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双天の共鳴者  作者: 月山
第?章
1/126

いつかの先

 いつか、そこへ至る。



 下は大海。上は蒼穹。

 雲海を切り裂き、飛行を続ける艦艇。

 全長は百メートルを優に越し、全身に自衛用の火器を多数搭載、さらには可動式の光学兵器の砲身を両翼に二門ずつ装備した、アイリス所属の飛空艇である。


「機影捕捉。――メシア、レガリア、テオドール――その他にも複数の反応あり」


 どうやら現在、この艦艇は戦闘状況にあるらしく、周囲の空域では飛来したミサイル群が炸裂し、絶え間なく爆発が起きている。それを避けるため、艦は右へ、左へ、上へ、下へという回避運動を余儀なくされている。

 その感を捉えたオペレーターがブリッジで声を張り上げた。


「ど、どうするんですか、艦長~! 予定と全然違いますよー」


 その声を受けた艦長――椅子に腰かけた三十代風の男が唸り、顎ひげを撫でる。


「ふぅむ、任務ではテロ組織残党の殲滅だったはずだが……この数、残党どころじゃないね。さすがに空だからか、魔術師はいないようだけど……魔動機がひいふうみい……数えきれないな。なんというか、大隊クラスじゃないか」


「暢気過ぎですよ艦長~――きゃあっ!?」


 オペレーターが悲鳴を上げた。その原因は艦艇への被弾による振動および、炸裂音のせいだった。


「左舷後部、被弾。損傷軽微。エンジンは無事です」


「航行に支障はありませんが、少々小回りが利き辛くなりそうですね」


「回避行動ー、回避行動ー。おい、操舵士、しっかりやれ」


「この巨体で逃げる大変さを知らんやつが偉そうに……」


「職務中だぞ、黙れ」


 この艦艇に乗り慣れた様子の他のオペレーター達や操舵士は被弾にも狼狽ず、マイペースに職務をこなしている。

 そんな彼らとは正反対と言っていいほど違い、怯えて竦んでいるオペレーター少女を見た艦長は口元を歪め、愉快げに笑う。


「ははは、君は確か、あの人にスカウトされてこの組織に入った新人さんだったね。でも、大丈夫。怖がらなくても、そう簡単にこの船は墜ちはしないよ」


「ど、どうしてですか~?」


 頭を抱えたままでオペレーターの少女が言った瞬間、


《……艦長》


 と、一声が通信機を介して届いた。

 見れば、ブリッジのモニターには格納庫の映像が映し出され、そこに吊り目がちな一人の少女が佇んでいる。

 艦長は笑みを崩さず、その少女の呼び掛けに応える。


「おや、どうしたね。まだ出撃命令は出していないはずだが……」


《……でしたらすぐに出撃命令を。予定とは違うと言っても、これ以上手を拱いていたらこの船に傷が増える。そしたら、修理費増大。アイリスが財政難であることは、あなたも知っているはず》


