勇者召喚~残された人~
―姉ちゃん、俺、神様に会ったよ
ちょっと癖のある、お世辞にもきれいとは言えない、懐かしい弟の文字。
手紙はそんな暢気な書き出しで始まっていた。
私には年の離れた弟がいる。
両親は仕事中毒な共働きで、元々家を買うために共に頑張っていたはずが、家が買えた頃にはその家に帰ってくるのも稀なほど仕事にのめり込んでいた。幼い頃いたヘルパーさんは、私が家事を出来るようになる頃には高齢のためやめてしまい、家事と弟の面倒をみるようになったのは必然だったろう。
その弟がいなくなったのは半年ほど前。
前日の喧嘩が気になって、仕事を定時で切り上げて帰ったものの、その日、弟が帰って来ることはなかった。
用事があると部活を休んだらしい弟。一緒に帰った友人の誘いも断り、別れた交差点から向かった先は確かに家路に違いなく、必死で探した弟の足取りは、そこから先どう探しても見つからなかった。
届けた警察でも、事件でも事故でもない限り1日帰ってこない程度では捜査もしてもらえず、1週間、一か月と経って漸く行方不明の届け出を受け取ってもらえただけだった。
近所で起きた車の突っ込み事故に肝を冷やしはしたけど、死亡者は運転手のみ。他には特に事故もなく、大方は家出だろうとの見方だった。
前日に喧嘩さえしなければと後悔しながら半年、小さな手掛かりの一つも見つけることはできていない。
その日も、いつものように仕事帰りに学生が寄りそうな店を訪ね歩き、何の収穫もないままに私は自宅に戻った。
ソファに荷物を投げ出し、水でも飲もうかとキッチンに踵を返したその時、目の端をかすめた古びたノート。高校の校章が印刷してあるそれは、私と弟の母校の紋。
朝、出がけにそのローテーブルの上には何もなかったはずだった。だが現実にはそこにあるし、日に焼け、随分と古びたそれは、ページの端が数枚めくれ、所々に何やら茶色い染みまであった。
留守中に侵入者のあった証であるはずのそれを、不安と僅かな期待をもって取り上げる。
パラりとめっくたノートの最初のページ、そこには懐かしい弟の文字で、思いもかけない始まりの言葉が書き連ねてあった。
―姉ちゃん、俺、神様に会ったよ
普段であれば一笑に付すだけのその文字列を、私はすがるようにして読み進めていった。
―あの日、こっちに来た瞬間を、正直、俺は覚えてない。
気が付いたら目の前に神様がいて、俺が死んだって言うんだ。冗談かと思ったよ。だって俺、ケガもしてなかったし、学生服を着てたし、カバンとスポーツバック持って、学校帰りのそのままの格好だったんだぜ?
それで死んだって言われたって信じられるわけないよな?
だからそのまま信じらんないって言って、家に帰せって言ったんだけどさ、ダメなんだってさ。ケガをしてないのは俺に頼みがあるからだって。本来は車にひかれてぐちゃぐちゃだったはずだったんだって。神様のくせにデリカシーないよな?もっとオブラードに包めよ。
まぁ、文句は言ってみたけど俺に決定権はないしさ、結局最終的にはあいつの頼みごとを聞くことになったんだ。
何だったと思う?
まぁ、こんなん書いてる時点でお察しだよな。
異世界に行って、魔王を倒してくれってさ。ラノベかよ!
俺、サッカー部だぜ?剣道部か、せめて格闘技やってるやつにしてほしかったね。
ムリじゃね?
精々人よりちょっと足が速い程度の俺に、どうしろっていうんだよ。
とりあえずごねにごねて、色々チートをもらったよ。
だって魔王だよ?魔王!本気で倒せっていうなら、誠意と本気を見せてほしいよな。
剣と魔法の世界だって。
最初、お前は勇者だから、魔王に傷が入れられるから倒せるっていうんだぜ?バカ言うなって!ちくちくやって倒せるのは、精々一寸法師だけだろうよ。
まずは全属性の魔法をもらったね。あとは成長率数倍とか色々。ラノベも読んどくもんだよ?思い出しながら役立ちそうなもの一通り言ってみて、もらえるもんは全部もらった。
中にはグレードダウンされたもんもあったけど、おおむね何とかなったよ。
あいつ、魔王を倒せたら1つ望みを叶えてくれるっていうんだ。
だからとりあえず頑張ってみる。
向こうに行きさえすれば、次に死ぬまでは生きられるっていうしさ。部活よりしんどそうだけど、まだ死にたくないしな。
パラりパラりとめくると、そこからは異世界での日々が日記のように綴られていっていた。到着した先のこと。訓練のこと。仲良くなっていく人のこと。時には教官への罵詈雑言がページを埋め尽くすこともあり、やがて文句が少なくなった頃、討伐への旅程が始まったようだった。旅の始めは珍し気に長々と書いてあった日々の出来事は、国境を超えたころにはだんだんと短くなっていき、魔物との戦いが魔族に変わった頃、日付が飛び飛びになっていった。やがて、魔王城に着いた頃には5年の歳月が過ぎていたようだった。
数枚にわたり、ぐしゃりと破り取られたページの後に書かれた文字は、荒々しくも乱れ、書きなぐるように綴られていた。
―姉ちゃん、とうとう魔王城だ。
数行塗りつぶされた後に続けられた文字は先ほどよりも落ち着きを取り戻し、若干の震えと共に、所々が滲んでいた。
―なぁ、姉ちゃん、あの日なんで俺、姉ちゃんの作ってくれた弁当持ってかなかったんだろ。なんで行ってきますも言わずに家を出たんだろうな…
最近思い出す姉ちゃんの顔が、いつも悲しそうなんだ。
あの日、ちゃんと謝ろうと思ってたんだ。本当だよ。早く帰って謝らなきゃって思ってた。でも結局帰れなくて…
ごめん、姉ちゃん。ごめん…
あの日あんなことで声を荒げる気はなかったんだ。
気まずくて次の日弁当も持たずに家を出て、声もかけずに…
朝練なんて嘘だった。
本当に、ごめんなさい。
あいつが魔王に勝ったら一つ願いを叶えてくれるって。
だからきっと俺が帰ってくるのを待ってる姉ちゃんに、俺の行き先を教えてもらおうと思ってた。だからずっと日記代わりにこれを書いてたはずだったんだけど…
だけど5年経っても俺は子供で、ずっと姉ちゃんに会いたいままだ。
手紙は招待状に変更することにする。
あいつが言うには届けることはできるけど、いつの姉ちゃんに届くかわかんないって。
俺がいなくなった次の日だか、1年後だか、10年後だかわからないらしい。
だからもしも、もしも届いた時に、姉ちゃんがこっちに来てもいいって思ったら、できたらこっちに来てくれると嬉しい。
こっちで一人になって、ずっと姉ちゃんに守られてたんだなって知ったよ。
俺が小さいときなんて、姉ちゃんだって子供だったのにな。親はいつもいなかったけど、寂しいなんて思わなかったってことは、そういうことなんだよな
ありがとう、姉ちゃん
来れないなら、そっちで幸せなんだと思うことにする。
とりあえずは、これを届けるためにもうひと頑張りするよ。
じゃあ姉ちゃん、行ってきます―
fin
家族召喚?




