かかとをグリッとやったのを見た。


 そして、奈々が満面の笑みでこう言った。


「アハッ、説明の義務って知ってるぅ? お・じ・さ・ん。理解できるできないの話じゃなくてぇ、説明しなければいけない義務が、あ・る・の。――さっさと言いなさいよ、このクズがっ」


 キレッキレである。相当鬱憤が溜まっているくさい。笑顔なのにこめかみがさっきから引きつりっぱなしだ。


 そんな三人を見て敏也は「仕方ないやつらだな……」とぼやき、彼らをさわやかな笑顔で窘めにかかる。


「ははは、おいおいお前ら落ち着けよ。みっともないぞ? この程度で」


「――そう言う君もうるさいのですが?」


 コッコッコッコッコッコッコッコッコッコッ。床をつま先で突っ突く音だ。

 杉崎統括はそんな彼らを見て「最近の若い人は怖いですね」と嘆くのだった。



 杉崎統括に詳しい説明を無理やりさせた後、四人はそれぞれ部屋を割り当てられた。どうやら、とりあえず今日は休めということらしい。

 しかし彼らは現在、敏也の部屋に集まって作戦会議を行っている。


「ねえねえ。明日外に出た時にさ、そのままリニアに乗って帰っちゃうってのはどうさ?」


 などと、椅子に腰掛けている奈々は提案した。

 だがそれを、腕を組んで壁にもたれたマサルが両断する。


「無理だ。リニアに乗るには政府と交易都市に手続きを踏まなければならない。あの杉崎統括とやらが俺たちが逃げる可能性を失念しているとは思えん。すでに発着場には手が回っているだろう。……道路を使って逃げようにも、こちらも手続きが必要な上、検問まである。空港や港など、いわずもがなだ」


 言い終わってマサルは、肩をすくめた。

 しかし、奈々は腕を組み、思案顔で喰い下がる。


「んー……じゃあ電話かけてみるのは? 学園にさ」


「電話回線は見張られてるに決まってんだろ。もちろん俺たちの動向もな。テロまでほぼ秒読みなんだぞ? ……今思えばさ、身体検査の時に端末取り上げられたのって、学園に連絡取られないようにするためだったんだな」


 窓の縁に腰掛けた敏也はそう答えた。

 ――そう、もはや外部からの助けは期待できない。自分たちで死なないように立ちまわるしかないのだ。


 それを聴いた奈々は、ガックシと項垂れる。


「だよねぇ……あ~あ、わたしにもテレパシーが使えればなあ……」


「……それは本当の意味での規格外です。歴史上、数名しか現れたことのない感応能力者ですよ?」


 ベッドに腰掛けたエリーネが呆れてそう言った。

 感応能力者とは、魔術が世にもたらされる前から存在した能力者だ。魔術が体系化されてからは、魔術師の一種の突然変異と言われ、発現する条件などはまったくの謎とされている。


 具体的な能力としてはテレパシーが最もポピュラーであるが、イメージを相手に伝えたり、逆に相手から情報を引き出したりもできるそうだ。


 眉唾ものの逸話だが、過去現れた能力者たちはその誰もが俗世から離れて生涯をまっとうしたとか。さらには歴史の裏で、相手の精神に過負荷を与える『精神汚染』を駆使して暗躍していただとか。


 そんな信憑性のない俗説がいくつも流れてしまうほどはっきりしていない分野であり、研究している者も少ない存在なのだ。

 確かに、テレパシーさえ使えれば学園への連絡など、簡単にできるのだが……。


「わかってるよぉ……あぁ、働きたくない……」


 現状を嘆いただけなのに真面目に返答され、奈々は余計に落ち込んだようだ。彼女の周りだけ暗く見える。

 と、そこでエリーネが話題を変えた。


「明日はやはり、事前に市民を避難させることはできないのでしょうね……」


 彼女は辛そうな顔でそう言った。腕で自身を抱きしめるようにギュッとしている。

 その嘆きに敏也は淡々と答える。


「だろうな。どこを狙うか、いつなのか。――それがわかってない現状で迂闊に市民にテロを知らせて、その上避難させて都市機能を麻痺させたらそれこそ経済に深刻な打撃を与えかねないし。……それに、あの眼鏡は市民にある程度の被害がでるのは承知済みだろうからな」


 そう言いながら、敏也は窓の外に目をやる。

 そこには暗闇の中に煌々と光を放つ第三交易都市が見えた。……ここが、明日には戦場になるかもしれない。また……壊れてしまうのかもしれない。


 壁に背を預けていたマサルが姿勢を正し、こう言った。


「……なんにせよ、今日はもう休むべきだ。あまりにもことが起こりすぎて疲労も溜まっているだろうからな。――明日の巡回でベストを尽くすしかあるまい」

 言い終わると彼は部屋を出て行った。

 それを見た奈々も立ちあがり「おやすみ~」と元気無く呟いて部屋を出て行く。


 部屋に残ったのは、敏也とエリーネだけだ。


「……お前は部屋に戻んないのか?」


 いつまでも部屋に戻ろうとしないエリーネを訝しんだ敏也は、そう聞いた。

 すると、エリーネはベッドから腰を上げた後、敏也のところまで歩いて行く。そして、彼の前に立ち、上目遣いで気まずそうに小さく呟いた。


「……あなたに少し、お話が……」


 それを聴いて、敏也は一瞬ギョッとする。


(これはもしや……告白!? …………いや、ないな。そんな雰囲気じゃないし、そもそもそこまで好かれるようなことしてないじゃん……バカか俺)


 少し期待してみたものの、すぐにその可能性をバッサリ切り捨てた敏也は、窓の縁から腰を上げ彼女の前に立った。

 それから数秒後、エリーネは目を伏せながら、ぽつぽつと話し始めた。


「……あの……この前のこと、謝りたいとずっと思ってたんです。でも……なかなか言い出せなくて。……あなたは気遣ってくれただけなのに、私、怒鳴りつけてしまって……その、ごめんなさい」


 彼女はそう言って、頭を下げた。


(この前って……一週間くらい前の、実技の時のことか?)


