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『BLUE TAILS』  作者: むぎ
4/4

第4楽章

やっと諦めようとしたのに。桜田社長の言葉に揺らいでしまう。


結子さんとは恋人でも何でもなかったって‥‥‥。

それじゃあの額のキスは、意味があるものだったのかな。

じゃなくてやっぱり直前のじゃれあいの延長だったのかな。

って、やめよう。

この想いは諦めたんでしょうが。またずるずるしちゃうじゃない。そんなのだめだ。

ぶんぶんと頭を振って考えるのを止め、ずれたキャップを外して髪を整えてから被り直した。

‥‥‥あれ?

さっきまでノリノリだった2人の音がなんか急におかしくなった。

私だけに分かる微妙な音の違い。何かむずむずする。

PAさんを見る。けど、気付いてないっぽい。

他のスタッフは‥‥気付いてない。ドラムの伊都部さん、ベースのむっちゃんも‥‥気付いてない。

ステージ上の2人は? んむ。何か表情が微妙に変。このむずむずが分かっているっぽい?

ホントに微妙な違いで。そのびみょーにびみょーな感じが余計にむずむずする。腕で抱えていた足を降ろす。

何、これ。チューニングがあってないわけじゃないし。

私がおろおろしている内に、曲が終わって暗転する。


暫く暗転が続いて、ライトがふたつ、ステージ上の2脚のスツールを照らす。次はMCで流れでアコースティックライブに移るのだ。

袖から2人が拍手に迎えられて出てくる。

が、客の拍手が2人の異変に気付いて小さくなって‥‥消えた。

2人とも難しい顔をしている。どうしたの。何が起こった?

『あ~~~、ごめん』

ざわつく会場の雰囲気を感じ、後頭部をがりがり掻きながら蒼太がひとことそう言って、藍と2人で深呼吸をする。そして数回咳払いして、スツールに座った。

2人が持って来たアコースティックギターをちょいちょいチューニングするフリ(あれは時間稼ぎのフリだ)をしながらマイクが音を拾わないようにして会話する。

『しゃちょ』

蒼太が舞台袖の方を覗きながらちょいちょいと2人の間を指さす。

『るー?』

藍のその一言に背筋がぞくっとした。多分、ここにいるみんなが。その位、甘い声。

え。

2人ともこっち見てる? 隠れてるのに? 変装しているのに? 社長に内緒してってお願いしたのに!?  何でばれてるの!!

私は、椅子からずり落ちて足元に伏せた。

『しゃちょ、俺らんとこに連れてきてっていったじゃん』

『るー、おいで』

会場に少しイライラした蒼太と藍の甘い声が響く。

床に這いつくばって、会場を出ようとしたら、目の前に黒い革靴が行く手を塞いだ。恐る恐る視線を上げれば、弱り切った社長の顔。

「すまん。何故かバレた」

「っ!」

突然、ひょいっと持ち上げられ、肩に担がれた。

「やだっ!! やだってば!!」

番長席はイ・ヤ・だ~~~~~~~~!!

「あきらめろ」

キャップが取れないように片手で押さえ、もう片方の手で社長の背中をバシバシ叩く。が、無駄に鍛えてるっぽくて、全然効いてないのが悔しい。

「はうっ!?」

身体の左右から腕と膝裏を支えられて、宙に浮いた。

何で!? 何でステージの上で2人と手をつないでいるの!? 何この”捕らわれた宇宙人”状態は!! はっ!? それよりも何よりも大事なこと!!

「やだやだやだ!! 手! 指! 手! 手ぇ!!」

いくら2人で抱えていると言っても、私の体重はそれなりだ。2人の腕と手に負担が掛かっている。この後の演奏どうするのよっ!!

「るーが大人しくすればいいんだよ」

「そうだそうだ、アオの言うとおりだ」

とたんぴたっと動きを止めた私をよいしょ、のかけ声で、2人の席の正面にいつの間にか置かれたスツールに座らせられる。

ふと視線を彷徨わせれば、目の前には混乱した観客席が。カチンと固まる私を尻目に。

『あ~、お待たせしました。俺らの調律師、るーでーす』

一応拍手は起きるがおざなりな感じ。そうだよね、いきなりでどう反応していいか分からないよね。ねえねえこれってプロとしてどうなの。

『ちょっとチューニングが甘いので今からここにいるるーにチューニングしてもらいまーす』

『るー、調律して』

ポテ、と藍のアコースティックギターが渡される。条件反射で右手が弦を弾く。ベショーン。なんじゃこりゃ、狂いまくりじゃないか。許せない!