「ふむ、確かに。……いいだろう。ただし、この作戦は低予算で執り行うことが前提だったんだから、出すのは君だけだ。他の子たちは待機。――いいね?」


《……了解》


 ブツリ、と通信が途切れた。その少女の愛想の無さはいつも通りなため、艦長は大して気にも留めていない。

 と、その時、また別の回線から通信が送られてきた。


《艦長! いつまで防戦に徹してるつもりですか。このままじゃ墜ちますよ?》


 モニターに映っているのは茶髪の青年。そしてその脇には、銀髪の女性も佇んでいる。

 艦長は少しだけ驚いたように眉を動かした。


「大丈夫だよ。今さっき、彼女に出撃命令を下した。すぐに消してくれるさ」


《あいつ一人にって……いくらなんでも酷いですよ、それ》


「しょうがないじゃない。魔動機使うとお金掛かるんだから。整備費とか、弾薬代とか」


《……なら、金が掛からない俺たちが出ます。っていうか、早く任務済ませて帰らないとやばいんですよ、出席日数とか。だから、いいですよね?》


 それを聞いた艦長は不満げに息を吐き、文句を垂れた。


「えー? 君たちを極力危険な目には合わせないよう厳命されてるんだけどなー」


《死にはしませんよ。俺たちの実力、知ってるでしょ?》


「だからってさー」


 艦長が渋り続けていると、茶髪の青年の隣にいた銀髪の女性が柳眉を吊り上げ、モニター――向こうではカメラなのだろう――へと詰め寄る。


《相変わらず煮え切らない人ですね。いいから出撃命令を出しなさい!》


「わ、わかったわかった。まったく、二人とも気の強い子だな。……それじゃ、ハッチはどこ使ってもいいから、とっとと行っちゃって」


《了解》


《了解です》


 通信が途切れ、艦長は疲れたように深い溜息を吐いた。だが、その表情には呆れと一緒に愉快さも多分に含まれている。

 そして、再び緩めた顔をオペレーターへと向ける。


「え~っと、そう! 確か、どうしてこの艦は墜ちないのか、だったね。簡単だよ」


「?」


 その時、再び船が被弾。揺れに揺れ、乗組員たちは顔を顰め、耐える。

 だが、艦長はまったく揺らいでいない。恐れていない。

 先ほどまで首を傾げていた少女へと向けていた視線を、モニターに映っている青空へ向け直し、


「この船には守護神が二体、付いてるからね」



 艦長からの命令を受け取った整備員たちは、格納庫内で忙しなく動き回っている。


「おい、さっさと固定ボルト外せー! 沈められるぞ!」


「カタパルト前空けろ! 誰だ、コンテナ置いた奴は!」


「装備はたったこれだけでいいのかっ? 出すのはこいつだけなんだろ?」


「艦長がそう言ってんだから黙って言うこときいてりゃいいんだよ。んなことより、手ぇ動かせ!」


 そんな混乱の中、年老いた整備師がある機体のコックピット周辺をノックし、


「パイロット! 乗ったかっ?」


《……乗ってる。準備万端。いつでもどうぞ》


「よぉし。――ブリッジ!」


 確認し終えると飛び降り、インカムでブリッジへと通信を飛ばした。



 通信が送られてきたため、少女は『守護神』とは何なのかを聞き返すことができず、止むなくその通信の発し主に応答した。


「こちら、ブリッジ」


《おう。機体の準備は済んだ。いつでも発進できるぞ》


「了解です。――発進シークエンス開始。機体をカタパルトへ――」



 機体の中では少女がコンソールを操作し、機体の微調整と確認を行っている。


《……魔動コア、正常。魔力機関、正常。ウイング確認――クリア。障壁装置――クリア。各配線、クリア。システム確認――オールグリーン》


《了解。発進タイミングはそちらでどうぞ。――御武運を》


《……了解。コントロール、受諾。――フレイヤ、発進》


 その言葉と同時に、リニアカタパルトが超速で稼働。

 艦橋を奔り、デッキに載せられていた赤紫色の機体を大空へと放出した。


 機体が浮遊感に囚われた瞬間、背部の可変ウイングが展開。

 大空へ翼を広げ、全身のスラスターが火を噴き、飛翔を開始。

 発進直後、艦の前方へと飛び出していた機体は急制動を掛け、後方へと身を翻した――その瞬間、なにか魔方陣の様なものが側面に展開され、直後、尋常ではない速度で機体が跳び出す。

 強烈なGに苛まれているにも拘わらず、搭乗者の少女は顔色一つ変えていない。

 モニター上に敵機。レーダーにも多数の反応がある。


《……目標捕捉。数は三十。この機体なら余裕》


《あまり無理はしないでねえ。その機体壊すと怒られちゃうから》


 艦長の間延びした声。


《……確約はできない》


 言った後、敵からの数十にも及ぶ小型ミサイル攻撃が機体を襲う。が、搭乗者は冷静に、操縦桿を流れるように操作し、機体を下方へと急速に逃がす。すると、目標を見失ったミサイルたちは半数が衝突し合い、爆散した。


