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『BLUE TAILS』  作者: むぎ
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第2楽章

「な~瑠璃ぃ」

「なんですか、しゃちょー」

「何でこんなややこしい事になってんだよ」

「‥‥ほんと、なんででしょうねぇ」

助けに来てくれたのは、『BLUE TAILs』が所属している芸能事務所の社長、桜田さんだった。心労でヨロヨロしている私をロビーのベンチへと座らせた。

「とにかく、助けて頂いてありがとうございました」

ぺこりと頭を下げる。

「いやいや、髪型変わってるんだもんよ。気付くの遅くなってすまなかったな。それにしても久しぶりだな。たまには事務所に顔をだせよ」

スースーする襟足を撫でながら、ため息をついた。

「やですよ。行くと社長、いっつもうるさいんだもん」

「もったいねぇな」

「何度でもお断りさせて頂きますよ」

社長は私を見るとすぐに口説きにかかる。事務所へのスカウトだ。

「まぁ、諦めねぇけどな。あいつらと一緒が嫌ならソロでも構わねーぞ?」

「もう、東雲楽器店をつぶすつもりですか」

私は呆れながら首を横に振った。

「私は2人が時間を取れた時にでも一緒に音合わせ出来たらそれで満足だから」

その時、ホールの方から歓声が聞こえてきた。1曲終わったのだろう。

「社長のせいで当分まとまった時間が取れるのは無理そうだけど?」

「はは、暇なんて取れないぐらい一生働かせるつもりだけどな?」

そう言って2人で苦笑する。そのくらい社長は2人を買っているってことだ。

「ま、近いうちに息抜きの時間は取るよ。あいつらもお前と音合わせるの望んでいるしな」

「え!? ほ、ほんと!?」

「ああ。お前さえ良ければな。スタジオとかこっちで用意するからよ、俺にも聴かせろよ?」

「うん、勿論」

その場で産まれたメロディーをつなげて遊んだりとか、有名な曲を編曲して遊んだりとか、良くやっていたのにそんな時間をなかなか取ることが出来なかった。それに『結子さんの忠告』以降、彼らから離れるようになっていたから余計だ。

