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双天の共鳴者  作者: 月山
第一章「共鳴者覚醒」
13/126

街中の闘争


 もし誰かに「物事の終わりでは、悪人だけがわりを食うのか」と問われれば、そうではない、と声を大にして言うことだろう。

 なぜなら必ずしも物語の終わりが、登場人物たちが、きれいさっぱりハッピーエンドを迎えるとは限らないのだ。


 それは暗躍する者たちが英雄を貶めることがあったり、栄光を横から掠め取っていく輩が存在するからである。だが、べつに今回の一件に関しては英雄はいないし、手にする栄光などもありはしなかった。

 ただ単純に、事象に抵抗したら結果的に損をした、それだけだ。

 なぜこのような問答をするのか。

 それは彼の境遇を見てもらえばわかるはずだ。


「あー! もうっ、くっそぉ! なんで俺まで罰則なんだよ!!」


 敏也の悲痛な叫びが、虚空へと木霊する。


 場所は戦修学園近隣の街、御影市。その中心街から少し離れた場所に設立されている森林公園である。

 敏也たちの居る場所からほど良く離れた地点では、子どもたちがキャッキャと走りまわり、ご老人たちがゆったりと散歩をしている。


 彼らは幸い、こちらには大して興味を示さず、魔術師である自分たちに対する陰口なども囁かれたりはしていない。


「だから、こうして私が手伝ってあげてるんじゃないですか。……いくらなんでもこの措置は横暴ですし……」


 と、エリーネ。

 二人は制服姿で片手にゴミ袋、もう一方にトングを持ち、ゴミ拾いに勤しんでいる。

 しかし、その顔は疲れ気味で、うんざりとしたものだ。


 先日の体育館裏での諍いは、きれいに治まったかのように思われた。が、そうではなかった。認識が甘かったとしかいいようがない。

 乱闘騒ぎを起こした人間を、学園側がそのまま放置するはずがなかったのだ。



 あの日の翌日、二人は槇ちゃん先生に職員室まで呼び出され、


「昨日の件は聞いています。災難でしたね、大神君、フリートハイムさん。……ですが、本当に心苦しいのですが……大神君は罰則です」


「え」


 思わず毀れた敏也の驚愕の声を身に、エリーネが前へと載り出す。


「ま、待ってください! 大神くんは悪くありません。元はと言えば、彼らが勝手に逆恨みしていただけなんですから! それに、どうして彼だけなんですかっ?」


「言いたいことはわかります。……ですが、学園のお上からのお達しでして。『大神敏也には罰則として、必ず週末に森林公園の清掃活動を行わせるように』と……」


「そんなっ」


 取り付く島もない言葉にエリーネは言葉に窮した。が、一方敏也は暢気な風を装いながら視線だけは研ぎ澄まし、


「――一応聞いときたいんですけど。春……天埜会長たちやエリーネには罰則ないんですよね? あったら、さすがに怒りますよ?」


 じろっと槇ちゃんを見る。


「そちらは大丈夫です。特にお咎めはありません。罰則は魔動科の実行犯三名と――こちらはすでに完了しています。そして残るは……あなただけです」


「そうっすか。…………にしても、お上とやらは俺に恨みでもあんのかね……?」


 窓の外に広がる曇り空を見ながら、恨みがましく呟いた。



 そして週末となり、今に至るという訳である。

 なぜに、休日の真昼間から粛々と清掃活動に勤しまなければならないのか。甚だ遺憾である。真に遺憾である。


 現在は、朝から働きっぱなしでようやく昼をまわるといった時刻。公園に青々と茂っている木々のためか、日光はそのほとんどが遮られ、涼しく心地良い温度が周囲を満たしている。