 だが、まだ半数が残っている。


 それを見てとった搭乗者は、機体の右腕部に持たせていたアサルトライフルを構え、発砲。

 銃口から発射されたのは実弾ではなく、エネルギー弾。それが雨のように乱れ飛び、ミサイル群へ直撃。爆発の後、ミサイル反応が消えた。

 が、


《国連のいぬめっ!》


《……やはり来た》


 爆風の中から斬り込んできた敵機に対し、両腰部に備え付けてある二本の刀の内、一本を左手で引き抜き、応戦する。

 鍔迫り合い。火花が散り、高負荷によって機体が軋む。


《今だ! やれ!》


 と、その隙に敵は仲間たちと共に彼女の機体を包囲し、集中砲火を浴びせようとしていた。

 勘付いた搭乗者である少女がモニターへと高速で目を配り、周囲の状況を一瞬の内に把握する。

 そして――刀が敵の剣を切り裂き、その胴をも薙いでいた。


《な……に?》


《……第三世代ごときで、フレイヤを墜とせるはずがない》


 敵の爆散する様を見る暇なく、苛烈に操縦桿を操作する。

 その命令を受諾した機体が、寸分違わず遅れなく、搭乗者の望んだ通りに動き始める。


 まずウイングを限界まで広げ、急上昇。至近距離での爆発を避ける。

 直後、包囲していた敵機たちが一斉に射撃を開始し、四方八方から銃弾が迫りくる。

 それに対し、搭乗者はウイングを畳む。

 そして、機体を螺旋状に飛ばすことで敵の銃口から身を逸らしながら接近。二体並んで撃っていた敵機たち、その一方を頭頂から真っ二つにし、次いでもう一体の胸部を切り裂いた。

 それらは小爆発を起こしながら墜ちていく。


《……次っ》


 即座に左斜め後ろ方向へと飛翔。

 襲い来る執拗な射撃を避けながらターゲットサイトで右下方にいる敵機へと狙いを付け、引き金の役割を担っている操縦桿のスイッチを押す。

 正確無比な射撃が行われ、夥しい数の弾が放たれる。

 エネルギー式のアサルトライフルの弾でハチの巣にされた敵機は海上へと墜ちていった。


《この――化物がっ!》


 その一幕の終わり、長大な剣を右腕部に宿した敵機が彼女の機体に下方から迫っていた。

 だが、彼女はそれを一瞥すると同時にペダルの踏み込みを緩め、スラスターを小康状態へ。機体がぐらりと揺らぎ、前のめりに倒れ――


《……今》


 迫りくる敵機へと自らの頭部が向いた瞬間、全開でペダルを踏み込む。操縦桿すらも押し倒し、全速で駆ける。

 スラスターが苛烈に瞬くその様は、まさしく流星。


《っ! くたばれ!》


 その動きを見て怯んだ敵ではあったが、それでも剣を振り抜いてきた。

 だが、彼女はすれ違いざまにカウンターの要領で攻撃をかわしつつその両足を薙ぐ。


《なぁっ!?》


 敵パイロットの驚愕したかのような声が聴こえたがそれを無視し、彼女はすれ違った機体を翻させ、方向転換――その時、またしても魔方陣が展開。

 ほぼ直角移動二回で三百六十度向きを変えた赤紫色の機体は、バランスを崩していた敵機を肩口から両断した。

 断末魔の叫びが聴こえた気がしたが、気にする必要はない。


《……消えろ、私たちの敵め》


 哀憫など感じさせない声音。ただただ冷徹に、自らの成すべき事を成す。それが彼女。


 その時、コックピット内に危機を知らせるアラートが鳴り響いた。

 彼女は咄嗟に機体を動かし、前転するように回避運動を取る。

 その直後、今まで自分がいた場所を青白いプラズマ砲が過ぎ去っていく。チリチリと大気を焼き、変質させるほどの暴虐。


《……伏兵?》


 砲撃が来た方向へ目を向けると、そこは雲海の中。プラズマ砲の威力によって雲が晴れた場所に、一体の魔動機が砲塔を両手で支えながら佇んでいる。

 忌々しい――搭乗者の脳裏に過っているのはただそれだけだった。


《……消す》


 その敵機へと彼女が向かおうとした時、


「こっちは俺たちでやる。お前はそっちの魔動機を殲滅しろ」


 そんな、声が聴こえてきた。

 その声の発し主を彼女は知っている。――茶髪の青年だ。


《……わかった。二人に任せる》


 搭乗者はそう言うと、再び遠距離攻撃を行い始めた敵機たちへと機体を翻らせ、超速で空を駆けていった。



 銀髪の青年は拳を鳴らしながら、プラズマ砲を放った敵機の近くへと舞い降りた。


「さて、んじゃ、ぼちぼち片付けますかね」


(無理はしないでくださいね。いくら私たちでもここは空気が薄いですし。それに肉体硬度が高いからって、プラズマ砲はさすがに――)


