聖女は黙って脱法ヒール!
緑色の光に包まれ、壊死しかけていた脚がみるみる回復していきました。苦悶に歪んでいた顔も穏やかになり、現在患者は安らかな寝息を立てています。
「き、奇跡だ……」
「ありがとうございます。せめてお名前を」
ここはスラム。
王家と教会の威光から最も縁遠い場所です。
「お礼を言われる事はしていませんし、名乗るほどの者でもございません!なのでどうぞお気になさらず!」
完治したのを確認すると、感謝を伝えてくる住民の方を尻目に私はダッシュでその場を後にします。だってこれ、バレるとけっこうヤバい行為なんですよ。
おっと、申し遅れました。
私、モナリーと申します。孤児院で育ったんですが、十歳の時に『聖力』に目覚めて教会に引き取られました。以後、治癒と解呪を司る修道女になるべく厳しい修行をしてきた女です。
僭越ながら去年、十六歳になった頃に修道女の最高位である『聖女』の称号を頂きました。ちなみにこれは最年少記録とのこと。めちゃくちゃ修行頑張った甲斐があるなぁと思います。
そんな私が現在何をしているかというと……深夜にこっそり教会を抜け出して顔を隠し、怪我人や病人を見つけては辻打ちのように勝手に治しちゃう『辻ヒーラー』をやっています。
本来ですと聖女の力は教会の管理の下、お布施を行なった敬虔な信徒にだけ使う決まり。なので、今私が行っているのはバリバリの越権行為です。
という訳で正体がバレないように人気のないところまで走り、壁を背にしてへたり込み、ハアハアと荒い息を整えます。
「全く……こんなことしてたらいつか本当に捕まってしまいますよね。」
思わずそう独り言を呟いてしまう。
でも、やめられないし止まれません。
なんでこんな事をやってるのかって?
いい質問ですね。
答えは単純。
私って普段、力をめちゃくちゃ持て余しているんですよ。
20年ほど前、この国では決闘を禁止する法律が施行されました。野蛮だし危ないという、至極真っ当な理由からです。
しかし、隠れてこっそりと決闘してしまう武芸者さんや武道家さんも多いとのこと。残念ながら、私はそんな困った皆様の気持ちがとてもよくわかります。
ええ、つまりはそういう事です。
私の様な『聖女』にもなると、治療を受けるのに必要なお布施の金額がすごい事になるんです。それこそお貴族様くらいしか払えない大金。
でも、そういう人達って、衛生管理がしっかりしていて危険とは縁遠い仕事をしていて母数も少ないから、最近は私の出番って滅多にありません。
想像してみて下さい。
例えばあなたがスポーツを一生懸命頑張り実力を身につけて、でもずっと試合に出られない状況がつづいたとしたら……
実戦で試したくなりませんか?私はなりました。
せっかく身につけた聖女パワーですもの。
その数日後、同僚があの大ニュースはもう聞いたかと話しかけてきました。
「たぶんきいてません、一体どうしたんですか」
「アルバート様が『天罰』を受けたんですって。それでさ、王宮からも追放されちゃったらしいわよ」
『天罰』とは神の不評をかったものが罹患するとされている重病です。私は患者をみた事がありませんが高熱が出る上に手足や顔面が醜く腫れ上がり、しかも死ぬまで治らないそうな。
また、神罰であるため聖女の力でも治癒できないとされています。
「うーん、それは残念ですね。」
とても残念です。彼の政策が進めば、辻ヒーラーなんて違法行為に手を染めずとも存分に自分の力を振るえる様になりましたのに。
アルバート様は民から絶大な支持を受け、私達のような修道女からの治癒を受けるのに必要な教会への寄付金を減らす様に取り組んでいた、この国の第一王子様でした。
「いい人だと思っていたのですが、何故『天罰』など受けてしまったのでしょうか」
「やっぱりさ、大司教さまがいつも言ってるみたいに安い寄付金で『聖力』の治療を受けるのって、神様的には敬虔さがたりないって判定になるのかしらね」
同僚の言葉に、神様ってケチだな、なんて不敬な事を考えてしまいます。
というか、王子がアウトで私がセーフな意味がわからないです。神様、その辺は一体どうなっているのでしょうか?
