第8話 孤独に差し込む声
前回のあらすじ
親しげに女子と話す千尋。その姿を見て、樹はモヤモヤが募る。
樹はおばあさんと話しているうちに、千尋が「大切な人」であることを自覚する。
翌朝
僕は千尋からの思わぬメッセージで目を覚ました。
千尋:「風邪ひいた。今日は学校休む」
僕:「大丈夫?」
千尋:「熱ある。寝る」
僕:「お大事に」
僕が大切な人だと自覚した千尋が、今朝は熱を出して寝込んでいる。
彼の家庭環境を考えると、誰にも看病してもらえないかもしれない、と心配になった。
支度を済ませて学校へ向かうと、二年フロアの入り口に白木萌可がいるのが見えた。
彼女は誰かを待っているように見える。
僕が脇を通り過ぎようとすると、萌可がすぐ僕に気づき、声をかけてきた。
「あのっ、おはようございます。千尋先輩のお友達ですよね……? 千尋先輩ってもう来てますか?」
萌可の質問に、僕は少しだけ優越感を覚えた。
「今日千尋は休みだよ」
「えっ、そうなんですか? 病気ですか?」萌可は慌てた様子を見せる。
「風邪だって」
子供じみているが、千尋の情報を多く知っている自分が誇らしく感じた。
「そうなんだ……心配ですね」萌可はそう言ってから、付け加えた。
「困ったな、昨日みんなで意見を出し合った体育祭のスローガン案、千尋先輩が持ってるんです」
(おおかた千尋がリーダーシップを取って動いているのだろう。)
僕は何も言わず、萌可の言葉を聞いていた。千尋はそういう人間だ。
誰かのために、いつの間にか率先して動いている。そして、その優しさが時として利用されることも。
「……でも病気なら仕方ないですよね。ありがとうございました」萌可はそう言うと、丁寧に頭を下げて去っていった。
千尋の連絡先を聞こうものなら一蹴したところだが……そうしないところは評価しようと思った。
そして、自分に好意を向けない彼女との、当たり障りのない会話に、不思議な安堵を覚えている自分にも気づいた。
だいたい女子は二言目に僕の情報を知りたがる。
連絡先、最寄り駅、好きな食べ物、好きなタイプ……そういうことを聞かれない状況は、本当に久しぶりだった。
***
千尋視点Ver.
身体が重い、頭が痛い……
熱が上がっているのがわかる。
「喉乾いたな……」そう呟き、起き上がった。
フラフラと覚束ない足取りでキッチンに向かう。
冷蔵庫を開けるが、中にあるのは炭酸水とプロテインドリンクだけ。スポーツドリンクとか、もっとちゃんと買っておくべきだった、と反省する。
水道水をコップに注いで一気に飲み干すと、またベッドに横になった。
今朝、リビングで母さんと顔を合わせた。
体調が悪そうな俺を見て、心底嫌そうな顔をしていた。
……きっと存在すら迷惑してるんだ。
樹の家に無断外泊したあの日だって、両親は俺が居なかったことすら気づいていなかったみたいだった。
きっと、生まれてしまったから仕方なく家に置いているんだ。
熱のせいか、思考はどんどん暗い方へ転ぶ。
誰も俺のことなんて必要としていない。
役に立つ時だけいればいいと思っているんだ。
現に、学校を休んだって、誰からも心配の連絡なんて来ないじゃないか……
そんな不安を照らすように、スマホが光った。
樹からの着信だ。布団の中、震える手で電話を取る。
「……もしもし」
「千尋?」
樹の声が、少し心配そうに聞こえる。
「うん……」
「辛そうだね、ちょっといつもと声が違う、具合どう?」
「最悪……」俺の弱々しい声に、樹は小さく笑った。
「ははっ、最悪か」しばらく沈黙が流れる。
そして、樹が静かに言った。
「千尋? 今、千尋の家の近くにいるよ」
その言葉に、俺の意識がはっきりと覚醒した。
「え……どこ?」
「駅ビルのドラッグストアにいる。何か買っていくよ。何がいい? 家、駅前のマンションだったよね?」
樹の気遣いに、胸の奥が温かくなる。
「スポーツドリンクと……メロンパン……」
「了解、あと、住所教えて。着いたらインターホン鳴らすね」
「うん……」短い電話が切れ、再び部屋に静寂が訪れた。
樹が来てくれる……
朦朧とする頭で、俺は無意識に髪を手ぐしで整えた。汗をかいたし、Tシャツも着替えた方がいいかもしれない。
脱衣所で着替えを済ませ、ふと鏡の中の自分が微笑んでいることに気づいた。
孤独な俺に、いつも光を差してくれる樹。
俺の中でその存在が大きくなっていた。
お読みいただきありがとうございました。
だんだん小説家になろうシステムに慣れてきました。
もう少し続きます。よろしくお願いします。