「わかってるよ。心配すんなって。いざとなったらお前に代わってもらうからさ」


(あなたはどうしてそういつも……あーもう、いいです。早く終わらせましょう)


「おう。姿勢制御と攻撃魔術は任せるからな。――さあ、覚悟しろよ」


 空に佇む青年は、両肩、両肘、両手甲、腰、両膝裏、両踝、両足裏、それぞれの皮膚数センチの場所に魔方陣を展開し、そこから魔力を蛍火のような粒子の形で放出することによって空に留まっている。


《お前は……まさか……》


 怯えたような声を敵パイロットが零し、それを何故か捉えることのできている青年が不敵に笑む。


「――そっから先は言うな。恥ずかしいからな」


 ニヒルな笑みを浮かべて言った青年は――大神敏也は天へと痛んだ右手を伸ばす。

 遥か高みへと伸ばされたその手のひらに、どこから現れたのか、おびただしい数の光たちが収束し始める。収束しきらなかった光たちは、彼の周囲を絶え間なく荒れ狂う。

 そして、それらが少しずつ何かの容を模していき――


「――来い、天凱刀……アスラ」


 双眸を閉じ、舞う光の中で静かに紡がれた銘。

 そこに顕現したのは――空色の刀。大空の中に在れば『空の蒼』と同調して見えなくなってしまうのではないかと思うほど、その刀身は壮麗なスカイブル―に染まっている。


 そして、大神敏也は目を開けた。その瞳の色は――空。


「術式展開――ヒミングレーヴァ」


(同調、術式制御開始――半自動姿勢制御術式、ブリュンヒルデ・システム)


 敏也の頭の中で銀髪の女性――エリーネの声が響く。

 と同時に、敏也の全身に配置されていた魔方陣が一斉に右側へと移動――し終わったとともにタイムラグなしで魔力を噴射。敏也の身体を急加速させ、空を駆けさせる。


 その圧倒的な推力を持ってして肉眼からも、魔動機のカメラからも、果てにはレーダーからも消失した敏也を目の当たりにした敵パイロットは、放心したまま何事かを呟いている。


《ま、間違いない……お前は――》


 その声は、途切れた。なんてことはない。機体のど真ん中を、瞬きの間に現出した敏也が刀で刺し貫いたから。そして、それによってコアを破壊され、搭乗者を貫かれ、結末を言えば機体が爆散したからである。


 爆風の中から、敏也が光の尾を引きながら飛び出してくる。

 敏也は爆風を至近距離で浴びた痛みに顔を顰めた状態で、そのまま斜め下へと落下しつつ、


「~ってえな。予想よりも爆発が早えーぞ」


(あんなに容赦なく突き刺せばそうもなりますよ。もっと考えて倒してください)


「んな暢気なこと言ってらんねえだろ。――こんだけ敵がいんだから」


 言いつつ、全身の魔方陣から魔力を噴射して落下スピードを殺し、滞空へと移行した敏也の数十メートル周りには、十機近い魔動機が存在していた。それらの銃口、砲身は全てが敏也へと向けられている。

 しかし、そんな状況に在っても、敏也は余裕の表情を崩していない。


「一体じゃ相手にならないから数を揃えたか? 『機神』が聞いて呆れるな。何のための魔動機だよ」


 そのような言葉など、この高空では届くはずがない。烈風に音は掻き消され、そもそも敏也は通信機を持っていないため、誰にも聴こえるはずがなかった。

 が――


《くそっ、なんでこいつの声が聴こえんだッ!? オープンチャンネルか?》


《馬鹿言え。おれたちは直通回線しか開いてねえ。他の通信が入るわけねえだろうがっ!》


《けどよ!》


 どのような理屈を述べようと、実際声は届いている。それは疑いようがなく、覆しようのない現実だった。

 敏也は彼らの様子が可笑しいのか、その顔に無垢な笑いを貼り付ける。


「そうビビんなよ、テロリストさん。あんたらの機体にも魔動コアが使われてんだから、俺の声が届くのは道理ってやつだ。……ま、あんたらには意味がわからねえだろうけど」


《このガキィ……!》


 と、敏也の惚けた態度に我慢の限界を来たしたのか、一体の魔動機――レガリアが腰から対魔剣を引き抜きながら彼へと飛来する。

 あと少しで敏也に届くというところで、その刀身が閃き――


「――どこ視てんだ? おっさん」


《な……っ》


 声が、頭上から聴こえた――否、真っ二つに斬り裂かれたと思われた敏也が、レガリアの頭部付近へと一瞬で移動していたのだ。


 魔動機は横振りに対魔剣を振り抜いた体制で呆然と停止。周囲の魔動機たちはその攻防の流れを理解できず立ち尽くす。そして、それら全てをひっくるめた光景が受け入れられない、敏也に襲い掛かった敵パイロットの瞳には、驚愕と恐怖が見え隠れしていた。


