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第7話 大切な人

前回のあらすじ

体育祭実行委員の会議に出席するために急ぐ千尋。出合い頭、一年生の女子生徒とぶつかってしまう。

ぶつかった女子の名前は白木萌可(しろきもえか)

彼女の思惑も知らず、足を痛めた萌可のために、世話をする親切な千尋だが……

放課後、空気は湿気を含んでいて、夏の兆しが近いことを感じさせた。


僕は特に約束があったわけでもないのに、ふらりと千尋のクラスを訪れていた。


理由は、わからない。ただ……


お弁当、おいしかったよ。とか

体育祭実行委員って、どんなことするの? とか、とにかく話したくて。


頬が緩みそうになる気持ちを抑えて、教室の入り口から中を覗いた。


でもそんな僕の目に、思わず力がこもる。


人が少ない教室、千尋は見知らぬ女子と並んで談笑していた。


その女子は、制服のスカートを揺らしながら、千尋の話に笑顔で頷いている。


彼女は、千尋の顔を覗き込むように、無邪気な声で言った。


「先輩、私のことは ”萌可” って呼んでくださいっ! 白木さんって、漢字違いの子が他にもいて、ちょっと紛らわしいので」


千尋は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにいつものような笑顔を浮かべた。


「そうなんだ。じゃあ、萌可って呼ぶよ」


「ふふっ、やった! 私も ”千尋先輩” って呼びますね」


その言葉に、僕の胸がふっとざわついた。

じりじりと、深くて小さなノイズが心の奥に広がっていく。


出会った時からそう。千尋は優しい。

千尋の優しさは、誰にでも向けられるものだ。

それは知っている。知っているはずなのに……


僕が立ち尽くしているのに気づいたのか、千尋が手を振ってきた。


「お、樹!」


その声に、彼女もこちらを振り返った。


その目が、僕をしっかりと捉える。


「千尋……忙しい?」


僕の問いに、千尋はいつも通りの笑顔で答えた。


「忙しくないよ。何かあった?」


「いや、別に……ただ、一緒に帰ろうかと思って」


「あー……うん、大丈夫だけど、彼女を送らなくちゃいけないんだ」


千尋はそう言って、隣にいる女子を紹介した。


「この子は白木さ……いや、萌可。体育祭実行委員で同じチームなんだ。今日、足を痛めちゃってさ」


「こんにちは、白木萌可です」


彼女は微笑み、軽く会釈した。その仕草には一切の隙がない。

僕は無言で頭を下げるだけだった。


「千尋、僕は先に帰るよ。……また明日」


僕は千尋の顔を見ずに、その場を離れた。

昇降口までの廊下が、やたらと長く感じる。


僕以外に向けられる、千尋のあの笑顔が苦しかった。

笑顔だけじゃないのかもしれない。


自分だけが知っていると思っていた、彼の寂しげな横顔も

柔らかな声も、彼の “特別な一面” も──


僕が勝手に思っているだけで、誰にでも見せるものなのかもしれない。


その考えに、胸の奥がじくじくと痛んだ。


***


──僕はそのまま、ばーちゃんが入院している病院へと足を運んだ。


白く静かな病室に入ると、ばーちゃんはベッドから顔を上げて俺を見た。


「樹……どうしたんだい?顔、曇ってるよ。千尋さんと何かあったのかい?」


その問いに、思わず言葉を失った。


「え、どうして千尋のことだと思うの?」


「ふふ。最近、樹は千尋さんのことばかり話してたからね」


ばーちゃんの言葉は静かに、けれど核心を突いてきた。


「千尋さん……とっても大切な人なんでしょう?」


その一言が、胸にすとんと落ちた。


(ああ、そうか。僕は千尋が、大切なんだ)


このざわめきも、もやもやも──そのすべてが、「ただの友達」じゃない気持ちの証拠だ。


「……うん、そうかもしれない」


僕は静かに頷いた。


「大丈夫。ちゃんと向き合えば伝わるよ。千尋さん、いい子だもの」


ばーちゃんはにっこりと微笑んだ。


「ありがとう、ばーちゃん。……また来るね」


僕はそう言って、病室を後にした。


「大切な人か……」


声に出して確認するように呟いた。

お読みいただきありがとうございます。

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