騒動の後
その後、騒ぎを聞き付けた魔動科の教員によって三馬鹿は連行されていった。
なんでも、これから昨日の分も含めた『矯正』が待っているんだとか。
彼らはズルズルと引き摺られながらの去り際に、
「「「いつか絶対に復讐してやる~」」」
と言っていた。
それを聞いて敏也は、最期まで小物臭い連中だな、とそう思った。
そうして事件が収拾されたのが六時過ぎ。
――そして現時刻は午後七時過ぎ。
「えーっと? お疲れ様でしたー……?」
「うふふ、お疲れ様~♪」
「……お疲れ様です」
「お疲れ様でした」
場所は敏也の自室。この場にいる人は四人。それぞれが囲っている物は、炬燵机の上に鎮座されたガスコンロ。その上にある土鍋。
あの後、お世話になったお礼も兼ねて、春美と紫苑を交えて鍋パーティーをすることになったのだ。鍋の種類は寄せ鍋。
音頭の後、和やかな雰囲気で女子一同が各々鍋をつつき始める。
だが、男一匹敏也はそうではなかった。
笑顔ではあるが表情をガッチガチに固め、左手にお椀、右手に箸で静止している。
(綺麗所三人が会するとは……俺の場違い感がすごい。や、ここ俺の部屋だけどね?)
そんなことを考えていると、春美がニヤニヤしながら敏也に絡んできた。
「ふふ、それにしても……わたしに電話してきたときのあなたの必死さといったら、すごかったわねぇ?」
「……は、ははは、なんのことやら……」
プルプルと身体を震わせながら、視線を彷徨わせる。
しかし、
「とぼけても無駄よ? ……『春美さん! お願いですっ、エリーネを助け――もがもが?」
「うわーーーーッ!? 何言ってんすか!? 何言ってんすか!?」
春美の口を必死に抑えながら敏也は顔を真っ赤にしていた。
そんな彼らを紫苑は無表情で、もっちゃもっちゃ、と魚のすり身を咀嚼しながら眺めている。どうやら春美に危害を加えない限りは手を出さないようだ。
「ふ、ふんっ、そんなに必死になるなら最初から厄介事を持ちこまないでください。――大神くんのバカっ……」
それを聞いたエリーネは頬を少しだけ赤に染め、不機嫌そうに顔を逸らす。
そんな彼女を紫苑は、ズズー、とお茶を啜りながらじーっと眺める。
「もが――プハァ! ……もうっ、息ができないじゃない敏也君」
と、敏也の拘束を逃れた春美が息を整えている。
「す、すいません――って、元はと言えばあなたが――」
「……『お願いします! いくらでも生徒会の仕事手伝いますからエリーネを――もが!?」
「やめてーーーーっ!!」
再び敏也に口を塞がれる春美。
それをじーっと見つめながら、豆腐をハフッハフッと熱そうに口へ運ぶ紫苑。
顔を逸らしているにも関わらず、時折、視線を敏也に向けているエリーネ。
しばらくの間、事態の収拾がつかなかった。
◆
「――なるほど。そういった経緯であんなことになったんですね」
「ええ、敏也君が悪いってわけじゃないのよ。だから、彼を責めないであげてね?」
「……はい、それはもちろんです」
鍋を食べ終えた後、彼女たちは暖かいお茶啜りながら、仲良くお話をしていた。
その中で、どうやら敏也への容疑は晴れたようだ。
そんな彼は現在、春美からの「アイス食べたいな~? 買ってきてくれないかな~?」とのおねだりを受けて、学園から徒歩で二十分程離れた街にあるコンビニまで、アイスを求める旅路に出ているため不在である。
ちなみに紫苑は炬燵机から離れ、テレビの前に正座しており、画面に映っている猫特集を、目を輝かせながら食い入るように見つめている。猫好きなのだろうか。
「――それにしてもエリーネちゃんがおとなしく捕まってるなんてねぇ? ……おかしいなぁ?」
「…………どこかおかしいでしょうか?」
「ええ。だって、エリーネちゃんなら適当に暴れて助けを呼びそうだし。なんなら自力で魔動機を消し炭にしそうだもの」
「……いえ、さすがにそれは無理です。あれだけ近くにいられたら、そうそう威力のある術式は撃てませんし……」
「そういうものかしら。――――実は、敏也君に助けにきてほしかった、とか?」
「……そんなわけ……っ」
少し答えに窮したエリーネが困ったように顔を逸らす。
「彼に助けにきてほしいだなんてっ、……思うはずがありません。それに、私は彼を意識しているわけではありませんから」
エリーネは眉を不愉快そうに寄せ、ズズッ、とお茶を啜った。
「ふうん? じゃあ、彼のことをどう思っているのかしら?」
「どう……ですか…………級友とかでは――」
「駄目よ」
「……」
湯呑を両手で抱えながら、思案顔でエリーネが黙る。その後、こめかみに手をやり、
「……敢えて言うとしたら、手の掛かる弟……みたいなものですね。私がいくら言っても聞きませんし……」
「……本当に?」
「本当です」
(それって、一応意識してるってことじゃないのかしら?)