 ――こいつはなんだ、と。今の動きはどういう理屈だ、と。


 その疑問は、一生晴らされることはない。なぜなら、


「くらわせろ、エリーネ」


(わかりました。――最大術式展開、神々への試練(レーヴァテイン)


 直後に生み出されたのは業火。

 魔動機の頭上に滞空している敏也の目の前へと展開された、直径十メートル近い魔方陣から照射された光の柱だ。それはまるで、神が顕現したかと見紛うほどの輝き。


 多大な魔力を火の容で顕現させ、さらにはそれを高圧縮して生み出された熱線。

 万物を灰に帰す、地獄の劫火。神にすら手傷を負わせるほどの熱量。


 大空を裂くかのような轟音を伴って振り下ろされた光柱は、敏也を襲ったレガリアを呑み込み、一瞬の内に塵芥とした。跡形も残りはしない、残しはしない。


 くるんと身を翻しつつ、天凱刀を振り抜く。それによって発生させた衝撃波で熱波の残滓を払った敏也は、残った敵魔動機へと目を移らせた。


「さて、残りは丁度十機。紫苑のほうもそろそろ終わりそうだし、さっさと片付けるか」


(魔力残量には余裕があります。一撃で決めてはどうですか?)


「そうだな」


 エリーネと意見が合った敏也は、右手に持っている刀を頭上へと掲げる。と、同時に刀身が淡く発光し始める。


《っ! ――なにがしてえか知らねえが!》


 無論、そのような挙動を黙って観ていてくれるほど敵も甘くはない。一体の魔動機が敏也の行動を妨害するため飛び出すと、他の魔動機たちも次々と動き出す。

 まず、射撃兵装を持っている機体。――実体弾式のマシンガン、レーザー砲、プラズマ砲、コイルガンが火を噴く。四方から放たれた攻撃が網の目のようになって敏也へと襲い掛かる。

 だが、


「頼む、アスラ」


 呟いた直後、敏也の姿が消えた。攻撃は目標を失い、何もない場所を素通りしていく。


《な、なにっ、どういうことだっ!?》


《うああぁぁぁ――》


《な……っ?》


 仲間の悲鳴が通信機を介して届いた。仲間が居たはずの方向を向く。

 と、そこには縦一文字に胸部を斬り裂かれた機体と、敵を斬り裂いた体制のまま、煌々と瞬く空色の瞳で獲物を見る敏也が居た。

 その様を見た途端、魔動機の搭乗者たちは湧き立つ。


《お、おのれえぇぇえぇぇぇぇ!!》


 一人が魔動機を繰り、対魔剣を振りかぶって敏也へと突進する。が、


「対魔剣如きで、俺たちを殺せるかよ」


 甲高い衝突音、金属ゆえの音だ。そして、敏也が刀で対魔剣を受け止めていた。人が刀で、機械の剣を、である。しかも、押されていない。完璧に拮抗している。


《ッ!》


 危機を察知した敵パイロットは対魔剣を引かせ、そのまま乱舞へと移行する。上から、下から、左右から、絶え間なく対魔剣を閃かせ、息すら吐かせる暇なく襲い掛かる。


 しかし、敏也はそれら全てを片手で迎え撃っていた。

 振り下ろされた対魔剣を刀で真っ向から弾き、下方から振り上げられた対魔剣は忌々しげに刀で打ち降ろし、横合いに滑り込まされてきた対魔剣は刀身上で受け流し、見切り続ける。

 敏也はなおも余裕のまま、思案顔になった。


「ん~、魔動機と真っ向から斬り合うのはアルティナとの戦い以来かなぁ。なんか懐かしい」


(随分遠くまで来ましたからね。そう思うのも仕方ないでしょう)


