第五話 迷宮都市連盟
六日後。
街が見えてきたのは昼過ぎだった。
丘の上から見下ろすと、城壁がなかった。王国の都は高い石壁で囲まれていたが、ここは違う。街がそのまま地平線まで広がっていた。建物が密集して、路地が網の目のように走っている。遠くに塔が何本か見える。
「城壁がない」
「この都市に攻め込む奴なんていないからな。魔物は迷宮、奈落から来る。そしてこの都市自体が迷宮だ」
もしこの都市が滅んだとしたら、魔物が溢れ出して世界は滅亡する。
「なるほど。迷宮都市っていうのはそういうことか」
近づくにつれて音が増えた。怒鳴り声、笑い声、金属音、馬の鳴き声。全部が混ざって、街全体が鳴っているみたいだった。
未だに匂いは、わからなかった。
街の入り口に大きな石板が立っていた。
『強者だけが残る。弱者は去れ。』
「いい街だ」
「気に入るかと思ったよ」
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街の中は王国の都より密度が高かった。
道が狭い。人が多い。装備した冒険者が昼間から歩いている。酒場から笑い声が漏れている。依頼書らしき紙が壁に貼り付けられている。
ヴァルクは慣れた足取りで路地を進んだ。双葉はその後ろをついていった。
「ギルドに行くか。身分登録しないと何もできない」
「王国の登録とかは残ってないの? 魔力測定とかやらされたけど」
「除籍されてるだろ。ここで一からやり直しだ」
「そうか」
ギルドの建物は街の中心にあった。
入ると空気が変わった。酒と鉄と、何か焦げたような——双葉の鼻にはもう届かないが、周囲の人間の表情でそれが濃い場所だとわかった。
受付に列ができていた。
「俺は別の用がある。登録だけ済ませてこい。終わったらこの店で待て」
紙切れを渡された。店の名前らしき文字が書いてある。
「一人で?」
「何か問題あるか」
「ない」
ヴァルクは人混みの中に消えた。
双葉は列の最後尾に並んだ。
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登録はすぐ終わった。
仮登録。魔力値、無いに等しい。属性なし。Dランク仮免。
受付の女性は特に何も言わなかった。王国の時のような反応もなかった。ここでは珍しくないのかもしれない。
ギルドを出た。
ヴァルクに指定された店を探して、路地を歩いた。
細い道だった。人通りが少ない。建物の影が落ちて、昼なのに薄暗い。
その時だった。
路地の角から、三人が出てきた。
装備は剣、斧、革鎧。全員がこちらを見ていた。
双葉は止まった。
三人。自分は一人。武器がない。
「この路地、通行料がいる。知らなかったか?」
「知らなかった」
「じゃあ今知った。財布を置いていけ」
「財布がない」
「は?」
「本当にない。城から着の身着のままで追い出されたんで」
男たちが顔を見合わせた。
「……じゃあ服でいい。その上着、高そうだ」
双葉は自分の服を見た。確かに城で支給された上等な布地だった。
「それは困る」
「困っても俺らには関係ない」
三人が距離を詰めてきた。
双葉は路地の地面を見た。
土ではなかった。石畳だった。
——魔法で対抗しようと考えたが、魔法陣を描く木の棒がない。
男が手を伸ばしてきた瞬間。
咄嗟に親指の皮膚を噛みちぎった。
「一つ聞いていいか」
「何だよ」
「火が怖いか」
「……何言ってんだ」
双葉は壁に指を走らせた。
石の表面に、線が刻まれていく。見えるか見えないかの細く赤黒い線。中心から外へ。外から中へ。
燃焼の認識。熱の移動。酸素との反応。
一度やったことは体が覚えていた。
「おい、何してる」
「ちょっと待って」
男が剣を抜いた。
双葉は手のひらを壁に押し当てた。
流れる。体の内側から。細い流れ。
壁の魔法陣から火が噴いた。
小さくなかった。
石畳を舐めるように炎が広がった。男たちの足元まで数十センチ。
男たちが飛び退いた。
「な——っ」
双葉は壁から手を離した。
炎はすぐに消えた。燃料がなかった。石は燃えない。
ただ、見せるには十分だった。
男たちは三人とも、後ずさっていた。
「財布はないけど、魔法は使える。続けるか?」
おどおどして、三人は視界から消えた。
双葉は壁にもたれた。
一度覚えた火は、もう自分のものだった。
路地を歩き出した。ヴァルクの待つ店を探しながら。
空が青かった。
それは、まだわかった。
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