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双天の共鳴者  作者: 月山
第一章「共鳴者覚醒」
11/126

レガリア type-S

 くまのストラップが付いている端末――エリーネの端末に向かって、男が叫ぶ。


「くそったれがァッ!!」


「……彼に関わった事が運の尽きですよ。良くわかったでしょう?」


 電話口で散々な目にあわされた男に向かって、エリーネは呆れたように言った。その目は「わかりますよ、その気持ち」とでも言いたげな同情に染まりきっている。


 そんな彼女は体育館裏の空き地の近くにある、切り立った山の斜面のそばに座り込んでいる。

 ――目の前には三体の魔動機。稼働状態のものは、その内二機。

 自分は肉体強化ができないため、迂闊には動けない。


「……やけに冷静だな。俺たちに何されるかわかんねーんだぞ?」


 男が、理解できない、とでも言いたげな顔でエリーネを見、彼女に端末を投げ渡した。

 だが、エリーネは男と視線を合わさず、


「別に冷静というわけではないですよ。それなりに恐怖しています。――でも、彼は文句を言いながらも、結局助けに来てくれますから」


 と、さも当然の如く言ってのけた。そして柔らかく微笑み、


「そういう馬鹿な人なんです。…………最初から全速力で助けにくればいいのに……」


 最後の部分は、少しだけいじけた声だった。


「……」


 人からそこまで信頼されている半端者の事を考え、男は少しだけ妬ましく、羨ましくも思っていた。



 ――それから十分後。


「よっ、エリーネ。元気そうだな」


「遅いですよ。いったい何をしていたんですか?」


「見りゃわかんだろ?」


 敏也は手に持っているものを彼女に見せた。

 買い物袋だ。中には何やら食材が山のように詰め込まれている。白菜、春菊、豆腐、うどん、えのき、魚のすり身……などなど。


「――パートナーが捕まっているというのにスーパーで暢気にお買い物ですか……ひどい人ですね、軽蔑します」


「あのねぇ!? これでも超特急で帰ってきたんですよ? パトカーに乗ったお巡りさんに『そんなスピードで歩道を走るなッ!!』って怒られるくらいだったんだから!!」


「はぁ……わかりましたから半泣きで怒鳴らないでください。…………鍋でもするつもりですか?」


 エリーネが袋の中の食材を遠目で吟味しながら、彼に確認する。


「おう、夏になる前に食っとこうと思ってな。食材も丁度安かったし。……なんなら、お前も食いに来るか? ……結構……余裕あるんだけど……」


「……いいでしょう。御馳走になります」


「――よし、じゃあさっさと帰るか」

「はい」


 エリーネは立ち上がり、そのまま敏也に歩み寄ろうとして――


「待てやァァァァ!?」


 そんな声の主に彼女は進路を阻まれてしまった。

 邪魔をされたエリーネが、むすっとした顔で男を睨む。


「……なんですか? 私には鍋をつつくという大事な使命があるんです。そこをどいてください」


「……てめえ、自分が人質だってこと忘れてるだろ……?」


 男がこめかみをピクピクさせながら言った。彼の様子は、もうキレる一歩手前といった具合である。溜めこんだ怒りがいつ爆発してもおかしくはない。


 それを尻目に、敏也はいそいそと買い物袋を木陰に避難させ、その後、元の位置に戻ると、エリーネを見ながら残念そうにぼやく。


「あーあ……『勢いで誤魔化そう作戦』は失敗だな、エリーネ」


「そうですね。絶対にうまくいくと思ったんですが……」


「どこがッ!? いったい、どこをどう見てうまくいくと思ったんだよッ、このアホどもォォォォ!!」


 ムキーッ、と苛立ちを露わにしながら男は叫んだ。


「もういいッ、お前ら、やっちまえ!」