 エリーネからの声に敏也は万感の想いを過去に馳せながら「はは」と笑みを零し、


「そうだ……な!」


 と、気合と共に天凱刀・アスラの能力を発現――真正面から突き込まれてきた対魔剣へと刀を上段から振り下ろし、ぶつける。

 乾いた音、いや、割れた音がした。

 対魔剣が割れている。破片が周囲へ飛び散り、刀身が粉々になって散っていく。


《ば、馬鹿な……対魔剣が……》


 狼狽えるパイロットをよそに、敏也は冷たい眼差しを敵へ向けていた。


「……パイロットもだけど、情けない機神さまだな。碌に役目も全うできないなんて」


(所詮は模造品ということでしょう。第四世代でようやく機神の名に恥じないレベルになったのですから)


「だな」


 敏也が返事をした直後、仲間の危機を救うため、残りの敵魔動機たちが群がってきていた。仲間へは当てないよう、計算された軌道で射撃が敏也に迫る。

 が、


《また消えただと?》


 敏也の姿は大空のどこにもなかった、否、彼は魔動機たちの遥か上方へと数瞬の間に移動している。その眼差しは憐れみとどこか力強い光を宿し、魔動機たちへと向けられている。


「――全部抹消しよう。罪のない人に血を流させる負の遺産なんて、世界に必要ないんだから」


(ええ。一歩でも、人が前へ進むために)


 刀身の輝きが先ほどよりも増した天凱刀をそらへと掲げる。両手で持ち、決してぶれないように支える。

 その輝きに気付いた魔動機たちが頭部を向けるも時すでに遅く――


「――無情で限りなき極光(アイン・ソフ・オウル)


 刀身から、太陽光を再現したかのような輝きが発せられる。だがしかし、それは太陽光ではない。それは焔。光と見紛うほどに輝く焔。

 放たれた焔たちは無暗に飛び散りはせず、指揮されているように収斂しゅうれんされる。そして、槍のような形へと成ったのを見ると、それぞれが敵魔動機へ向け飛来した。


 さながらそれはいかずちの如く。


 雷鳴が轟いたかのような音が鳴り、瞬きの間に、全ての魔動機たちはコックピットブロックを焼き切られ、コアごと搭乗者を喪っていた。それらは力無く四肢を投げ出し、海上へ向け墜ちて行く。

 敏也はそれを確認すると掲げていた刀を降ろし、長く息を吐いた。


「ふぅ~、疲れたー。やっぱこれ使うと魔力無くなるなぁ……」


(お疲れ様です。私の出番はほとんどありませんでしたね。久しぶりに肉体強化で暴れることができるのではと期待していたんですが……)


「アホか。そんなおっそろしいこと考えてたのか、お前。加減っつーか、リミッターねえやつが暴れようとすんじゃねえよ」


(なんですか、その言い草! 単に私が肉体強化に慣れていないってだけじゃないですかっ。なのにその言い方はひど――)


《……二人とも》


 と、頭の中で喧嘩していた二人に届く声があった。その声を聞き慣れている二人ひとりはそちらを向く。


 そこには、赤紫色の機体――第四世代魔動機・フレイヤが滞空していた。

 搭乗者は、紫苑という名の少女。

 流麗な線を描く各部装甲。背には大空を舞う鳥を思わせる翼――可変ウイング。それを損なわないよう控え目に設置されている背部スラスターと二門のレールガン。腕部には手甲たるアームガード。右手にはエネルギー式のアサルトライフル。脚部にはある新技術を用いた新型ミサイルポッド。腰部には二本の刀――対魔刀。そして頭部の、鋭い二つの眼光。


 特務機関アイリスと、ある技術者と、世界を愛し続けたとある人間が創り上げた『世界の希望』、その片割れ。機神として如何なく権能を発揮する、次世代型魔動機。


 その姿をどこか哀しげに見詰めていた敏也は、軽く頭を振って気を取り直し、


「よう、紫苑。そっちも終わったのか?」


《……うん、敏也たちより早く終わってた。で、巻き込まれないよう離れて見守ってた》


「おい、終わってたなら手伝えよ! そうしてくれてりゃこんなに疲れることも――」


(まあまあ、敏也くん。いいじゃないですか、こうして無事に切り抜けられたんですから)