「そろそろ休憩にしましょうか? もうお昼になりますし」


「……ああ、そうするか。さすがに疲れたしな……」


 二人はそう言いつつ、ゴミ袋とトングを地面に降ろし、公園に配置されているベンチの一つに腰掛けた。背もたれに寄りかかり、身体を休める。


「お昼、どうします?」


「……どうすっかな……」


 正直休んでいたい。少し探せば周辺に飲食店ぐらいはあるが、そこまで歩く気力がない。朝からずっと立ちっぱなしで、もう、足が棒になってしまいそうだ。


 敏也は「ハァー」と深く溜息をついた。それには、このような境遇に墜ちてしまった自身に対するやるせなさが表れている。

 そんな彼を見たエリーネは、しばし目を瞑ると、ベンチから腰を上げ、


「私が何か買ってきますね。……ハンバーガーかなにかでいいですか?」


「え? マジで……?」


 敏也は心の底から驚いていた。

 まさか、エリーネが自ら買いに行くなどと宣言するとは夢にも思わなかったのだ。

 それに彼女とて、ずっと作業をしていた。疲労の度合いなら二人は同じほどであろうに。


「いや、なんか悪いって。お前だって疲れてるだろ? それなら俺が買いに行くよ」


「いえ、私が行きます」


 敏也は彼女を気遣ったが、それでもエリーネは意思を曲げなかった。

 なぜ、そこまで自身で行きたがるのだろうか? 

 それは――


「その……先日は一応お世話になりましたし……それに、お礼もまだでしたから……」


 と、彼女は目を恥ずかしげに細め、頬を赤に染めた状態で、気まずそうにチラチラ視線を送りながら言った。

 敏也はそんな彼女を見て少しドキッとしたものの、それを億尾にも出さず、平静のままで言う。


「お礼って……別にお前は悪くなかったんだし、気にしなくていいっての」


「それでは私の気が済まないんです。受けた恩は返す主義なので」


「でもなぁ……」


 疲れている女の子を使いっぱしりに出すのは、男として如何なものだろうか。きっと、非常にまずいだろう。男の沽券にまで関わってくるかもしれない。

 敏也がそんなことで、うんうん唸っていると、


「――では、こうしましょう」


 エリーネが口元を綻ばせ、指をピンと立て、


「これは貸一つということで。あなたは今度私の言うことを一つだけ利く、というのはどうでしょうか?」


「貸……ねぇ」


 なかなかにリスキーな取引だ。単なる買い出しと、なんでも言うことを利く、それは釣り合うのものだろうか。――絶対に釣り合わない。

 なれば、少し修正を入れねばなるまい。


「無茶なお願いは拒否できる、って条件がつくなら、それでいいぞ」


「ええ、構いませんよ。――ではこれで決まりということで。すぐに行ってきますので、あなたは休んでいてくださいね」


「おう。気を付けてな。もし、変なやつに絡まれたら助けを呼ぶんだぞ」


「ご心配なく。――焼きますから」


「……助けを呼ぶんだぞっ!!」


 そうして彼女は旅立った。



 森林特有の雰囲気が辺りを漂っている。

 ほんの少しだけ湿った空気と土の匂い、樹木の香り、さえずる小鳥たち。

 それらは、聴いている者にどこか懐かしい感慨を抱かせる。

 そして、その中に身を浸しているとなぜか心が穏やかになり、安心するのだ。


「……こういうのって、森林浴っていうのかね。悪くはないな」


 敏也はベンチにもたれかかりながら呟いた。

 と、そんな時――


「なーなー、にーちゃん」


 そんな幼く、キンキンとしていて、まったく物怖じをしていない声が近くから聴こえてきた。敏也はベンチにもたれたまま、声の主へとゆっくりと首を傾ける。


(……子ども?)


 そこには、先ほど遠くでボール片手に互いを追い合って遊んでいた子どもたち、男子と女子一名ずつの二人組がいた。そして、そのどちらもが顔をニヤつかせた状態である。


「……どした。何か用か?」


 それを聞いた、短髪で活発そうな表情をした男の子が、ニヤニヤした表情で、


「うん。――さっきのキレーなねーちゃんってさ、にーちゃんの……コレ?」


 そう言いつつ、小指をくいっとやった。それを見た女の子――肩くらいまでの長さの髪を後頭部辺りで縛っている子が、咎めるような顔をし、


「ちょっとシュンくん、げひんだよ」


「いーじゃん、レン。にーちゃん、わかってるみたいだし。――で、ほんとにコレなの、にーちゃん?」


「コレ、ってなぁ……」


 敏也は顔を顰めた。

 彼の言うに事欠いている物言いと歳に似合わぬ仕草に面喰い、答えに窮したものの、十中八九そういう意味だろうということはわかっていた。


「なーなー! どうなの、にーちゃん?」


「もうっ、しかたないなぁ……ごめんなさいお兄さん。……おしえてもらってもいいですか?」


 さっきの男子と女子一名が急かしてくる。

 なんだかんだ言いつつ、二人の顔は揃って興味津々といった具合だ。その目は、輝いているのではないかと思うほどである。

 おそらく、そういうことに興味を抱くお年頃なのだろう。


(若いねぇ……)