 その言葉と共に、男の後ろに控えていた二機の魔動機が、巨体の重量を感じさせない俊敏な動きを見せる。

 全身のスラスターを細かに噴射しての機動だ。

 ヒュッ、と軽やかな機動で敏也の目前まで接近した魔動機たちは、ほぼ同時にその鉄腕を振り抜いた。


 ――が、敏也は上方へと軽やかに跳躍し、それを躱す。

 彼はそのまま、目標を見失いキョロキョロしている魔動機たちの後方へと着地し、エリーネを見やった。

 だが、そこには――


《ククク、動くなよ。動いたらこいつを斬るぞ?》


 最後の一体の魔動機に、いつのまにか先ほどの男が搭乗していた。

 そして、エリーネの後ろ側から首元に手を回し、人間からすると巨大と言えるコンバットナイフの刃を押し付けている。ただ、肝心のエリーネはさほど興味もなさそうにボーっとしているが。


 それを見た敏也はさすがに動きを止め、その魔動機のほうを見る。


「相変わらずゲスい手口だな。――というか、昨日と同じ人質作戦かよ。正直飽きたんだけど?」


《うっせぇッ! 効果的なんだからいいだろ! ほっとけよ!!》


 ――その言葉と同時に、敏也の後方にいた魔動機たちが肉迫する。

 そして、その拳が再び唸りをあげた。


 敏也は避けなかった。


 ゴッ、という音とともに彼の身体が山の斜面に激突し、そのままズルズルと崩れ落ち、その場に座り込んだ。


《いよっし! やったぞ!》

《ざまあみろ! 半端者!》


 二機の魔動機の搭乗者はその結果に歓喜している。が、すぐにその歓喜は止む。


 敏也が立ち上がったからだ。


「あ~、いってぇなぁ……少しは加減しろよ。つうか、山堅すぎ。もっとこう……派手にバンバン突き破っていくかと思ったんだけどなー」


 首を摩りながら、さしてダメージもない様子でぼやいている。


 ダメージがさほどないように見えるのは、もちろん敏也が予め肉体強化を硬度重視でかけていたせいもあるが、それだけというわけではない。

 単純に、馬力不足なのだ。


 第二世代魔動機『メシア』は十年以上前の機体だ。いかに細かくマイナーチェンジが施され、機能がアップグレードされているとはいっても所詮は旧世代。現行機と比較すれば、どうしても能力に差が見受けられる。


 しかも、彼らの搭乗している機体は何のカスタマイズも施されていない。――この点は、成績優秀者や素行の良好な生徒にしかカスタマイズは許されていない、という決まりのせいでもあるのだが。


 そもそも、第二世代の欠点とされていたのが『火力不足』なのだ。

 第二世代魔動機。パイロットの腕は並。しかも先ほどの攻撃はたかがパンチ。そんな戦力で高強度の魔術師を相手取るなど、愚の骨頂だ。


 余裕そうな敏也を見て、魔動機に乗っているリーダー格の男は吐き捨てる。


《……バケモンがッ》


「あっ、今のすっごい傷ついたんですけど? 心ない言葉が人を傷付けるってこと、わかんないのか? 責任とってくれんの?」


「……あなたはそこまで繊細じゃないでしょう? いったい、どんな面でそんなことを言っているんですか? ――恥を知りなさい」


「……ちょっとエリーネさん? なんで俺のメンタル削ってんのっ。相手間違えてるよ?」


「間違えてなどいませんよ。――あなたも私の敵です」


「獅子身中の虫!? ……あの、昨日の事は謝りますんで許してください! もういじめないでくださいっ!」


 敏也は必死にペコペコしながらエリーネのご機嫌を取ろうとする。

 が、


「嫌です、許しません。何度言っても悔いあらためないあなたには、もう愛想が尽きました。そこで死ぬまでサンドバックになっていなさい」


「……ひ、ひどい……っ」


 ガクッと両手両膝をついて項垂れてしまった敏也から、プイッと顔を逸らし、腕を組んで不機嫌さを表現する彼女。でも、そんな彼女の雰囲気は、どこか楽しさを滲ませているように見えた。

