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第四話 焚き火

歩いている間に話すこともないし、双葉はヴァルクについて聞いた。


どうやらヴァルクは元々迷宮都市連盟の孤児で、人殺しなどを専門に活動している"殺し屋"らしい。王国には少し用があり立ち寄り、その帰りに王国の荷車が走っていたから襲ったのだとか。


王国に恨みでもあるのか。


それでも単独で兵士が御者台にいる馬車を襲うという発想になるのが驚きだった。なんの利益も生まない。ただの八つ当たりのような。


ヴァルクが足を止める。


「今夜はここで野営だ」


「了解」


迷宮都市連盟には徒歩で十日以上。馬車だと大体六日で到着するらしい。


ヴァルクは手慣れた動作で森から薪を選んで組んだ。太い枝を土台に、細い枝を上に。形が整っている。何度もやってきた動作だとわかった。


双葉はその横に座って、膝を抱えた。


空が暗くなっていた。木々の間から星が見える。知っている星座とは違う並びだった。


ヴァルクが懐から小さな紙を取り出した。


「それ何」


「スクロールだ。魔法陣が印刷してある。魔力を流し込むだけで魔法が使える」


「魔法が使えない人でも?」


「ああ。これは生活魔法用の安いやつだ」


ヴァルクはスクロールを薪に向けた。指先から薄い光が紙に走る。


次の瞬間、薪の香ばしい匂いがあたり一面に広がった。


小さな炎が揺れた。


「他のスクロール見せて」


「勝手に使うなよ。こんなちっぽけな魔法でも高いんだから」


手渡された紙には、細かい線の集合体が描かれていた。幾何学的な図形。中心に向かって収束するような構造。


双葉はそれをしばらく見た。


線の意味がわかった気がした。正確には、わかった。なぜかはわからないが、この図形が何を意味しているか、頭に直接入ってきた。


燃焼の認識。熱の移動。酸素との反応。


「紙じゃなくても、同じ図形を書けば発動する?」


「理屈上はそうだ。ただ魔力がないと意味がない」


「俺、魔力あるらしいんだよね。無いに等しいって言われたけど」


ヴァルクが少し双葉を見た。


「……やめておけ。詠唱なしで魔法陣を自作するのは熟練の魔法使いでもやらない。制御できなければ暴発する」


「そうなんだ」


地面を見た。


土が湿っている。木の棒を拾った。


「聞いてたか?」


「聞いてた」


スクロールの図形を思い出しながら、土の上に線を引いた。中心から外へ。外から中へ。燃焼の認識を頭の中で固めながら。火は燃料があって燃える。熱が移動する。酸素が必要だ。


線を引き終えた。


双葉は地面の魔法陣を見た。


ヴァルクは黙っていた。


双葉は手のひらを魔法陣に当てた。


魔力をイメージし、流し込んだ。


何かが流れる感覚があった。体の内側から、手の先へ向かう感覚。細い、頼りない流れだった。


その瞬間。


何かが、消えた。


音がしなかった。痛みもなかった。ただ、静かに。


何かが欠けた。


双葉は少し、止まった。


何が消えたか、すぐにはわからなかった。周りを見る。木がある。空がある。ヴァルクがいる。


——匂いがない。


焚き火の煙の匂い。森の湿った土の匂い。さっきまであったはずのそれが、完全に消えていた。


地面の魔法陣から、小さな炎が上がった。


スクロールのものより小さかった。不安定で、すぐに消えそうだった。でも確かに、火だった。


ヴァルクは何も言わなかった。


双葉はその炎を見た。


嬉しいとか、驚いたとか、そういう感情は出てこなかった。


ただ、わかった。


これがスキル"愚者"の使い方だ。


そしてスキル"愚者"は——能力を一つ使えるようになる代償として、体の感覚をランダムに一つ失う。


まさに体で理解した。


「……火、ついた」


「ついたな」


間があった。


「匂いが、消えた」


ヴァルクは何かを理解しているような、していないような顔をした。


双葉はそれ以上何も言わなかった。


焚き火が揺れていた。


双葉には、その煙の匂いがもう、わからなかった。

わかりにくかったらすいません。

コメントしていただいたらなるべく直します。

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