『見てて』

秒数をカウントする蒼太の声がどこかで聞こえるが、チューニングがお話にならないくらい酷すぎてそんなのに構ってられない。よしできた。ジャリーンっとな。

『5秒!』

会場のざわめきにはっとするが、すぐさま蒼太のギターが渡される。また条件反射でデローン。もう何コレ何コレ!! よし、できた。ジャリーンっとな。

『5秒!』

『益々腕があがったね、るー』

『えらいぞ、るー』

へ。

『『誕生日おめでとう、るー』』

左右の頬に柔らかい感触と共にギャー!!と黄色い声が会場から上がる。

「ふぎゃあ!」

何やってるのぉぉぉぉ!! あんたら仕事中でしょぉぉぉぉ!!

2人は私の無言の叫びを受け止めて、笑ってる。

「なんなんだよこれ。見たとき心臓止まるかとおもったぞ」

マイクが拾わない音量で右側から蒼太に髪をつんつん引っ張られる。

「瑠璃の長い髪、好きだったのに」

左側から藍も私の髪をひっぱる。

「な、なんで」

見つけたの、と言外に問えば。

「「瑠璃センサーが発動した」」

そ、そんなのあるの!?

「おかげで音がぶれた」

これのせいでさっき、音が変だったの!?

「「許せないな」」

ぐりんと座面が回されて2人のほうを向かされる。お客様におしりを向けてるぞ、私!! いわば「∴」の上下逆の形。何コレ新しい番長席の形!? いいのかこれで!? 助けを求めて舞台袖に目をやれば、やれやれとあきらめ顔の社長が見えた。えええええ。

混乱する私の耳に、ギターのボディを叩く音に合わせてワン・トゥと蒼太の声が入り、続いてイントロが会場に響いた。騒がしかった会場が一瞬で静まる。

「あ‥‥‥」

私が好きな女性アーティストのバラード曲。甘い蒼太と藍の声が私の心を落ち着かせた。



もし君が道を見失っても、大丈夫だから。必ず僕らは待っているから。

いつでも。どこでも。

もし君が倒れそうでも、挫けそうになっても。必ず僕らは受け止めるから。

いつでも。どこでも。

何度でも。何度でもね。



今までの私の気持ちとか。2人の気持ちとかが伝わって。

2人の視線が熱くって。歌声が胸に痛くって。

2人がかっこよすぎて。私がかっこ悪すぎて。

私の顔も熱くなって。なんだか目も熱くなって。


声を出さないようにえぐえぐ泣きながら曲を聴いていた。

曲が終わって、藍にタオルでぐりぐりと顔を拭かれていたら、ふと蒼太にギターを握らされた。条件反射でジャリーン。

え。

タオルを外されて視線を落とすと、手の中にはアンプの繋がったギター。

パールピンクにキラキラデコのゾウさん型の私のギター。

家にあるはずのこれがなんでここにあるの。


「俺らからの誕生日プレゼント」

蒼太からパールホワイトのピックが渡される。

「僕らとのセッション」

「は?」

時間が無いから、急いでと2人がスツールをどけさせて、アコースティックギターからエレキギターに持ち替えてスタンバイに入る。


キィィィン


藍の第一音にピコンと身体が反応した。全身の毛穴が開く。

何度も何度も繰り返し演奏したこの曲。私も自然に2人の間に入って仁王立ちでスタンバイに入る。

私の様子にクスリと笑いながら続いて蒼太が音を重ねていく。

次は私だ。私が入るタイミングで曲調がガラリと変わり、リズムも早くなる。

けど、私達ならリハも何もなしにタイミングと音を合わせられる。

私達の始まりの曲、『カノンロック』。


─── ここ!