 と、二人がそうしていると、


《……俺らを無視してイチャついてんじゃねーよ、半端ヤロー。天埜会長のことだけでもムカつくってのに》


 全身でショックを表している敏也に、そんな声が聴こえてきた。


「……まだいたのか?」


《いるに決まってんだろうがッ!! ふざけるのもいいかげんにしろッ!》


 魔動機が、ズン、と音を鳴らして地面を踏みしめた。どうやら中の人は、もう我慢の限界らしい。

 敏也は立ち上がり、リーダー格の男が乗る魔動機を半眼で見ながら、


「――ていうか、そんなに俺を殺したいなら対魔剣でも持ってこいよ」


 ――対魔剣。それは対魔素材と呼ばれる、魔力への干渉能力を持った特殊素材から造られる武器である。


 それは、魔動機の強固な装甲を容易く斬り裂き、肉体強化を発動した魔術師の身体を一撃で切断できるという極めて強力な兵装であり、ここ近年の魔動機戦闘における重要なファクターとなっている。


 対魔素材は、今までは魔動機の装甲素材として使われ、第二世代『メシア』の標準装備であるコンバットナイフの刃の表面にコーティングされる程度であったが、第三世代『レガリア』からは、一振りの対魔剣として装備されている。


(一応この学園には第三世代があることだし、どこかにあるだろ)


 敏也はそう思い、挑発の意味も込めてアドバイスしたのだが――


《……武器庫がロックされてて、追加装備を取りだせねーんだよ》


 当然のことだと言える。日々諍いを起こす生徒が後を絶たないこの学園で、武器を自由に取り出せるようになどするはずがない。


 自由意思で武器を取りだせるのは成績優秀者と素行が良好な生徒のみで、あとは、自主訓練をしたい時に教師から許可をもらった生徒だけである。

 つまり彼の今の発言は、「俺は教師から信用されてないんだ!」と声を大にして宣言した事と同義なのだ。


 それを理解した敏也は、少しだけ悲しげに目を細め、


「ああ、お前教師に信用されてそうにないもんな、……性格的に」


《てめぇ……まだ殴られ足りねぇみたいだなぁ……?》


「いやもう十分だって。もう結構。だから終わりにしてくんない?」


《これくらいで俺らの気が晴れたと思うか? ――そもそも! 俺らはこれから罰則が待ってんだよ!! せめて、てめぇをボコらなきゃ成仏できねーんだよぉぉぉ!!》


「……ですよねー」


 どうやら紫苑は昨日のあの後、教員にバッチリチクっていたらしい。そのせいで、これから彼らはレッツ・パーリィ☆となる模様。

 それにしてもすぐに罰則を与えず一日待たせるなど、いったいどんな豪華なお仕置きが彼らを待っているというのか。やっぱり滑車だろうか?


 怨念と焦燥に身を焦がす男たちを乗せた魔動機たちが、じりじりと敏也に迫る。いつ飛びかかられても不思議ではない。

 それを見て敏也は疲れたように、ふぅ、と溜息を吐き、


(ったく、めんどくせぇなぁ…………――まだか?)


 チラッと横目で周囲を伺う。敏也の手配通りならば、もうすぐ――


《あらあら? 人質を取ったあげく三人で一人を虐めるだなんて、人の風上にも置けないわね。――そう思わない紫苑?》


《……仰るとおりです、師匠》


 そんなスピーカーを通したような声とともに風が――尋常ではない機動力を発揮する二機の魔動機が、空から飛来した。


 その内の一体――薄紫色に全身を染め上げた機体が、リーダー格が乗っている敵魔動機の傍に舞い降りると、エリーネに刃を突きつけていた腕を掴み、敵の装甲を軋ませながらその刃を引き離す。

 そして、そのまま敵魔動機へ肩でタックル。


《ごぁっ!?》


 そのあまりにも速すぎるスピードと挙動に男と魔動機は反応できず、無様に大地を数メートル滑っていった。


 敵魔動機を突き飛ばした後、スラスターの噴射をストップし、ズン、と地面に着地した薄紫色の魔動機――その搭乗者が、エリーネの姿をツインアイで捉えながら通信機を介して言う。


