2人の関係見ぃつけた
犬を飼ってると時々あるんだよね。
誰もいない路地をじっと見つめていたり、暗闇に向かって吠えたりって。ほらもう行くよってリードを引っ張るんだけどなかなか動こうとしない。と思えば、あれなんか居たのになーって首を傾げながらトコトコついてくる。俺ん家で飼ってたクロがそうだったように。
後は、お風呂で頭を洗う時に目を閉じるじゃん。小学生の頃はそれがものすごく怖くてさ、というか高校生になってもたまーに恐くなって後ろとか振り向いたりするんだけど。鏡越しに後ろを確認しないのは鏡に映って見えるのが一番怖いからだけど、なんかいるかもって思うと気になって気になって目なんか閉じれない。そんな時は、うっすら半目開けながら一気に洗い流して、行ったこともない極楽を呟く湯船にさっさと浸かる。明日の英語の和訳の宿題のことを考えている内にもうすっかり背後の気配なんか忘れてしまっているけど。
――けど、もし本当に何かが居たらどうする。
暗闇に紛れて首なし少女が手をこまねいていたり、お風呂場に世界大戦で死傷した将校達が血まみれになって日本万歳を唱えていたりしたら。
いや、実際そんなことありえねーって、テレビでネッシーやらスカイフィッシュやらを力説する学者(なのかどうかも疑わしいけど)に無関心な否定を投げかけるように、俺だって信用しなかったさ。身近な友達でそんな霊体験をしたやつなんか1人もいないし、せいぜい金縛りにあって恐かったっていう初心者の中のそのまた小粒のやつらばかりだ(まぁ、金縛りが初心者かどうかは知らないけど)。
・・・だけど、そんな体験を心待ちにしているつもりじゃなかった俺はとうとう出会ってしまったのだ。そう、現実とかけ離れた存在つまり幽霊というものに。いつものように向けたカメラに偶然と言うべきか、映っていたんだ。これマジだって。みんな、見る前にちゃんと深呼吸して、心の準備をしてから見るようにするんだぞ。
これが、そう、学校屋上で偶然映り込んだ少女の幽霊だ。
「・・・何これ。」
俺は率直な言葉を口にした。
段ボールと厚紙と輪ゴムとセロハンテープだけで玩具を作る教育テレビ番組に出演するアシスタントゴリラが一旦噛ませ犬の様な言葉で否定から入る常套句のような口調で。
「何って、雄大。そりゃないぞ。この高いクオリティについていけないなんて南海高校写真部副部長は務まらんぞ。」
「いや、高いクオリティって・・・。」
返す言葉が見つからず、俺はとりあえずしかめっ面をしてやった。
「ただ写真に文章付けただけじゃないの。」
隣に座ったている悠里が、さらに追い討ちをかける。
「ぶ、ぶぁかなことを言っちゃいけないよ。いつも新聞部に紙面をもっていかれてしまっている現状を打破しようと打ち出した、いわゆるコラム写真だよ。」
「別にコラムって言う程面白くもないしな。」
「それに、『映る』って言葉間違ってるし。この場合は『写る』だし。よくそれで写真部だって言えるわね。」
「いや、見ようによっては面白いかもしれんが、けどこれはコラムじゃなくて日記だな。」
「それに、見る前に深呼吸してっていうくだりあるけど、掲示板に貼り出されたら真っ先にこの写真見ちゃうでしょ。誰がこんな長ったらしい文章読んで深呼吸して写真なんか見るわけ。」
コントの掛け合いのように、俺と悠里で交互に意見を言ってやった。
さすがに俺は、嘆息とともにバサァとそのコラム写真なるものは投げ捨てなかったが。
糊で貼り付けられた写真が簡単にペロリと剝れる。
明らかに自分の妹を被写体にして撮っただけじゃないか。
俺は肘をついた右手に顎を乗せ、剝れた1枚を手に取る。
「なななななな、何をするっ!」
丘野の叫びが部室にこだまするが、すっかり17時を回った校舎には運動場で道具を片付ける野球部ぐらいしかおらず、特に気にする必要もない。
俺の右隣に座っている悠里は足と腕を組みふんぞり返った。
そして、ばらまかれたコラム写真をかき集める丘野。
まるで鬼編集長にボツをくらった新人編集者そのものの構図だな。
「・・・と、ところで雄大。この女性は一体誰なんだ。にゅ、入部希望者かな。」
あらかた集め終えた丘野はおそるおそるという趣きで言った。
部長ならもう少しは堂々としていて欲しいものだが。
「いや、特に入部希望者って訳じゃないんだ。ただ、ついてきたっていうか。」
「雄大の、パートナーよ。」
「パ、パートナー、だと!?そ、それって、もしかして伴侶とか何か?」
「何馬鹿なこと言ってんだ。今日この学校に転校しに来て、色々と校舎を案内してるんだよ。」
「ご飯を食べるのも、お風呂入る時も、歯を磨くときも、トイレに行く時も、寝る時も、ずっと一緒よ。だからパートナー。」
おいおいおいおい、そんなこと本気顔で言うなよ。
「ね、ねねね、寝る時も一緒って!?」
「ち、違うって。言葉のアヤだよ。それぐらい、密にコミュニケーションを取ってるってことだよ。一緒になんか寝てないし、寮はちゃんと階ごとに男女で分かれてるし。」
眼鏡以上に大きく目を見開いた丘野に俺は誠実に否定した。
突然何を言い出すかと思ったら、いちいち誤解を招くことを。
「何よ、これから本当になるんだから別にいいじゃないそれぐらい。今日だって朝、お互いの健康チェックしたでしょ。」
もう黙ってろ。
悠里の口を塞いでやりたい衝動に駆られたが、その光景を想像して俺はやめた。
「お前達は、一体・・・。」
すっかり誤解をしてしまった丘野は膝カックンをされたように力なく椅子に座り込んだ。
キツネが戦闘機の乗って宇宙の悪と戦うゲームでちょうどファーストステージをクリアした時に敵ボスが息絶え絶えに呟いた言葉のように、ボリュームが小さかった。
「1年1組、篠ノ女悠里よ。別に覚えなくてもいいから。」
自己紹介を求められたわけじゃないと思うが、気に入らないとでも言いたげな様子で悠里は律儀にも名乗った。
もちろん、ツンデレではない!