「前みたいに、レコーディングの時とか来ていいからな。その方があいつらも気合いはいるし」

「え、ほ、本当?」

「ああ。あいつら寂しがってるぞ」

彼らも同じように寂しく思ってくれてたなんて嬉しくて、ちょっとだけ頬が緩んでしまう。そんな私の頭を社長がキャップごとグリグリと撫でた。

「髪、切っちまったんだな。ソータ達がずっと切るな切るな言ってなかったか?」

「はぁ、まあ」

またスースーする襟足を撫でながら苦笑する。ずっとショートカットにしたことがなかったから心許ない。

「何でまた」

「うーん、鬱陶しいから?」

「なんじゃそりゃ。反抗期か」

「じゃないですよ」

「んじゃ失恋か」

「‥‥でもないですよ」

「ふうん? ま、どっちでも良いけどあいつら何も言ってなかったから短くしたの知らないんだろ? それ見たらソータが発狂しそうだな」

「あ~‥‥、ウチのアホ兄、超過保護ですからねぇ」

それ以上突っ込まれたら具合が悪いので曖昧に笑ってごまかす。

「ところで何でわざわざ社長がライブに来ているんですか? 暇なんですか?」

「あほぅ。ソータ達に頼まれたんだよ、お前が会場に来たら捕まえてちゃんと席に連れてけって」

「‥‥‥やっぱり暇なんですね?」

「だぁから違うって、急な人事異動があって人手が足りなくなったんだよ」

「‥‥へ~~~」

「おま、信じてねぇな?」

「シンジテマスヨ」

棒読みで返事をすると、ペシ、とキャップのつばを叩かれた。

「もういいから早く行ってやれ。行って人の波に溺れてこい」

「う~~~~~」

むくれながらチラリと社長を伺う。

「なんだよ」

「‥‥社長はいいんですか? 私があの席行っても」

「あん? どういう意味だ?」

「え。だって変なトラブルを起こされても困るんじゃ?」

「なんじゃそりゃ」

「私とファンとの間に揉め事とか起こされたら迷惑かけちゃうじゃないですか」

「そら揉め事はこまるがな」

「でしょ?」

「でもそんな揉め事なら心配いらねーぞ?」

「へ?」

「そんなの、あいつらがそうしたいっていうんだ、あいつらに責任とらせればいい」

「ええー? 無理無理無理。そんなことさせられないでしょお」

「いやいや。やらせてやれ、お前を構うことに喜びを感じるんだからさ。あいつらマゾなんだよ」

「うわぁ、なんかやだなぁ、それ」

「それにあいつら、ちゃんとお前のこと考えて警備を配置させてるぞ?」

「は?」

「お前専用の警備だ」

「へ?」

「聞いてないか?」

「き、聞いてないデス」

はー、と深いため息を吐かれてしまった。

「万が一トラブル発生したらすぐ対応出来るようにしてあんだよ」

し、知らなかった。動揺している私を見て、ふと社長が眉をひそめた。

「なぁ。さっきの揉め事が困る、とか、篠原から言われたのか?」

「う、うん」

「困るとかないから。マジでお前がくるとあいつら張り切っていい音出すんだよ。だから俺としても大歓迎だから。お前、馬の目の前にぶら下げたニンジンなんだよ、ニンジン」

「ええ~~~~~」

「ニンジンでいい音提供してくれるんだから、こちらは全面的にバックアップするから心配すんな。いい音のためならとことん努力する男だぞ、俺は」

その言葉には説得力があった。桜田社長の事務所は実力派揃いだから。信頼出来る社長だからあの二人も事務所に入ったんだし。

「それに、篠原には辞めてもらったから、あいつに何か言われることも今後ない」

「───え」

「契約違反を何個かしでかしてくれたからな。だから急な人事異動なんだよ」

「まじですか」

「ああ、まじだ。ソータとアオイがマジギレしたしな」

「へ」

「ソータは歌番組出ねぇ、ツアーも中止にするって言うしよ」

「うわぁ、あのバカ兄。そんなこと言ったんですか」

「ああ。それでアオの方はアオの方で、そんなこと言ったら瑠璃が悲しむ、他の事務所に移籍しようとか無表情で淡々と言い出すし、ソータはそれに頷くしで、マジで参った」

「‥‥あの、あ、アオ兄が、ですか?」

「あのアオが、だ。説得するのに大変だった」

思い出して頭が痛くなったのか、社長は手を額に当てて、ため息を吐きながら首を振っている。

それにしても比較的温厚で滅多に怒ることがないあの藍がそこまで?

「‥‥結子さん、なにしちゃったんですか」

「ヤツらの聖域に踏み込んだ」

「? マンションに?」

「───ああ」

修理や定期的な点検にはいる業者は別として、2人の住んでいるマンションは蒼太と藍、それに社長と私以外は入室禁止、という契約をはじめに結んでいる。

それほどプライベート空間を大切にしているからなんだけれど、4人以外の例外はなく、例えば二人に恋人が出来ても入ることは出来ない。───そう。例外なし、だったんだけど。

「え、でも。結子さん」

私は首を傾げた。

「───篠原が何か?」

「これからは、私が藍の部屋掃除するって‥‥私は許されてるって‥‥この前言われて。鍵も持ってたし」

「なるほど。あのスキャンダルもあったし藍と篠原が恋人だと思ったわけだ」

「え? あ、うん」

ツアーが始まる一ヶ月前、有名週刊誌にのったスキャンダル。

ホテル前とかマンション前で藍と結子さんがキスしている所とか、2人が腕を組んでいる写真が掲載された。『中で数時間過ごす』とか『熱愛』とかの記事と一緒に。

「‥‥だから藍の部屋掃除してなかったんか」

「う、うん」

「篠原が持ってた鍵、な。あれ、ソータが持ってた鍵をパクって合い鍵作ってた」

「ええ!?」

「こっそり持ち出して合い鍵作った後、またこっそり戻したらしい」

「それは‥‥‥」

「それにあのスキャンダルな、篠原が仕組んだものだ」

「───え」

「アオはキスひとつしちゃいねーよ。角度で微妙にそうみえてるだけだ」

続いた「アオは誰かさん一筋だからな」という社長の呟きは私の耳には届かなかった。




え。


それじゃ、あれは。


あれは?



驚愕の真実に無意識にスースーする襟足を撫でると。

「瑠璃? まさかとおもうが‥‥‥」

「え?」

「髪、短くなったのは何故だ」

「───っ」

他のことに気を取られていて、不意打ちの質問に強ばった表情を隠す事が出来なかった。とたんに社長の顔が苦い表情になる。

「切られたんだな?」

誰に、とは聞かなかった。でももう誤魔化しは効かない。私は頷いて答えた。

「鬱陶しいって言われたか」

「‥‥‥ん」

「‥‥‥すまんが、それはあの2人に言わないでおいてくれないか。流石にこれ以上はまずい」

「わかってます。でも」

「ああ、それもわかってる」

「はい」

そう、社長も分かっている。黙っていても、あの2人なら気付くだろうと。でも、私が何も言わなければ、黙って知らない振りをしてくれるだろうことも。

「今回の信頼回復の為に2人からペナルティが色々出されている。契約内容の改正と徹底や篠原の解雇、今日の瑠璃のエスコートもそのうちの一つだ。だけど、瑠璃。お前からもペナルティをくれ。辛い思いをしたお前にはその権利がある」

「そんなのいいですよ、なんで社長がペナルティを受けなきゃいけないんですか」

「2人を預かる事務所として、そして上司としての責任だ」

「むぅ」

「拒否権はねーぞ」

「何故に上から目線」

「スミマセン」

「ふはは」

私は ふ、とため息をひとつつく。


「───じゃぁ、ひとつだけ」


♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪



重い防音ドア開けると、光の洪水と、熱気と、人の歓声、そして音楽が溢れて私の上に振ってくる。私はスタッフ用通用口をぬけ、音に合わせて振り上げる客の腕を避けながら、腰を屈めてコソコソと移動する。


今、私はツアースタッフに扮している。

伊達眼鏡はそのままで、スタッフと同じキャップ、Tシャツ、ネームホルダー。そして自前のジーンズ。


『番長席は嫌だから、別の場所で観させて。ついでに目立たないようにスタッフの服貸して』


それが社長に出したペナルティだった。【番長席】にぶはっと笑って「そんなんでいいのか」と社長は拍子抜けしてたけど。


社長から許可を貰ったPA席に辿り着き、PAさんに会釈した後、端っこの席に膝を抱えるように座ってそっと2人を伺った。

最後にライブを見に来た時よりも凝ったステージ。そして高いテクニック。

彼らはすでにプロだ。本当に今でも3人での内輪のセッションに付き合ってくれるのかと心配になる。

目を閉じて、2人の音楽に浸る。2人の歌声が染みる。2人のギターの音が響く。


2人同時のパートから藍のパートへ。

胸が苦しくなる。

思い出さないようにしていた不思議な出来事を嫌でも思い出す。


───あれは何だったのかな。

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