《……大丈夫?》


「ええ。ありがとう、助かりました。……えーと……?」


《……私は成瀬紫苑。以後よろしく》


「そうですか。私はエリーネ。――エリーネ・フリートハイムです。よろしくお願いします、成瀬さん」


 ――薄紫色の魔動機は第三世代魔動機であり、紫苑専用の『レガリアtype-S』だ。


 第三世代ということもあってか、全体的なフォルムは洗練され、機械にしては流麗な線美を描いていながらも、腕部や脚部は武装や装甲、スラスターの関係で機械らしくやや無骨に見える。


 この機体は高火力・高機動を主眼に置いたカスタム機である。


 現在の武装は、腕部に増設されたアームガード、腰部に対魔剣二本。さらに背部スラスターは大型の物に換装され、そして、バックパック中央部に大型のプロペラントタンクのような物を増設し、尻尾のように垂らしている。


 極め付きに、本来第三世代はカメラアイをバイザーに覆われた頭部を据え付けているのだが、紫苑機は頭部をツインアイ方式のセンサーに交換しており、人の眼光のような、ある種の威圧感を醸し出している。


 なによりも、『レガリア』は深い青を基調とした色合いのはずだが、紫苑機は薄紫色に染まっていることが、量産機との一番の違いだった。


《くそったれが!》


 先ほど地面を滑っていった敵魔動機が、その巨体を起き上がらせていた。

 紫苑機とエリーネはそれを見やりながら、身構える。


 敵魔動機メシアが起き上がると、その頭部のカメラが、バイザーの下から紫苑機を恨みがましく睨みつけた。


《紫苑ンンッ!! てめえ――魔動科のくせに、なんで魔術科を助けてんだよォ!!》


 それは彼女に対する非難。怨嗟の声。裏切りを糾弾する、悲痛な絶叫。

 だが、紫苑は彼の叫びに含まれている感情を敢えて汲み取らない。極めて淡々とした口調で、言葉を返す。

 彼女の専用機が、敵魔動機を見据える。


《……くだらない価値観。魔動科? 魔術科? ――それが、何?》


 紫苑機のツインアイが、搭乗者の目つきを再現するかのごとく、鋭く光る。


《あなたは魔動科だから偉いの? 魔術科の人たちはわたしたちとどこが違うの? ――きっと何も違わない。ただ単に、あなたが一方的に劣等感を感じているだけ》


《んだとォ!?》


《……いいかげん、子どもじみた仕返しはやめたらどう? こんなこと、あなたの品位を落とすだけ》


《な……、っ!》


 怒鳴られるのではなく、ましてや敵意を向けられるでもなく、ただ淡白な声色で諭された男は威勢を挫かれた。無情な事実が、男の胸を掻き毟る。

 正論。彼女が言ったことは、それに尽きる。

 だが、それでも男は引けない。もう、ここまで来てしまった。とても、何の結果も得ずに引ける状況ではないのだ。


《……ッ! だまれェェっ!》


 男がそう叫び、操縦桿を繰る。魔動機がそれに応えるように駆動音を高鳴らせ、スラスターが唸りを上げ、機体を飛翔させた。

 ――紫苑機に向けて、ナイフを構え、突進する。


《……馬鹿な人》


 紫苑は感情の込められていない声で短くぼやくと、くんっ、と操縦桿を操作した。

 たったそれだけの動きで、傍にいるエリーネを庇うように紫苑機が前へと躍り出る。

 そして、両腰に備え付けてある対魔剣の内の一本を、スラリ、と右手で優雅に引き抜いた。


 ギンッ、と重量感のある金属音が鳴り響く。


 対魔剣とコンバットナイフの鍔迫り合い――だが、紫苑が手加減していることは誰の目にも明らかだった。

 紫苑の実力ならば、カウンターで敵魔動機を両断するのは容易いこと。わざわざフェイントを仕掛けられるリスクを負ってまで刃を受け止める必要性など皆無。

 では、なぜ危険を冒してまでナイフを受け止めたのだろうか?


