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波奈子と涼子

始まり

作者: 39-Rock
掲載日:2025/12/11

「汚ったねぇ~なぁ・・・。」


コーヒーを飲み終わった波奈子は

コンビニの周りに散らばった

ゴミ、空き缶、飲みかけなどを回収し

ゴミ箱に入れた。


真っ新なワイシャツにシミを作ってしまったが

「まあ、ボタンを留めれば問題なし!」


石渡 波奈子 22歳。

東京の商社に入社し今日が初出勤。


「ここか。」


すぐ前のビルに向かって

「よし!」

と両手で自らの頬をパンパン!

勢いよくエントランスに突入した。


「おはようございます!」

「本日初出勤の新人、石渡です!」


事務所内で業務をしていた4人の高齢男性が

一斉に顔を上げ、一人が近づいた。


「申請は9時からですよ。」


「あ、いや、申請じゃなく入社したんです!」


一人の男性が天井を指差した。


「もしかして、石田商事さん?」


「はい!」


「それ、もう一階上だよ。」


やらかした。


「ご迷惑をおかけしました!

        失礼します!」


深々と頭を下げ出て行こうとしたとき


「頑張ってな、嬢ちゃん。」


と声をかけられた。


「はい!頑張りまくります!」


腕まくりと力こぶのしぐさを見せ


「では!」


みな大きく笑った。

普段、笑いなどほぼ無いであろうこの空間に

明るく爽やかな風を波奈子は置いていった。




「ああ、ここか。」


一人の優しそうな男性が近づいて


「はじめまして。山形です。」

「一応、君の直属上司になるのでよろしくね。」


「はい!よろしくお願いいたします!」


「元気いいね。気持ちいいよ。」


「はい!今現在、

  それしかアピールポイントがありません!」


山形は笑って波奈子を席に案内した。


「じゃあ、山本主任に聞いて覚えてね。」


能面みたいな顔に、ポマードで固めた髪。

レンズより面積がありそうな黒縁メガネ。


「山本です。何でも聞いてください。」

「但し、同じことを2回聞かないようにね。」



「手強いな。」

と思いつつも、仕事が出来そう。

直感でそう思った。

ならばと波奈子の質問攻めが始まった。

3時間は有に超え、昼休みに入っている。

さすがの山本も


「君、社長にでもなるつもりか?」


「バレました?」


無表情の山本も思わず笑った。


山形はそれをデスクから見て


「はは。作戦成功だな。」



スパルタ山本式。

山形お墨付きの仕事師のレクチャーで

波奈子はぐんぐんスキルを伸ばしていった。


「こんなに教え甲斐のあるヤツは久しぶりだ。」


山本も燃え滾っている。



1年が過ぎ波奈子のブッチギリは異次元だった。


「まもなく、教える事が無くなりますが・・」


山形は山本に


「あれはじきにお前の上司になるぞw」


そう言って嬉しそうに波奈子を見ていた。



7年で最年少課長に昇進した。

無事、山本は部下となった。


むろん、すべてが順風ではなかった。

妬む輩が足を引っ張る。

だが、そんな危機も

山形と山本のフォローで乗り切ってきた。

その事を常に心で感謝している。

口ではあまり言わない。

その恩には仕事で返す。

波奈子は、両上司の危機を3回救った。

それが波奈子流。


課長になって8年が過ぎた。

とにかく全力で突っ走った。

そんなある日、一人の女子社員が

移動で波奈子の配下に入った。



南 涼子 32歳。

なんとも色白で清楚な佇まい。

「公家か?」

と波奈子が思ったほどだ。

年下とは思えないほどの落ち着き

部下ではあったが

ガサツな自分とは天地の差。


「初めまして。南です。」


弱々しく消えそうな声だが

「コイツ、絶対仕事師だ。」

波奈子の直感だった。


涼子は、いつ仕事をしているのか?

と思うくらい物静かなのに

書類の山もすぐに仕上げてしまう。


違う方向で二人は尊敬し合った。。


涼子は波奈子を追い

波奈子は涼子から自分にないものを得た。


そうして涼子を通して見えた自分の闇。

正しいと思い込んでいるもの。

波奈子は今の価値観に疑問を持ち始めていた。


「私の生き方は正しいのか」


涼子の生きざまは

波奈子の持つ

価値観への先入観を崩し始めていた。


仕事に行き詰まっていた時、山本が


「旅はいいよ。2週間くらい休んでは?」


山本はバックパッカー。

自分も経験した同じ迷路に入っている波奈子。

なんとか力になりたいと特効薬を勧めた。


そんな旅で訪れた高知県。

山本のスマホの画像で見たその別世界。

それをを元に辿り着いた。


「室戸」


実際に見る雄大な風景は心を揺さぶった。

太平洋。

大きな力に包まれる心地よさ。

すべてを委ねる解放感。

小さすぎる自分の存在。

そして、その力が一切通用しない

戦わない価値観。


新宿。

小さな衝突を回避し

降り注ぐ情報を振り払い

立ち止まれば脱落する

戦い続けなければならない価値観。


その対比を見せつけられ

一気に来る心の変革に波奈子は


「私は何か間違っている。」


走りすぎた時間を巻き戻そう。

つり橋のワイヤーが切れたように

道は見えなくなった。


その心の乖離は日増しに大きくなり

苦悩し、選択を自分に課した。


オフィスに戻った波奈子を見て山本は

「心境の変化が急すぎる。」

そう思って少し後悔していた。


「彼女には効き過ぎた・・。」

あの怒涛の吸収力の弊害は

他人が5年かかる変化を

1週間で起こしてしまう。

そういうことだった。


波奈子は

もう戻れない壁を越えてしまった。


「自分の生きる場所は

       ここじゃない。」


辞表を握って出勤した彼女に

もう新宿の景色は見えていなかった。



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