私は挙げた右腕を振り下ろし、第一音を弾いた。


嬉しい嬉しい嬉しい。夢にみた3人でのセッション。

ライトの光が私達の周りを踊る。客の気配が遠ざかり、3人の世界になる。


─── 本来の『BLUE TAILS』の形になる。


同じフレーズを繰り返す。時々形を変えて繰り返す。

何度も。何度も。

夢中になって弦を弾く間に、藍と視線がからむ。私はふっと笑った。

それに藍も微笑み返すと、妬いた蒼太がふざけて藍の背中に寄りかかる。更に私達は笑いながら視線で言葉を交わした。



(お願い、あーちゃん)


(なに? 瑠璃)


(あの時言いかけた言葉、この後聞かせてね)


(うん)


(約束だよ?)


(ああ、約束だ)




♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪



「な~瑠璃ぃ~」

「なんですか、しゃちょー」

私は東雲楽器店のカウンター内でアルトサックスをピカピカに磨いていた。カウンターの向こうの椅子に、諦めきれない桜田社長が座ってぐだぐだ駄々をこねている。うん、おっさんの駄々はかなり鬱陶しいぞ。うっとうしい、じゃなくて鬱陶しい、だ。

「俺んとこの事務所に入ってくれよぉ~」

「や~ですよ~~~」


あのコンサート会場で。カノンロックが終わると同時に蒼太から抱きつかれ、会場に「俺の妹」と紹介されて。

続いて藍から抱きつかれ、「僕の最愛の人」と紹介され、熱烈なキスをぶちかまされた。

その後の騒ぎは気絶したので分からないが、後からどうやらブラコンの兄が参戦したと周囲から聞き、精神的に大ダメージを受けそうだったので詳しく聞くのはやめておいた。


「はーい、できましたよー」

アルトサックスをケースに入れ、金具をぱちんぱちんと留めて社長に渡す。

「な~瑠璃ぃ~」

「なんですか、しゃちょー」

「ここが潰れないくらいに稼げるからさ~」

「兄ががっつり稼いでくれるからその心配はご無用です~」


『僕のギターも、僕のココロも、瑠璃のチューニングがないと駄目なんだ。お願いだから側にいて。そしてずっと僕の音を聴いていて』

そんなキラキラ輝く言葉と指輪を贈られて、えぐえぐと泣きながら私はうん、と頷いた。

「俺も俺も! 瑠璃のチューニングが無いと駄目!!」と叫ぶ愚兄は頭をナデナデしたあと放って置いた。


「な~瑠璃ぃ~」

「なんですか、しゃちょー」

「旦那と一緒のステージに立てるんだぞ~?」

「いや~。芸能界とかマスコミに騒がれるのはこりごりです~」

楽器を傷つけないように外していたダイヤが輝く指輪を左手の薬指にキュとはめて、うっとりと眺める。


『僕が不安だから』と言われて、婚約期間を置かずに籍だけすぐに入れた。

おかげで暫くマスコミが目の前にいる社長ぐらい鬱陶しかった。

式とかはまた周りが落ち着いてからごく親しい身内だけで行う予定だ。

愚兄が「俺も俺も! 俺も一緒にバージンロードをエスコートしたい!」と言ったが、父と挟まれると再び”捕らわれた宇宙人”状態になるので頭をナデナデしたあと却下した。


「な~瑠璃ぃ~」

「なんですか、しゃちょー」

「お前のオヤジ、まだ元気だろー? 任せておけばいいじゃーん」

「愛妻そっくりの愛娘を、これ以上手放したくないんだそうでーす」


そういえば『僕は兄じゃない』とすねられて、「あお兄」から「あーちゃん」に戻された。

「俺も俺も!! そーt(以下略)」と叫ぶ愚兄は(以下略)。


「な~瑠璃ぃ~」

「タンポも交換したのでごせんよんひゃくえんです、しゃちょー」


サックスのメンテナンス代を社長に請求する。

社長はため息をつきながら一万円をカルトンに載せた。


「な~瑠璃ぃ~」

「おつりのよんせんろっぴゃくえんのおつりです、しゃちょー」


番長席は今でも空いている。

もう私の居場所はそこじゃなくてもちゃんとあるのに。

『僕たちに必要だから』と空けてくれている。


社長はおつりを受け取って、しみじみと呟いた。


「なぁ、瑠璃」

「なんですか、しゃちょー」




「─── お前の青い鳥は見つかったな?」


答えが分かっている質問に私は頷いた。


「幸せは近くにありましたよ、しゃちょー」



♪ fin.

最後まで読んで頂いてありがとうございました。

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