 自分だってそれなりに若いはずなのに、そう思った。


 それにしてもこの子たちは、いきなり初対面の人間になんてことを聞いてきているのだ。そもそも、知らない人に声をかけてはいけないということを知らないのだろうか、教わらなかったのだろうか。


 もしも自分が草食系男子(犯罪的な意味で)を装った肉食系男子(犯罪的な意味で)だったとしたら、今ごろ大変なことになっている。というか昨今の情勢を鑑みるに、むしろ自分の身の方が、ある意味では危ないかもしれない。もし親御さんに会うことがあったなら断固として注意しつつ、誠心誠意謝罪せねばなるまい。


 そう、そうなのだ。この子たちには罪はない。単に、いけないことをいけないと、事前に教えてあげられるほど成熟した大人が、この子たちの周りにはいなかったというだけで、この子たちは何も悪くないのだ。


 彼らの蛮行をそう断じた敏也は、顰めていた顔を緩め、


「あー、そうだよ。そういうかんけー」


 と、適当に返事をした。

 もちろん敏也とエリーネはそういう関係ではない。これは口から出まかせではあるが、こう言っておけば勝手に盛り上がってすぐにどこかへといくだろうと、敏也はそう考えたのだ。


 すると二人は「おおー」と歓声を上げ、


「やっぱそうなんだ! いーなー、あのねーちゃんびじんだったし」


「うん、きれいだったよね」


 思った通り、やいのやいのと二人で盛り上がっている。この調子なら、この子たちの好奇心が燃え尽きるのも早まるはずだ。


(……これなら、すぐに飽きてどっかいくだろ)


 だが、甘かった。

 彼らが興味を抱いたのは、敏也とエリーネの単純な関係だけではなかったのだ。


「あの、お兄さん。かのじょさんとは、どんなおつきあいをされているんですか?」


「……えっ?」


 思わず背もたれから身を起こし、女の子を見やる。

 その子は鼻息荒く、両手を硬く握り、興味津々といった感じで敏也を見ていた。


「えーと……言わなきゃ……駄目か?」


「はい。おしえてください! おねがいします!」


 ズズイッ、と女の子の上半身が前のめりに詰め寄ってくる。そして、その隣にいる男の子が頭の後ろに両手を回した状態で、


「おれもしりたいなー。つきあう? ってどんなのか、きょうみあるしー、ニシシ」


 と、笑いながらそう言った。

 そんな二人組を冷や汗をかきながら見ていた敏也は、内心頭を抱えていた。


(……やっべぇ、どう誤魔化そう)


 まさか、嘘をついたツケがこんなにも早く巡ってくるとは思わなかった。当初の計画では、この子たちが飽きて勝手に去っていくというシナリオだったはずだ。

 なのに、なぜ?

 考えたところで始まらない。


(とにかく、普段のエリーネとの遣り取りをそれっぽく言うしかないか)


 そう自分に言い含め、活を入れる。

 敏也はわざとらしく、オホンっ、と咳払いし、腕を組むと、


「……そうだな、あいつは……口うるさいな」


「「くちうるさい?」」


「ああ、何かと喧しく構って――じゃなくて、ほら、なんというか……俺を、愛ゆえに心配してくれてる……みたいな?」


 ――脳裏に浮かぶは、鬼のような形相でガミガミと叱りつけてくる彼女と、正座してそれを聞く自分。


(確かあの時は、三時間近い説教で足が痺れて大変だったんだっけな。おまけに説教の途中で、その痺れた足を突っ突いてきたし……)


~~~~~~


「いいですか、大神くん。さっきも言いましたが、今後は真面目に授業を――」


「待……って、エリー……ネ! あ、足が……し、痺れ……」


「……ここですか? ここが良いんですか? ――ほらほら」


「や、やめっ――ぎゃああぁぁ」


