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冬の童話祭

恋した貴女は泡になる

作者: 河井蒼空
掲載日:2013/02/08

紅茶を一口飲む。

王子、と呼ばれることにはもう慣れた。

決して呼ばれぬ名を後生大事に抱え込んで、俺は笑みを張り付ける。

食糧にも衣服にも困ったことはない。それはこの世界では特別なことだ。

明日の食糧を買うことすらできないものが多くいることを俺は知っている。

それらの特権を得るためには代償が必要だ。

そしてそれこそがこの世界の存在理由でもある。



ここはフェアリー・テイル。

お伽噺フェアリー・テイルと呼ばれる世界だ。



王族は基本的に運命が決まっている。

どれだけ遊び呆けようと、王族である限り運命の相手は決まっているのだ。

たとえば俺の友人たち。

1人は舞踏会でガラスの靴を落とした乙女と結ばれ。

1人は茨の城で眠っていた乙女と結ばれ。

1人は塔に住む乙女を連れ出そうとして失敗したが末にはその乙女と結ばれ。

1人は継母に殺された乙女にキスをして生き返らせてその乙女と結ばれ。

そんな風に冗談みたいに簡単に恋に落ちる。

まるでそれが決められた話フェアリー・テイルであるかのように。


そうでなくともこの世界は運命づけられた人生フェアリー・テイルに満ちている。

どこかの森で赤ずきんをかぶった少女が食べられお返しとばかりに狼の腹に石を詰め込んでいたり。

どこかの森で7匹の子ヤギが狼に騙され1匹だけ魔の手を逃れ兄弟を助け出したり。

どこかの森で親に捨てられた兄弟が自分たちを食べようとした魔女を退治して家に帰ったり。

どこかで人に捨てられ食べられそうになった4匹の動物が音楽隊を目指していたり。

そんな冗談のような話がどこにでも転がっている。


けれども誰もが疑問を抱かない。

どこかで聞いたことのあるような話だと無意識に忘れ、そして自分たちが繰り返す。

同じ話を何度も何度も繰り返す。




そして俺も愚かな1人。

未だ運命の人には会えずとも、運命の人に恋をした。

その結末が決して結ばれることはないと知っているのに。

それでも俺は恋をした。


「今日も綺麗な声だな」


バルコニーにてアフタヌーンティーを楽しんでいると聞こえてくる美しい歌声。

俺の部屋のバルコニーは海に面しており下に誰かが存在できるわけはないのだが、それでも下から聞こえてくるのは事実。

ならば導き出される答えは。


「人魚姫」


彼女しか、いないのだろう。

まさか不幸なお伽噺リトル・マーメイドの王子とは。

予想していなかったと言えば嘘になるだろうか。

自分だけ未だ相手が見つかっていなかったのだ、残ったお伽噺フェアリー・テイルなどそれくらいのものだろう。

それでも当たってほしくなかったし。

恋なんてものもしたくなかった。


「~♪」


それでも俺は。

この美しい歌声に恋をした。



***



自身の誕生パーティーのために出航した船は、嵐の海の中に沈んだ。

海に投げ出されたときは死を覚悟したが、目を開けた瞬間死ぬわけがなかったと自嘲した。


「貴女が俺を助けてくれたのか?」

「え……ええ、そうです。私が貴方を助けました」

「そうか。礼をしよう。城まで来てくれ」