 紫苑が男に語りかける。


《……全力で向かってくるといい。私が、あなたの積み上げてきた全てを否定してあげる。……そうすれば、少しは『自分』がわかるでしょ?》


《っ!》


 その声を聞いた男は恐怖した。

 彼女の言葉は、何の感情も込められていない、単調な声音で発せられた。

 だが、それにはどこか言いようのない冷たさが含まれ、滲み出した殺意が見え隠れしている。――それはまるで、絶対零度の氷であるかのような。

 彼我の圧倒的な実力差が男に、紫苑が恐ろしい存在であるかのように錯覚させた。

 触れれば凍りついてしまうような怖気。それが男の身を震わせる。


《う、うわあぁッ!》


 男は恐怖で悲鳴を上げ、がむしゃらに機体を動かした。操縦桿を握る腕が、引き攣りを起こしたかのように強張り、体中から脂汗が噴き出している。


 鍔迫り合いから斬り結びへと移行し、剣とナイフが激しく衝突する。

 だが、紫苑機はその場から動かず、豪雨のように降り注ぐ敵魔動機の攻撃を対魔剣一本で容易く受け流していた。


「……すごい」


 その光景は、それを遠巻きに見ていたエリーネが思わず称賛を零すほどのもの。


《くそっ、くそっ、なんであたらねーんだよッ!》


 男は魔動機を繰りながら悪態をつく。

 これほどの猛攻を受けても一歩も動かない魔動機――その中にいる紫苑という存在に対する畏怖が、彼の脳裏を塗り潰さんとしていた。


《っ、このヤローッ!!》


 そんな吐き捨てるような言葉と共に、敵魔動機が左足でヤケクソ気味に上段蹴りを放つ。それと同時に右手に持ったナイフによる斬撃までもが放たれた。


 そうして、ようやく紫苑機が身を翻し――と思いきや、迫りくる上段蹴りを、握っていた対魔剣を離すことで自由にした右手で掴む。

 そして迫るナイフに対し、そのナイフを持つ敵魔動機の右腕を下方向から、左拳を用いたアッパーによって殴りあげることで回避した。

 それらの操作を一瞬の内に、ほぼ同時に行ったのだ。


 左足を握られ、動きを封じられている敵魔動機が、ギギギ、と軋みを上げて拘束から逃れようとする。だが、紫苑機は決して離さない。

 ナイフを再び突き立てようとする――が、右手首を紫苑機の左手がガッチリと握っているため、動かせない。


《くそっ、くそォォォっ》


 必死に操縦桿を動かすが、魔動機は動かない。応えてくれない。

 単純な技量差と機体性能の差。単純な膂力だけでも、たった一世代違うだけでこれだけ差があるのだ。

 最初からこれは、無謀な挑戦だった。

 と、その時、


《……お疲れ様》


 紫苑の声が、通信機を介して彼に届く。


《これでわかってもらえたと思うけど、もう、馬鹿な真似はしないで》


 紫苑が発したその声には、少しだけ憐れみが含まれていたように思えた。


 そして次の瞬間、紫苑機が敵機の右手首と左足を無残に握りつぶした。

 グシャリ、と装甲がへこみ、まるで血のようにオイルが辺りに飛び散り、敵機内のモニターに危機を知らせるアラートが表示される。

 それに気を取られた男――その魔動機を、グワンッ、と衝撃が襲った。

 右腕と左足を破壊されたことで体制の崩れた敵機を、紫苑機が思い切り蹴り飛ばしたのだ。


《ぐあぁっ!》


 男はその衝撃に呻いた。

 コックピット近くを蹴りあげられたため、かなり強い振動が内部を襲っている。

 蹴りあげられた部分の装甲がへこみ、バチバチと火花が出ていた。

 ――第一装甲区画破損――、そんな警告文がディスプレイに映っている。


 そのまま敵魔動機は空中へと吹っ飛び――紫苑機がスラスターで飛翔し、追撃に繰り出した。

 右腰に残っている二本目の対魔剣を左手に持ち、ゆるやかに振りかぶると、


《……さよなら》


 数瞬の後、敵機に追いつくと同時に斬撃を振るった。



 紫苑機と斬り結んでいた魔動機は両腕を肘辺りから斬り落とされた状態で地面に尻を着き、項垂れたまま戦意を喪失している。

 それを尻目に、エリーネは紫苑に問いかけた。