「しかも1年生!?なんで1コ下の面倒をお前が見てるんだよ。」
「いや、それが、さっき言ったが、俺のとこの寮に来たってのもあって。色々と面倒見てるわけ。」
というか、もっとこう、コラム写真を軽くあしらわれたこととか、1年のくせに態度がでかいこととか、他への怒りはないのか。
「へぇ~・・・そうかい・・・。」
おっさんみたいに相槌を打ちながら丘野は俺と悠里を交互にねめつけてきた。
一体何を考えているのやら、大体は想像つくな。
大きい体で小さく肩をすくめた丘野は、高校1年の頃に野球部やバスケ部、サッカー部、バレー部などの人気運動部から入部希望が殺到したらしい。
ぜひうちの部に、と休み時間になれば丘野の席の前に列をなして、夏前までは校内中で有名になったほどだ。確かに、中学の頃から運動神経が良かった丘野ならどの部活に入ったとしてもレギュラーは確実だと俺はひそかに思っていた。
だけど、夏休み前の実力試験期間中になっていきなり「月姫、写真やろうぜ。」って言ってきた時は、心のどこかでやっぱりなと予想が的中したように安堵したことを覚えている。
お前はどこぞのナカジマだ。
「なんだよ、さっきから。・・・いいか丘野、別に俺はロリコンじゃないぞ。」
「な、なぜ俺の考えていることが分かった!?」
だから、当たるのだ。丘野の考えていることは。
右足を引き、左手を胸の前に。いちいちオーバーリアクションなところも予想済だ。
試験の山は当たらないのに、丘野の考えていることはよく当たる。
「雄大、そろそろ行くよ。」
つまんないと小さい顔で表現し、ギィと音をたててパイプ椅子を引いた悠里が立ち上がる。
「ごめん、丘野。今日は先に帰るわ。今日は悠里の歓迎会も兼ねて、寮でお祝いだから。」
「そうかそうか、歓迎会ね。歓迎会は大事だ。精一杯歓迎してやれよ。」
したり顔で俺の背中をボンと叩く。
「そ、それじゃまた明日。」
「おう、また明日な。」
相変わらず無愛想な悠里を追い、俺は部室を出た。
「篠ノ女さん、是非うちの部にぃ!」
キラリと夕日に映えた眼鏡の丘野が、自分自身耳にタコができるくらい聞いたであろう言葉で大きく手を振ってきた。
また変なことを考えているに違いない。
「ねぇ、歓迎会『も』兼ねて、って。一体何と兼ねているつもり。」
「俺そんなこと言ったっけか。」
廊下の角を曲がる前に、悠里に代わって丘野に手を振って応えた俺は思わず素っ頓狂な声をあげた。
「言った。あんまり詮索されるような言葉は使わない方がいいわ。」
「まぁ、そんな細かいこと、別にいいじゃねぇか。」
「細かくないわ。ましてやあなたは使う言葉に対してしっかり責任をもってもらわないと。そんな軽はずみに分からない発言をされると、あなたのこと信用できなくなるから。」
人差し指を立て、ズイっと迫ってきた悠里に俺はたじろいだ。
肩まですとんと流れる黒髪は気品漂う高貴な印象を与え、眉間に寄ったしわは小さい。
ふわりと香るシャンプーの匂いは寮で使っているそれではなく、甘くおいしそうだ。
「・・・あ、ああ。すまん、気を付けるよ。」
有無を言わさない意志の強い瞳に自分が映っているのが見える程、息のかかる距離まで詰め寄った悠里に視線が外せなかった。
「本当?」
「ほ、本当に・・・。責任持つから。」
「責任だけ?鞄は持ってくれないの。」
「え、ああ。持つ持つ。なんでも持つから。」
「ふん、よろしく。」
中指で俺の胸を軽く押した悠里は、黒髪をなびかせるようにくるりと振り向き階段を降り始めた。
背筋を伸ばしていた俺は軽く息を吐き、背を丸める。
「お、おう!」
と、同時に階段下から鞄が飛んできた。
反射的にキャッチしてしまったが、あれ、なんかおかしくないか。
「何してんのよ。早く行くわよ。今日の初夜なんだから。しっかりエスコートしてよね。」
悠里の考えていることを当てるのはまだまだ時間がかかりそうだ。
運動場では野球部の清掃が既に終わっていた。