 思い当たる節がそれしかない敏也は、それで間違いないと結論付ける。


「ああ、俺は気にしてないから。……というか、俺も無神経だったよ。だから、お前も気にしなくていい」


 敏也はそう言った。

 それは、普段の彼からは想像できないほどに優しい声音だった。


「……よかった……」


 それを聴いたエリーネは安心したのか、胸に手を当て顔を綻ばせる。

 しかし、すぐに真剣な顔になり、


「それで、確認したいのですが…………あの時あなたが言ってくれた言葉、――あれは、あなたの本心ですか?」


 エリーネの、不安げながらも力強い眼差しが敏也を貫く。

 敏也は自分の言葉を思い出す。


『……俺が……代わりに戦うよ。お前が近距離で戦えないのなら、俺が前で戦う。――だから、援護はエリーネに任せる。適材適所ってやつだな』

 

 あれは冗談だったのか? 自分を慰める為の嘘? それとも……。

 敏也は彼女の言葉を聴き、迷うことなく答える。


「本心だよ。嘘吐いたって仕方ねえだろ」


 そう、嘘ではなかった。偽りつづけている自分から僅かに漏れ出た、この子を案ずる想い。それが形となったのが、あの時の言葉なのだ。


 普段は優等生のくせに、どこか危うげで。

 芯が強いくせに、へこむことが多くて。

 ほんとは弱虫のくせに、強がっていて。

 優しいくせに――いや、優しいからこそ、ちょっとしたことに目くじらを立てて。

 そんな彼女のことが、どうしようもなく大切なのだ。


 たとえいつか学園を卒業して、それぞれの道を行くことになったとしても、あるいは任務中に死に別れることになったとしても、この子に対して抱いているこの級友としての親愛の情は、決して消えはしない。潰えはしない。


 一度目を閉じ、数秒の後再び目を開くと、エリーネを見つめる。


「お前を傷つけようとするやつは、誰も近寄らせないから」


「っ……なっ……」


 敏也の言葉を聴いたエリーネは顔を赤くしてうろたえていた。後ろに仰け反り、口をパクパクさせている。


(? なんで慌ててんだ? こいつ)


 敏也は頭の上に疑問符を浮かべながらエリーネを見る。

 そんなエリーネはうろたえながらも敏也に文句を言う。


「……っ……あなた! ひ、一言余計ですっ! 本心だってことだけ言ってくれればそれで良かったのに!!」


 彼女は「もぉーー!!」と言いながら、赤い両頬を両手で覆った。

 そんな彼女を見て敏也は、はて? と首を捻る。


(一言余計? 何言ったっけ?)


 彼は思い返す。そして、その言葉を反芻する。


『お前を傷つけようとするやつは、誰も近寄らせないから』 


「ブフッ」


 噴き出していた。真っ赤な顔で盛大に、である。


「ち、違うっ!! そういう意味じゃなくて!! それはもっと純粋で清らかな……そうっ、言ってしまえば、清らかな乙女のような気持ちといいますかっ」


 瞬間的に茹った敏也は、手をあたふたさせながら必死に弁解する。


「……」


 しかし、エリーネは手を頬にあてたまま、潤んだ瞳で敏也を見上げていた。


「っ……エ、エリーネ?」


 その視線を受けて、敏也はその身を強張らせてしまう。

 それは、今のエリーネの表情が、敏也がむかーし昔に彼女を泣かせてしまった時の表情に酷似していたからだ。

 己が身に刻まれたお仕置きの恐怖が、彼の脳内を染め上げている。


 だが、そうではない。

 恐怖に染まった敏也は気付けない。今の彼女を満たしている感情が、負のものではないということに。


(火球ですか!? せめて死なない程度の威力でお願いしますっ。あと、できれば苦しまないように一撃でねっ!)


 現実の敏也は目を堅く瞑ったままで立ち竦んでいる。脳内では全力の土下座をしている。もうジャンピング土下座と言ってもいい勢いで。

 しかし、いつまでたっても火球は飛んでこなかった。


(? どうなってんだ?)


 敏也はそっと目を開けた。


 ――目の前では、エリーネが赤い顔をしたまま、嬉しそうに微笑んでいた。

 エリーネがこんなにも柔らかく微笑んだところを見るのは初めてで、その笑顔はとても綺麗で、儚くて――


 ああ可愛いな、と。彼女を護りたい、と、彼は今、心からそう思っていた。


 呆けている敏也を見て、口元をさらに綻ばせながらエリーネは言う。


「……馬鹿ですね。そんなに怯えなくても……私があなたに火球をぶつけるのは、あなたが馬鹿なことをしたときだけですよ」


 上機嫌な様子でクスッと笑うと、エリーネは敏也の前で銀髪をふわっと靡かせ、部屋の入口へ歩いて行った。

 そして扉を開け、敏也のほうを振り返らずに、


「……前はお任せします。――だから、後ろは任せてください」


 そう言って彼女は立ち去った。

 彼女が立ち去り、ドアが閉まった後も、敏也は呆然と立ち尽くしている。


「……」


(…………とりあえず、認めてはもらえたのか?)


 そう無理やり納得し、敏也はベッドに身をなげうった。柔らかなマットの感触が一日酷使した身体を優しく抱きとめてくれる。


「……疲れた」


 目を瞑ると、すぐに意識を暗闇が飲み込んでいった。




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