~~~~~~


 思い出したくないワンシーンを思い出した敏也の頬が引き攣る。

 子どもたちは「それからそれから?」と、無邪気な笑みで続きを促している。


「……それから……悪いことをした時は、怒ってくれる……な」


「「へー」」


 ――目を瞑ると、般若のような雰囲気で大小様々な火球を飛ばしてくる彼女と、それを必死で避ける自分の姿が浮かんだ。


(確か、弁慶の泣き所に特大のがヒットして悶絶したんだっけか。あいつ、蹲った俺を冷やかな目で見下してきたんだよなぁ……)


~~~~~~


「――ほぉら、避けないと死んでしまいますよ。お・お・が・み・くん?」


「ひぃっ! ごめんなさーーい!! 謝るから許し――ごはぁっ!?」


「あっ――当たっちゃいましたね。……ちゃんと避けてください。――まだ、私のノートを失くした罪は償えていませんよ?」


「――――――待っ……てください。せめてっ、せめて痛みが引くまではぁ……っ!」


~~~~~


「うっ、ぐふぅっ」


「にーちゃん、どしたの? ぐあいわるいのか?」


「お兄さん、だいじょうぶですか?」


「っ、大丈夫、大丈夫だから。心配すんな、シュン、レン」


 泣きそうになり、身体が力無く崩れ落ちそうになった自分を心配してくれた子供たちに、身体をプルプルと震わせながら、真っ青で弱々しい笑顔を向けた。


(借りたノートを失くしたからって、あそこまで怒らなくたってっ……まあ、期末試験前だったけどさ)


「……それから……それからな……っ」


「「うんうん」」


「……罵ってくる」


 耳にはいつだって彼女が罵倒してきた言葉が木霊している。

 「馬鹿ですね」「情けない人……」「愚かですね」「呆れました……」「恥ずかしくないんですか?」などなど、上げ始めればバリエーションは多岐に渡り、圧倒的な物量を誇っている。表情だって含めると相当な数だ。

 これなら、あと十年は戦えるかもしれない。


(……あっれぇ? おっかしいなぁ。嬉し恥ずかしイベントが一つもないぞぉ?)


 遠くを見つめる敏也の目尻に、煌めく何かが生まれていた。


「……つきあうって、たいへんなんだな」


「……うん、おもってたよりもたいへんそう……」


 敏也の話を聞いた子どもたちは意気消沈していた。若くして夢破れた二人は、これからどんな人生を歩んでいくのだろうか――などと、そこまで大げさなことでもないとは思うが、そんな二人が少しだけ心配に見えた。


 敏也は何かを悟った――というよりは、何かを諦めたような寂しい目をし、


「――付き合うってのは……いや、そもそも人と関わるってのはな、大変なことなんだ。それを忘れないで、これからの人生を生きてくれ。――でも、俺たちのはあくまで一例だから、これを『付き合う』ってことだと思っちゃ駄目だからな。良い関係を築いているやつらは世の中に沢山いるんだ」


 そう言った後、二人の頭に、ポンッ、と手を乗せ、


「シュン、レン、お前らがもし誰かと付き合うことになってもな、相手が傷つくようなことは絶対に言っちゃ駄目だぞ。お兄さんとの約束な。――破んなよ。破ったら、一生許さないからな。ていうか、破らないでください!」


 最終的には頭を下げて念押ししておいた。

 もう自分のような哀れな子羊を生まない為に。二度と、エリーネのような刃物染みた物言いをする少女を生み出さない為に。


(負の連鎖は、断ち切らなければならないんだ! 俺の代で終わりにするんだ!)


 心で涙しながら、切実な願いを叫ぶ。


「ん、よくわかんないけど、わかったよ、にーちゃん」


「……なんとなくわかりました」


 敏也が言ったことをあまりわかっていなさそうな二人は、頭の上に疑問符を浮かべながらも、子どもらしい無垢な笑顔を見せ、そう返してくれた。



 それから数分後――

 敏也と子どもたちは、敏也の通う学園――魔術師と魔動機パイロットを育成する戦修学園について話していた。


 どうやら敏也の着ている制服から魔術師――もしくは魔動機パイロットであることがバレてしまったらしく、そうと知った子どもたちは嬉々として質問し始めた。

 だが、それは不思議と嫌ではなかった。


 一般人の大人から向けられる冷たく、仄暗い差別の眼差しに比べれば、子どもたちの好奇と羨望の眼差しなど、そよ風のように心地よかったのだ。


「にーちゃん、おれたちもまじゅつしになれるかなぁ?」


「あー、魔力さえあれば学園に入学すんのは簡単だぞ。他にも、規模は小さいけど魔術に関する教育機関はあるらしいし。……ついていけるかは別だけどな」


「……わたし、うんどうにがてなんですけど、まじゅつしになれますか?」


「大丈夫大丈夫。うちの魔術科にいる自称『運動苦手』な子なんて、五十メートル走を四秒で走りきったり、素手でリンゴ割るからな、しかも笑顔でグチャッと。だからお前もなれるさ」