そう言ってどうにか起き上がり城へ向かって足を進める。そうすると娘は慌てて俺の後をついてきた。

考えるまでもなく口が動くというのは気持ち悪いな、とどうでもいいことのように考えた。

城へついて娘に礼としてしばらく滞在する許可を与えれば、大げさなほど喜ぶ。

ありがとうございます、という姿はどう見たって俺を狙っていて気持ちが悪かった。

口が勝手に動いたとしても身体だけは自由になったのでこれ幸いと近寄ってくる娘を避け続けたある日、海岸で倒れている1人の乙女を見つけた。



見た瞬間にわかった。

彼女こそが人魚姫だ、と。




「大丈夫か?」


駆け寄って優しく抱え上げると顔を真っ赤にした彼女は口を開いたり閉じたりする。

何か言いたいということはわかるのだが、その言いたい内容がわからない。

どうにか意思疎通をしようと字を書いてくれと頼むが書かれた字は読めなかった。

おそらく人間と人魚では文字が違うのだろう。もしかしたら言葉すら違うのかもしれない。

まあ彼女はこちらの言っていることがわかるのだからそうではないだろうが。

そんなことを考えながら何度も試みて、彼女の意思を確認する方法はOuiウィNonノンで首を縦に振ってもらうか横に振ってもらうかしかできないとわかった。

まあこれが一番簡単な方法だろう。質問が限られるのが残念だが、仕方ない。


「俺の城に貴女を連れて行きたい。いいか?」


首を縦に振られる。Oui。


「そこで貴女に住んでほしい。いいか?」


首を縦に振られる。Oui。



そうして彼女は俺の城に住むことになり、俺は彼女のことを可愛がった。

呼び名がなければ困ると彼女に名を与えたりもした。


プティット・シレーヌ。


俺は彼女をそう呼んだ。

彼女は可愛らしかった。

かつて恋した美しい歌声は失われていたが、俺に一生懸命自分の意思を伝えようとするところが可愛らしく、俺は根気よく彼女の話に付き合った。

見るものすべてが珍しいとばかりに顔を輝かせる姿が愛らしく、俺は城に何人もの人を招き彼女の好奇心を満たした。

つまるところは結局。



俺は彼女に恋をしていたのだ。



「、」

「シレーヌ。どうした?」


駆け寄ってくるシレーヌを抱きしめて優しく問いかける。

最近は娘に捕まってシレーヌと会う時間が減っていてストレスが溜まっていたのだ。このくらいのスキンシップはいいだろう。

そう思いつつ笑みを浮かべるとシレーヌが何か差し出してくる。

受け取ったそれはブレスレット。貝殻で作られたそれは、どこか不格好だった。

それをじっと見つめているとシレーヌはブレスレットと自分を交互に指さし、何かを通す真似をする。

もしかして、と俺は口を開いた。


「これ、シレーヌが作ったのか?」


首を縦に振られる。Oui。

シレーヌは褒めてと言わんばかりに目を輝かせていて、それが可愛らしくそして面白かったので俺は思わず笑った。

きょとんとする顔すらも面白くて、ますますひどくなる。


「ふふっ。ありがとう、シレーヌ。綺麗だな。大切にする」


シレーヌは俺の言葉に嬉しそうに微笑んだ。

それを見てもっと喜ばせたくなり、さらに口を開く。


「そうだ。今日は天気がいい。バルコニーで一緒に紅茶でも飲もうか」

「!」


首を縦に振られる。何度も何度も、だ。

Oui、Oui、Oui!