春美は内心そう思うが、それを口に出すような真似はせず、
「ふふ、いいわ。そういうことにしておきましょうか。あんまりからかうとエリーネちゃんがへそを曲げちゃいそうだし♪」
「……なんだか言い方に含みを感じるのですが……」
「きっと、気のせいよ」
「…………まったく、春美会長は相変わらずですね……」
エリーネが溜息を吐き、頭を抱えながらそうぼやいた。
と、その時――
「ただいまー」
と、暢気な声が玄関のほうから聴こえてきた。どうやら敏也が帰ってきたようだ。
その証拠に、コンビニ袋を持っているくすんだ茶髪頭が、すぐにリビングに入ってきた。
春美はその人物へと顔を向け、
「お帰りなさい。アイスはあったかしら?」
「……一番高いやつですよね? ……ありましたよ。高かったですけど……高かったですけどっ!!」
「優しい後輩を持って鼻が高いわ♪」
「代金払ってくださいよっ!? びた一文まけませんからねっ!」
と、そう言いつつアイスとスプーンを春美に渡す。その後、エリーネにも渡し、テレビの前に鎮座して猫番組を観ている紫苑に近づく。
「ほれ、紫苑。お前の分だぞ」
「……ん、ありがとう」
こちらには目もくれずにそう返事をする。そんな彼女とテレビの画面を交互に見、
「……猫、好きなのか?」
「……猫だけじゃない。動物はだいたい好き」
「……そ」
敏也はそれ以上彼女の邪魔をしないように、アイスとスプーンを彼女のそばに静かに置くと、そっと離れようとして――その動きが止まった。
――アラート音とともに、テレビの上の欄に緊急速報が表示されたからだ。
部屋にいる四人の視線がテレビに集中する。
表示された内容は、某国某地域でテロ組織と正規軍が交戦状態に陥ったというものだった。組織名、建造物への被害、死傷者とうの詳細は未だ不明とのこと。
それを見たエリーネが、
「……最近、こういった小競り合いが多いですね」
「そうだな。で、最後はいつもうまく逃げられちまう……と。きっと今回もそうなるんだろうな」
「……結構離れた地域だから、この国には影響しないとは思うけれど……心中穏やかではないわね」
どんよりとした空気が部屋を包む。
過去の戦争の後、世界は表向きは平和を保っているように見える。だが、実際のところはそうではない。
戦争によって生まれた憎悪は、様々な場所で歪みを生んだ。
その最たるものがテロ組織だ。
彼らは各地でこういった小競り合いを各国の軍や治安維持部隊と繰り広げている。
構成員たちは、思想に沿って行動する者、ただ単純に戦争中毒に陥った者など、テロを引き起こす動機はバラバラである。だが、どんなテロ組織であれ、必ず無関係な人間を巻きこむときた。まったく、いい迷惑である。
そんなテロ行為が関係ない場所で起こっているものだとはわかっていても、さらりと流すことなどできない。今この時も誰かが命を賭してそれを止めようとしているかと思うと、明るい気持ちにはなれるはずもなかった。
――だが、
「……テロップ邪魔。猫が観え辛い」
微妙に深刻そうな雰囲気だったのにもかかわらず、紫苑がむぅっとした顔でマイペースなひと言を発したことで、その空気が壊れてしまった。
紫苑を除く三人はきょとんと顔を見合わせた後、笑い声をあげる。
「ふふふ、まったく、紫苑ったら……」
そう呟いた春美の表情は、まるで母親のように優しげなものだった。