「……すごいっ」


 それを聞いた女の子は目を輝かせている。

 もちろん肉体強化込みではあるが、敢えて言う必要はない。運動音痴や身体能力に乏しい人間を、人間以上の性能へと向上させる超常の力が肉体強化であり、魔術なのだから。

 と、そこで敏也は何かを思い立ったようで、


「そういや、そろそろ一回目の魔力量の測定があるんじゃないか? お前ら、歳、十歳近くだろ?」


「うん、あとちょっとで十歳だよ」


「もうすぐそくてい……なんですか?」


「ああ、俺の時はそれくらいの頃だったからな。お前らも、たぶんそうだと思うぞ。……ま、気楽にやればいいさ。測定はこれから年に何回かずつ行われるし、中学辺りで覚醒するやつのほうが多いからな」


 人が魔力に目覚めるのは、およそ十歳を迎えてからである。そして、この頃から学校側は躍起になって才能探しを始めるのだ。

 優秀な人材を国へと提供した、有能な教育機関としての体裁を求めて。


(ま、教育機関の思惑なんて、俺たちにはどうでもいいことだけどな)


 子供たちにとっても、教育機関の才能探しにはメリットがある。

 それは、もしうまく魔術師になれれば、いや、魔術を学んだという実績があれば、世の中で様々な恩恵を受けられるからだ。


 例えば、魔術に関連する仕事を蹴り、一般への就職を目指す時に有利に働いたりだとか。単純に、日常生活の中で魔術を用いて――電気を術式から生み出して電気代をケチったり、術式から火を継続的に生み出してガス代を削ったりなど――快適な生活を送ったりだとか。


 とにかく、よほどのことがない限り、魔術の経験はプラスに働くのだ。


(そこら辺が、一般の人たちには疎ましく映るみたいだけど……)


 これも、魔術師が一般人から疎まれる理由の一つである。扱いの差、相手にできて自分にできないこと。それがどうしても癪に障るのだろう。


 しかし、有事の際にはまっさきに召集がかかるというデメリットもあるのだから、そこらへんは寛大な心で目を瞑ってほしいものだ、と世の魔術師たちは思いつつも、彼らを極力刺激しないように慎ましく生きているのだが、一向に改善の兆しは見られない。そして、ズルズルとここまで来たのだ。


 もうどうしようもない、というのが、魔術師たちの総意。


「ん~……」


 シュンという名の少年が悩むように唸った後、ベンチから立ち上がり、少し離れた場所でクルリと振りかえると、


「――もしまりょくがすくなかったら、おれ、まどうきのぱいろっとになるよ。まどうき、かっこいいしっ!」


 そういった直後、レンが不機嫌そうな顔をしながら立ち上がり、彼に近づくと、


「ちょっとシュンくん! いっしょにまじゅつしになろうっていったの、シュンくんでしょっ! やくそくやぶるのっ!?」


「ちょ……レン、やめっ、ゆれ、ゆれれれれれれれ」


「シュンくんのばかぁぁぁっ!」


 レンという名の少女が、シュンの肩を掴んでガクガクと揺すっていた。

 半泣きで彼を揺するその少女の姿は、第三者の目には可愛らしく映るのだが、当事者であり、揺すられ続けているシュンにとってはたまったものではないだろう。


 というよりかは、レンから一方的に蹂躙されているシュンに誰かさんの姿を投影した敏也はいてもたってもいられなくなった、というのが正しいだろうか。

 ベンチに座ったままの敏也は困ったような表情をし、


「レン。シュンも悪気があったってわけじゃないだろうからさ、やめてやれよ、な?」


「うっ……でもぉ……」


 そう渋りつつも、シュンの肩から手を離したレンは、自分の肩を震わせながら、


「…………やくそく……したんだもん……っ」


 悲しそうに呟き、スカートの端を握りしめると、俯いてしまった。

 そんなレンを見たシュンは、数秒おろおろとした後、敏也に近づき、小声で助けを求めてきた。


「に、にーちゃん。どーすればいいの? なんでレンないてんの?」


「……お前……ほんとにわかんないのか……?」


「うんっ」


 キリッ、とした表情でそう言われてしまった。

 そんな能天気な彼を見た敏也は思わず天を仰ぎつつ、手のひらで目を覆った。

 これが天性のものなのか、それとも幼い故なのかはわからないが――


(……鈍すぎるっ!)