「それにしても、あなたたちはどうしてここに?」


《……師匠がトシヤから連絡を受けたの。――『昨日の馬鹿三人が友人を攫った。助けてほしい』と》


 そう、敏也は不測の事態を想定して、前もって彼女たちに連絡しておいたのだ。


「だから彼は余裕綽々だったんですね」


《……きっとそうだと思う。……本当はもう少し早く来るつもりだったんだけど、丁度魔動機の整備中だったから、再調整に時間がかかってしまったの。武装が少ないのもそのせい。……申し訳ない》


「いえ、いいタイミングだったと思います。奴らが油断していましたから」


 エリーネは紫苑と普通におしゃべりしていた。

 と、そこへ、


《――ようやく終わったようね。……それにしても二人とも、もう仲良くなったのかしら。紫苑が人見知りしないなんてめずらしいわね?》


《……吊り橋効果……かも?》

《ふふ、なあに、それ》


 魔動機の手に持ったコンバットナイフから、まるで獲物の血が付着したかのようにオイルを滴らせながら機体を歩かせ、その中にいる春美が、紫苑ののほほんとした物言いに笑っていた。


 ――彼女の搭乗している機体は、深緑で全身を塗装された『メシア・リ・ロード』。

 第二世代魔動機『メシア』を素体に、様々な追加武装を施した彼女専用のカスタム機である。


 その機体はさすがに第二世代ということもあってか、第三世代よりも装甲の形が無骨で、全体的なフォルムが洗練されきっていない感を醸し出している。

 しかし、最高速度では第三世代に劣るものの、彼女の機体は背部スラスターを第三世代型に換装しており、標準的な機動力は確保している。そして、全身にも細かくスラスターが増設されており、頭部センサーも強化済みである。


 現在の武装はこちらもメンテナンス中だったこともあり、両腕部固定型シールドと手に持っているコンバットナイフのみだ。


 ――ところで、なぜコンバットナイフからオイルが滴っているかというと……。


「春美さんマジで怖い。出会い頭に、あの二体の両手足ぶった斬ったぞ……」


 敏也が青い顔をしながらこちらに近づいてきた。その表情はとてつもなく恐ろしいものを見たといった具合だ。


 彼が歩いてきた方向を見てみると、二体の魔動機が両手足を破壊され、うつ伏せに地面に転がり、切断面からスパークを散らしているところだった。

 しかもご丁寧に背部スラスターまでもが両断されている。――あれでは体制を変えることも、ハッチを開いて脱出することさえできない。

 しかもそれを、ここに到着したと同時に行っていたというのだから驚きだ。


 それを見たエリーネはひくっと顔を引き攣らせている。


「……さすがは春美会長ですね。まったく手心が感じられません」


《あら? そんなことないわよエリーネちゃん? 魔動コアはちゃんと外してあげてるし、これでも手加減して――あ》


 春美が驚いたような声を上げた。何事かと思い、そちらを見やると、


《もう……また間接壊しちゃった……。せっかく整備したばかりだったのに……》


 彼女の魔動機の右腕のひじ関節が煙を上げていた。内部のモニターにも、右腕部が損傷したという警告が示されている。

 それにしても腕が壊れるなど、いったいどんな無茶な挙動をさせたのだろうか。


《……師匠、やはりあなたは第三世代に乗るべきです。第二世代の運動性では師匠についてこれない》


《えー、いやよ。慣らし運転から始めないといけないなんて……わたしもう三年生よ?》


 それにね、と彼女は言う。


《わたしみたいにある程度の実力をもった人間より、魔動機に乗りたての若い子たちに強い機体に乗ってもらった方が、彼らの生き残る確率が上がるでしょう?》


 そう言った彼女は、きっとニッコリ笑っていたに違いない。

 魔動機の中にいるため姿は見えないが、優しい彼女のことだからきっとそうだ、と三人は思っていた。


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