「誤診……ではないんですよね?あと、何とか治せないものでしょうか。」
「うーん、『天罰』かどうかって大司教様が直々に判定してるしねぇ。それに、神様の怒りなら聖女の力でも治すのは無理なんじゃないかしら」
◇◇◇
『天罰』の恐ろしさは強い症状にとどまらない。
見た目も醜くなり、周囲から忌み嫌われ、適切なサポートを受けられなくなるため、受けたものは大体が数日で失意のうちに死に至るのだ。
スラムにて、一人の男がうずくまっていた。
彼の名前はアルバート、少し前までこの国の王子だったが、『天罰』をうけたため王城からスラムへと追放された男である。
現在、美貌の王子と有名だった顔は醜く腫れあがり武勇にも優れ筋骨隆々だった身体も衰弱していた……が、この国の誰もが恐れる『神罰』を受けてから十日がたつというのに彼はまだ生きていた。
なぜか
「ほら、兄ちゃん水だよ」
「……あ、りがとう、ございます」
それは、スラムの住民達が彼の世話をしていたからに他ならない。
当初、「何故」と訝しんだアルバートに対して、スラムの住民達は「自分達も昔、見ず知らずの女性に救ってもらったからだ」と答えた。
「彼女は定期的にやってきては、不思議な術を使って重病人を片っ端から治療してくれるんだ。だから、彼女が来るまで頑張りな。」
正直、眉唾の話だ。しかし、もはや野垂れ死ぬのみと思っていたアルバートはその眉唾にかける事にした。
なにせ、可能性こそ薄いがこの『天罰』さえ克服できれば、また弱き民のために国を変えていくチャンスがあるのだから。
「おい、きたぜ!」
「重病人はこちらです、『辻ヒーラー』様」
「わかりました。では、皆さんは離れていて下さい。」
熱で霞む視界の中で彼が見たのは、ゆったりしたローブを着てフードを深く被った女性の姿だった。手先と口元しか見えないが、声の感じからするとかなり若いようだ。
「ああ……これはひどい。うふふ、久しぶりの超大物……腕がなりますね。」
彼女は何か小声で呟いた様だが、熱で朦朧としたアルバートには聞こえなかった。
「では、早速治療します」
言うや否や、彼女の両手に緑色の光が灯る。
アルバートはこの光を見た事があった、修道女の使う聖力だ。そして、それは彼の期待する力ではなかった。
何故気づかなかったのだろう。
スラム住民達のいう『不思議な術』とは『聖力』のことだったのだ。しかしそれも無理もない、貧しい彼らは教会に寄付が出来ず、ゆえに正当な場で『聖力』による治療を受けた事がなかったのだから。
きっとフード少女の正体は修道女。
自分と同じく、貧しい人達を見捨てる事が出来ず、こうしてこっそりとスラムの人達を助けていたのだろう。
しかし、『天罰』をうけた自分を治そうとしようものなら、そんな素晴らしい彼女もまた、神の怒りである『天罰』を受けるかもしれない。それは絶対に阻止しなければと、アルバートは口を開いた。
「治療は……結構です。今の僕の症状、は『天罰』によるもの。聖力では、効果が、ない」
そうやって、何とか絞り出した言葉に対して眼前の女性はというと
「え、なにいってるんですか。これは『呪い』ですよ。それもめちゃくちゃ強力で、使用者の性格が捻じ曲がっているようなタチの悪いやつ。」
そう宣った。
では大司教の言葉は何だったのだ、もしかしてあれは嘘だったのか、と目を白黒させるアルバート。
「でも大丈夫。私なら、たぶん解呪できます」
言いながら、むん、と力を込めるローブの少女。両手の光が強くなる。アルバートは身体が一気に楽になっていくのを感じた。
「むむむ?奥の方に呪いの本体がいますね……珍しい、意思を持ったタイプ?うーん、なかなか出てこないですね。えい、ほりゃ、あとちょっと!」
聖力の本流によるものか、ごうごうと風が舞い少女が深く被ったフードを外した。
「あー!逃げちゃった……これたぶん、雇い主に帰っていきますね。『解呪』のつもりだったのに、結果的に『呪い返し』になっちゃいました……」
残念そうに口を尖らせる少女は気づいていないようだが、そこで現になった顔は……過日式典でみた最年少の聖女と瓜二つであった。
「君は……聖女のモナリー、だよね」
「ぴゃい!?」
「私の顔に見覚えは……どうやらあるようだね」
激しく目を泳がせるモナリーを尻目に、アルバートの脳内では今回の事件の真相とこれからなすべき事が高速で浮かんでいた。
だから幸いな事に、「アアアア、アルバート様ぁ!?いや違うんですこれは……」と冷や汗ダラダラで醜態を晒すモナリーに意識が向いてはいなかった。
◇◇◇
辻ヒールした相手がアルバート様だった件。
いやー、あの時は焦りましたね。呪いで顔が腫れ上がっていたので全然気づきませんでした。それで、私の正体がバレた時はこれが年貢の納めどきですねと厳罰を覚悟したのですが……
「アルバート王子、万歳!」
「聖女様、万歳!」
その数週間後、私は多くの国民の前でやんややんやされています。どうしてこうなった。
いえね、一応理由はきいたんですよ。
『天罰』は権威を高め私腹を肥やしたい教会上層部の自作自演だった事をアルバート王子と共に突き止め、聖力の恩恵を全国民が受けられる様にした偉業からなんですって。
でも私、アルバート様の呪いの解呪以外は特に何もしてないと思うんですよ。
正直、事の顛末もよくわかってない部分があります。だって私、孤児院生まれの教会育ちですもの、政治的なアレコレなんて未知の領域です。
「本当にありがとうモナリー、全て君のおかげだ」
言いながら熱っぽく見つめてくるアルバート様……
「いえ、全て貴方のお手柄だと思うんですが」
今度は、またまたー謙遜しちゃってーってお顔。
過大評価されてなんかむず痒い気分。
「あの、アルバート様。何度も言いますが私ってそんな立派な人物じゃないですよ」
「そうかな?でも、今の君の望みって怪我や病に苦しむ人達を、片っ端から治してあげる事なんだろう。」
うーん、確かに正解なんですがなんかちょっと齟齬がありそうな……なんというかこの方、私の事を凄い高潔な人物だって勘違いしてそうな感じがビンビンしています。
一体、なんでなんでしょうね?
私は黙って脱法ヒールしていただけなのに。
まあ、懲罰も受けずに済んだし一般人も気兼ねなく治療できる様になりましたし、よくわからないけど結果オーライということで。