 心中で、声を大にして叫ぶ。


(わかれよ! 約束だっつってんだろ! それに俺とエリーネの関係聞いてくる時、レン、お前のことチラチラ見てただろっ!)


 圧倒的好意。子ども心ながら、レンはシュンに惹かれているのだ。しかも態度に出まくっている。滲み出している。むしろ曝け出している。

 なのに、なぜ気付かないのか。


「……鈍いって罪だわー。極刑もんだわー。そう思わないか、シュン」


「? むずかしいことばは、わかんないよ?」


「……ああ、そうだよな。お前、まだ子どもだもんな。……それはどうでもいいからさ、謝りに行けよ。『約束を破る気はない。さっきのは冗談だった』ってな。それでレンの機嫌直るから……」


「ほんとっ!?」

「ほんと」

「やった!」


 と、シュンは無邪気な喜びに顔を染め、いまだ俯き続けているレンの傍に、トテトテと駆け寄った。

 そして、


「レン! さっきのはじょうだん! いっしょにまじゅつしになろう!」


 と、言い放った。聴いた敏也は淡く苦笑いを零す。

 少々助言とは変わっているが、彼らしさが滲んでいるため、結果オーライだろう。

 彼の謝罪と宣言を聞いたレンは顔を上げ、


「……うそじゃ……ない?」


「うん!」


「……ばか。……つぎはぜったいにゆるさないから」


 などと、年の割には少々怖いことを言ってはいるがどうやら仲直りできたようだ。

 彼女の顔は少しだけ泣いた痕があるものの、幸福に染まっている。


(うんうん、青春だね。……ちょっと妬ましいくらい)


 敏也は自身の顔に柔らかな笑みを浮かべつつ、「えへへ」と互いに笑い合っている彼らを見ながら、そんな感想を抱いていた。

 が、突如――


「っ」


 胸に刃を突き立てられたかのような不快な感覚が敏也を――いや、公園にいた全ての人物を襲った。


「っ! 危ねえっ!」


 敏也はその胸を襲う気持ちの悪さに呻きながらも、今にも倒れ伏しそうになっていたシュンとレンの傍に駆け寄り――

 トンッ、と、なんとかギリギリで受け止めることに成功した。スライディングで滑り込んだことが功を成したようだ。


「おい! シュン、レン、大丈夫か!?」

「……」


 腕の中にいる二人へ呼びかけてみるものの、二人は応えない。息を荒くつきながら汗を流し、苦しそうに目を瞑っている。さきほどまで笑い合っていた子どもの面影はどこにない。まるで、熱に浮かされた病人のようだ。

 辺りを見渡す。公園にいた他の人物たちも皆倒れている。そして、意識がない。


「……結界。しかも呪言入りなんて……悪趣味だなっ」


 苦々しげに、憎々しげに呟く。

 周囲や空を見てみると、先ほどまで木々の間から覗いていた青空も、木漏れ日も、鳥のさえずりも、何もかもが失われている。その代わりに広がっているのは、鉛のように重苦しい空気と、毒々しげな色の空。


 学園の演習場に張られる防御結界とは何もかもが異なっている、異質な結界。これは明らかに戦闘用の、しかも、敵を弱らせてから仕留めるタイプの結界だ。


 先ほど襲ってきた不快感は、結界が張られたことによる魔力の波動を感知したせいであり、その結界から発せられる呪言混じりの魔力の影響を受けたせいでもあるのだろう。


 呪言――それは、紡がれた瞬間から始まる呪い。魔力に課す制約。

 自分、もしくは他者に行動を強制する力であり、魔力に疎い人物にかければ意識を奪うことも、命を奪うことでさえ容易いとされている。


 どうやら周囲を漂っている呪言には『意識を奪う』『体力を奪う』という二つの呪いが込められているようだ。さきほどから敏也の身体から少しずつではあるものの、体力と魔力が失われ始めていることがその証拠だ。子どもたちや他の人物たちが意識を失っているのはそのせいだろう。