彼女の声なき声が聞こえたようで、俺はまた笑った。




***




「結婚することになった」


シレーヌが城に住みだしてちょうどひと月ほどたったころ。

部屋に入って開口一番にそう言えばシレーヌは持っていたカップを落とした。

ガシャン、と大きな音がするが目もくれずにシレーヌは目を見開いて俺を見つめる。


「1週間後に船上で式を挙げる」


俺は扉に背を預けて腕を組み、淡々と事実を述べた。

結婚しようと言ったのは間違えなく俺だ。

俺の意志ではなかったけれど、事実は事実。


「式に来てくれ」


シレーヌは聞きたくないとばかりに耳を塞ぎ首を横に振った。Non。

ボロボロと流れる涙を拭う資格など俺にはない。

けれど、胸を貸すことくらいは許されるだろうか。

俺はシレーヌへ近づき抱きしめた。


「……すまない」


すまない、シレーヌ。

シレーヌは一瞬固まり、再び涙を流した。




ああ、どうして貴女は人魚姫プティット・シレーヌなんだ。

灰かぶりサンドリヨンならば。

茨姫プランセス・ド・トランシャンならば。

髪長姫レポンスならば。

白雪姫ブランシュ・ルージュならば。

貴女と結ばれる未来もあったはずなのに。


考えても栓無き事だが、考えずにはいられなかった。




***




明日の式を控え、船に乗ったものは皆早々に眠りについた。

ひっそりと静まり返った船の中、部屋へ近づいてくるものが1人。

ガチャリと扉が開き侵入者は俺へ近づいてくる。

眠っていると思っている俺に馬乗りになると、侵入者はその手にナイフを持った。

それを振りかぶり――――


「……どうした。殺さないのか」


胸の前でぴたりと止め、涙の雨を降らせた。

彼女は首を振る。悲痛な面持ちで、涙を流しながら。

綺麗だと、場違いにも思った。


「殺さなければならないんだろう?」


彼女の動きが止まる。


「人魚に、戻りたいんだろう?」


重ねて問えば彼女は涙で塗れた瞳で俺を見つめた。

どうして、とその瞳が語る。


「貴女のことは知っていた。もう何年も前から、ずっと」


彼女は俺の言葉に耳を傾ける。


「歌を、歌っていただろう。俺の部屋のバルコニーの近くで」


彼女の目が見開かれた。


「俺は貴女の歌声に恋をしたんだ」


ぽろりと、彼女の瞳からまた涙が溢れた。


「俺は貴女に恋をした」


カラン、とナイフが転がった。

彼女が顔を覆う。

肩を震わせ、泣いている。


「だから貴女が人魚に戻れるというのなら、この命すら惜しくない」


彼女がまた首を振る。

それでも俺は言葉を重ねた。


「どうか、幸せになって」


彼女はナイフを拾って部屋を出て走り出した。

俺も慌てて彼女を追う。

彼女が向かったのは甲板で、彼女は手に持ったナイフを海へ投げ捨てた。


「どうして!あれがなければ貴女は人魚に戻れないのに!」


悲鳴のような声で彼女を責めた。

あのナイフでなければいけないのだと、知っていた。

どうしてかは知らないが、あれ以外で俺を刺し殺したとしても彼女が人魚に戻ることはない。

彼女は彼女の未来を捨てたのだ。


人魚姫プティット・シレーヌ!どうしてだ!」


彼女が泣きながら声なき声で叫ぶ。

何度も何度も泣き叫ぶ。

聞こえない。

聞こえないよ、人魚姫プティット・シレーヌ






彼女は泣きながら海へと身を投げた。

驚いたのは一瞬で、すぐに俺も後を追う。

だんだんと泡になって溶けていく彼女を見つめた。

ああ、そうだ。こうすればよかったんだ。

必死に手を伸ばして彼女を抱きしめて、キスをした。

驚く彼女に微笑む。



貴女が泡となって消えてしまうのならば。

俺は海の藻屑となって消え去ろう。

他の誰かと結ばれるなら互いに消え去って。

そうして2人、誰も知らぬままにまた出会おう。

忘れていたっていい。

これだけは確信を持って言えるから。




何度だって俺は貴女に恋をする。




泡になって消えてしまった人魚姫プティット・シレーヌを見届けて、俺は暗い海の底へと沈んでいった。





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― 新着の感想 ―
[一言] 小さい頃に人魚姫を読んで、王子様と結ばれないことがショックで「泡になって消えた」という部分をペンで消してしまいました。当時の私にはとっても衝撃的な結末でした。今でも自分に子供が出来たらこのお…
[一言] 泣けました。
2013/02/15 17:46 退会済み
管理
[一言] 人魚姫はキング〇ムハーツでちょっと触れた程度しかわかりませんが、よかったです。 なんか今回は童話を別の視点で捉えたって感じですね。 しかし、やっぱり結末が……(涙) いや、この終わり方だか…
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