3-4:モフモフの相棒と初めての「ご馳走」
コハクが元気になってから、わたくしの森での生活は文字通り一変した。
それまでは、ただ「生き延びる」ことだけが目的だったわたくしの日常に、「暮らし」と呼べるだけの彩りと、何より温かさが生まれたのだ。
朝、わたくしが洞窟の中で目を覚ますと、隣で眠っていたはずのコハクの姿がない。
(あら?)
わたくしが寝ぼけ眼で身を起こし、まだ赤く燃える熾火に薪をくべようとすると、洞窟の入り口から「キュイ!」と元気な声がした。
振り向けば、コハクがそこにいた。
そのクリーム色の毛並みは、清浄な小川で水浴びでもしてきたのかしっとりと濡れ、瘴気の森の薄暗い光を浴びてキラキラと輝いている。
そして、その口には、彼自身の体ほどもあるのではないかと思われる、銀色に輝く大きな魚が咥えられていた。
「コハク! あなた、もしかして……」
「キュ!」
コハクは、わたくしが驚いているのを見て、これ以上ないほど誇らしげに胸を張り(魚を咥えたままなので少し滑稽だったが)、わたくしの足元にその獲物を「どん」と置いてみせた。
魚は、まだピチピチと跳ねている。
「まあ……! あなた、お魚を捕るのが本当に上手なのね!」
わたくしがそのモフモフの頭を力いっぱい撫でてやると、コハクは嬉しそうに目を細め、わたくしの膝に額の宝石をすりつけてくる。
わたくしは、その魚の大きさと重みに改めて驚いた。
(すごいわ……わたくしが罠で捕まえようとしていた、あの小さな動物たちとは比べ物にならない)
わたくしは、三週間ずっと渇望していたものを前に、ゴクリと喉が鳴るのを感じた。
(動物性のタンパク質……そして、塩気……!)
焼いたイモとクルミだけの生活は、わたくしの体力を確実に削っていた。体が、本能的に脂と塩分を求めていたのだ。
「コハク、ありがとう。すごいご馳走だわ」
わたくしはすぐに園芸用ナイフを取り出し、小川でその魚の鱗を落とし、内臓を取り出した。王宮の厨房で見た料理人たちの手つきを思い出しながら、見よう見まねで魚を捌いていく。
清浄な水で血を洗い流し、焚き火で使うために拾い集めていた樫の木の枝を削って串を作る。
その身にナイフで軽く切れ目を入れ、焚き火にかざした。
すぐに、じゅうじゅうと天国のような音が響き始めた。
魚の皮が炎でパリパリと焼け、そこから透明な脂が滴り落ち、焚き火の灰に落ちてジュッと音を立てる。
香ばしい匂いが、わたくしの小さな聖域に立ち込めた。
それは、わたくしがこの森に来てから嗅いだどの匂いよりも食欲をそそる、「ご馳走」の匂いだった。
わたくしは焼き上がった魚の串を、火傷しそうになるのも構わずに手に取った。
(……熱い)
だが、それ以上に早く食べたいという欲求が勝っていた。
わたくしは、その白身に思い切りかぶりついた。
(……美味しい)
その一言しか浮かばなかった。
熱い、ふわふわとした白身。パリパリに焼けた香ばしい皮。
そして何より、三週間ぶりにわたくしの舌に触れた、魚が持つ天然のほのかな「塩気」。
わたくしはそのあまりの美味しさに、涙が出そうになるのを必死でこらえた。
王宮で食べたどんな高級なソースがかかった料理よりも、今この瞬間に食べている、ただ焼いただけの魚が、世界で一番美味しい食べ物だと確信した。
(これが、生きている味……)
焼いたイモとクルミだけでは決定的に不足していた栄養素が、わたくしの体の隅々まで、まるで砂漠に水が染み込むように急速に染み渡っていく。
力が、体の内側から湧き上がってくるのが分かった。
「キュ?」
わたくしが夢中になって魚を食べていると、足元でコハクが不思議そうにわたくしを見上げていた。
「ああ、ごめんなさい、コハク。あなたも食べる?」
わたくしは、魚の白身の骨のない部分を小さくちぎり、冷ましてからコハクの前に差し出した。
コハクは、くんくんと匂いを嗅いだ後、ぱくりとそれを食べた。
「キュイ!」
どうやら、お気に召したらしい。
わたくしたちは、その朝、焚き火を囲み、まるで家族のように初めての「ご馳走」を分け合った。
コハクは、わたくしが「魚が美味しい」と心から喜ぶ姿を見て満足したのか、それから毎日、わたくしが食べきれないほどの魚を捕ってくるようになった。
時には、小川に住む大きな手長エビのような甲殻類まで捕まえてくることもあった。
わたくしの食料事情は、この最強のモフモフの相棒のおかげで、劇的に、そして完全に安定した。
(もう、飢える心配はないわ)
わたくしのサバイバル生活は、コハクという「食料調達の担い手」を得たことで、ただ生き延びる段階から、この地で本格的に「暮らす」という新しい段階へと、一気に安定軌道に乗ったのだった。