 キーッと怒りを露わにする敏也に、エリーネは声で窘めようとしていた。

 と、紫苑は敏也の言い分を心外だとでも思ったのか、不機嫌そうな声音になり、


《……助けに入ったら入ったで文句を垂れるくせに》


「うっ」


《……どうせ今みたいにエリーネに構って貰えるから怒ったふりしてるくせに》


「……待って」


《……私、知ってるよ? 敏也はエリーネに構って貰えるなら、たとえ怒ら――》


「待って待って待ってぇえ! とんでもない誤解だ! 俺はそんな変態じゃない! ノーマルだ!」


 敏也は顔面を蒼白にしながら魔方陣から魔力を放射。その勢いでフレイヤに接近し、コックピットブロック辺りに縋り付くと、そこをガンガン叩き始めた。

 が、対してエリーネにとっては紫苑の発言がさほど意外でもなんでもなかったらしく、


(まあ、敏也くんが変態さんだってことはとっくに知ってますし、嫌いでもないですから。だからそんなに取り乱さなくても大丈夫ですよ、敏也くん)


「やめて! 顕現してないから見えないけど、お前聖母みたいな笑み浮かべてるだろっ!? そんな生暖かい愛情はいらねえ! そんな愛などいらぬ!」


《……贅沢者。軽蔑する》


(まったくです。これだけ器の広さを魅せ付けてあげているのに拒むだなんて)


「お、俺は……俺はどうすればいいんだ……っ!?」


 と、女性二人からの集中砲火に敏也が頭を抱えていると、


《あ、あ~、聴こえるかな、三人とも。君たちの愛しい愛しい艦長だよ》


 などと通信が届いた。聴いた三人は顔を顰め、


「誰が愛しい、だ。この中年が」


《……自意識過剰。軽蔑する》


(私にはもう先約がいますので、お断りさせていただきます)


《君たち、僕が上官だって忘れてるよね? 営倉入りにしてあげようか?》


 少々呆れと怒りを滲ませた艦長のお言葉に、敏也たちは肩を竦めた後、返答する。


「営倉ごとぶっ壊す」


《……営倉ごと艦を墜とす》


(営倉なんて、私たちにとっては拘束になりませんよ)


《もうやだ、この子たち》


 通信機越しにしくしくと泣く気配を感じる。どうやら艦長は本気で傷付いているらしい。それを察した敏也たちは、黙って艦長の言葉の続きを待っている。

 それから数秒の後、


《ごほんっ。――さて。取り敢えずだ。お疲れさま、君たち。敵の反応は全て消えたよ。すぐに艦をそちらに戻すので、今しばらく待っていてほしい》


「了解です。さすがにこのまま飛んで帰るのは無理ですからね」


《……ガス欠で墜ちる敏也。それもまた一興……かも?》


「見てるほうはね! 墜ちるほうはたまったもんじゃねえよ!」


(そんな敏也くんでも良いと思います、ええ。私は嫌いになりませんから)


「甘めえよ! お前ちょっと甘過ぎるよ! もっと厳しく採点しようっ? 俺の行動全てが肯定されそうで怖いっ!」


(冗談ですよ。さすがに情けなさ過ぎて嫌いになります)


「騙されたーーッ!!」


 ガッデム、と叫びながら敏也はフレイヤの胸部へ頭突きした。人間を優に超える筋力によって放たれた頭突きで、とんでもない衝撃が機体内部を襲う。

 紫苑はその衝撃によって四方八方へと揺さぶられ――


《……あっ、操縦桿が傾いて――》


 ぐらり、と機体が傾ぐ。つまり、それに捕まっている敏也と、敏也に同調しているエリーネも同様に傾ぐことになり……


「――ぎゃあああぁぁっぁぁあ、墜ちるーーーー!! 紫おーん! 早く操縦桿戻せぇええ」


(私は浮遊感を感じないので怖くないのですが……)


《……ちょっと待って。今の衝撃のせいで眩暈が……》



「やれやれ、彼らは元気だねえ」


 航空艦のブリッジ、そのモニターには、大空で時折きりもみしながらフラフラと飛行を続けるフレイヤと、それにしがみ付いている青年の姿が映っている。

 艦長はそれを観ながら愉快そうに笑みを深め、しかし、その眼には憂いも見受けられた。


「こんな子たちを希望にするだなんて、あなたは本当に酷い人だ」


 その声は、その人物には届かない。



 彼らがここに辿り着くまでの長い旅路は、確かに我々(わたし)の記憶の中に刻まれている。



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