 敏也が早々に意識を失っていないのは、ひとえに魔術師だからである。


「なあ、そう思わないか?」


 敏也はそう言いながら自身の右斜め後ろ数メートルほどにある木を、まるで仇のように、殺したい相手であるかのように睨みつけた。

 すると、


「――この程度の気配には気付けるか。及第点だな」


 年老いているわけでも、若いわけでもない男の声。そして、その木の後ろから誰かが姿を現した。

 男は、そのまま敏也を値踏みするかのような視線を向け、


「確認するが――貴様、大神敏也だな」

「……ああ、そうだ」


 その人物は長躯で、安っぽい黒のジャンパーとズボン、右手には白銀の槍、そして顔には覆面を被っていた。

 普段の敏也ならば「怪しすぎるだろ! まるっきり変質者じゃねえかっ!!」と、茶化しにかかるところだったが、今回はそういうわけにはいかなかった。


(――こいつっ、やばい)


 冷や汗が頬を流れる。奥歯を噛み締め、動揺を悟られまいとする。


 明らかに魔術師としての格が違う。


 その人物はただ立っているだけなのにも関わらず、冷酷に、研ぎ澄まされた気配を放っている。そして、気配と共に放たれている魔力が、学園で接するクラスメイトたちとは比べ物にならないほど重く、冷たく圧し掛かってくる。


 しかも維持するために膨大な魔力を必要とする結界を張り、おまけに呪言を込め、それでもなお気配を乱さずに佇んでいる目の前の男は、少なくとも学園に在籍している魔術師兼教官である人たちと同格か、それ以上なのだ。


 そうしていると、男が槍の穂先で地面を軽く突き、


「どうした、黙りこんで。――いいのか? 戦いはすでに始まっているぞ」


 その言葉は、途中から目の前で聴こえてきた。


「な……っ!」


 いつのまにか、目前まで男が――その手に持った白銀の槍の先端が迫っている。

 敏也はそれを捉えた瞬間、本能的に肉体強化を発動――そのまま身体を横へと捻りつつ、シュンとレンを抱えたまま、攻撃を回避した。


「――ほう、良い反応だ。しかも、コンマ三四で発動できるとは。肉体強化だけは得意――という情報は正しかったか」


「っ、この! いきなり攻撃かよっ。良い育ちしてんな!」


 槍を躱した後、バックステップで距離を取りつつ、敏也は悪態をついた。

 そんな彼を冷やかな眼差しで男が見、


「貴様、寝ぼけているのか? 今ここは戦場で、わたしのテリトリーだぞ。――気を抜けば死ぬ。それくらいは平和ボケした魔術師でもわかるはずだ」


 槍を、ヒュンッ、と片手で回転させ、言った。

 そして、


「――さあ、どうした。武器を出せ。――戦え。お前の力を見せてみろ」


 男はそう言いながら、槍を両手で構えた。いつでも突撃できる状態だ。

 敏也はそれを見やりながら、渋面をつくっていた。


「……二十秒くれ」


「……いいだろう。――ただし、逃げようなどとは思うな。結界の端に近づこうとした時点で、その背を貫いてやる」


「……わかってるよ」


 男に赦しを貰うと、敏也は少し離れた場所にあるベンチに駆け寄り、腕に抱えているシュンとレンの身体をお互いに寄り添い合わせるように座らせた。


 彼らの顔色は先ほどよりも悪化している。その上、二人の吐息は高熱を出した時のように熱く湿っている。

 おそらく、未成熟な身体にはこの結界内を満たす呪言の負荷が大きすぎるのだ。このままでは時を置かずして衰弱死してしまうだろう。


 敏也はそんな二人の頬を優しく撫でつけながら、


「……ごめんな、なんか俺のせいで巻き込んじまったみたいで。――でも、すぐに終わらせて、病院に連れて行ってやるからな」


 二人に小さく謝罪し、決意を言葉にし、その場を後にした。

 そして、男の近くまで戻ってくると、


「――あんな子どもまで巻き込みやがってっ! ……殺してやるよ、覆面ヤロー」


 口は憎悪の言葉を紡ぎ、両手には魔力の粒子が舞い始めていた。そしてその光たちは、右手に日本刀、左手に鉄製の盾を生成した。

 生成完了後、両目に宿る並々ならぬ殺意と共に、二つを構える。


「む? これは情報とは違うな。何が『腑抜け』だ。鬼気迫るものを抱えた、一種の化物ではないか。――気迫は合格。あとは実力が伴っていれば上々だが……さて」


 敏也の立ち振る舞いを淡々と評価しつつ、男が再度槍を構える。

 睨み合いは長くは続かず、両者は時を待たずして駆け出した。




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