第5話 ふたりぶんのお弁当
前回のあらすじ
一緒の布団で眠ることになったふたり。
朝起きると、樹は千尋に抱き締められていた。
朝の光がカーテンの隙間から差し込む。
僕が洗面所で顔を洗って戻ると、千尋はキッチンで朝食の準備を始めていた。
冷蔵庫を開けて、何かを取り出しながら、ふとこちらを振り向く。
「なぁ、弁当箱ある?」
「え、あるけど……もしかして詰めてくれるの?」
思わず声が弾む。
千尋は少し肩をすくめて「簡単なやつだけどな」と言いながらも、どこか楽しそうだった。
「おばあさんの弁当と比べたら殺す!」
「比べないって、それに千尋の料理好きだよ」
素直な気持ちを口にすると、千尋は少しだけ目を見開いた後、笑った。
「お前、ほんと調子いいな」
でもその笑顔は、ちゃんと嬉しそうで――僕は、胸の奥がじんわりとあたたかくなるのを感じていた。
***
玄関を出て、並んで歩く。
手提げ袋の中には、千尋が作ってくれたお弁当。
駅へ向かう途中、千尋がふと振り返った。
「今日は昼休みに、体育祭実行委員の集まりがあるんだ。だから一緒に昼は食べられないかも」
「あ、そっか。了解了解!」
僕は手に持っていた弁当を持ち上げて、笑って見せた。
「コレ、ありがとね!」
「借りた弁当箱、後でちゃんと洗って返すから」
「うん、別にいつでもいいよ」
そんな何気ないやりとり。だけど、僕の心は静かに弾んでいた。
教室に入ると、いつものように女子の視線が一斉に集まった。
でも、不思議と気にならなかった。
僕の心には、まだ今朝の温かい気持ちが残っていた。
それが、他のすべての雑音を優しく遠ざけてくれるようだった。
今日の放課後は、ばーちゃんのお見舞いに行こう。
ピザのこと、千尋の寝相のこと、そして……お弁当のことを話そう。
喜んでくれるかな。
そんなことを考えながら、僕は自分の席に向かって歩き出した。
***
千尋視点ver.
朝の光が差し込むキッチン。
冷蔵庫を開けると、今日までの賞味期限の卵が数個あった。
(……樹、料理とかしないよな)
そんなことを考えると、自然と口元が緩んだ。
「なあ、弁当箱ある?」
その言葉に、彼はパッと目を輝かせた。
「え、あるけど……もしかして、詰めてくれるの?」
うわ、めちゃくちゃ期待してるじゃん。
その顔を見てたら、つい意地悪なことを言いたくなってくる。
「簡単なやつだけどな。おばあさんの弁当と比べたら殺す!」
「比べないって。それに千尋の料理好きだよ」
「お前、ほんと調子いいな」嬉しくて頬が緩んでしまう。
……そんなこと、さらっと言わないでほしい。
誰にも見せない心の中心を、ぎゅっと握られる感覚。
樹の素直な ”千尋の料理好きだよ” が嬉しくてたまらない。
ただの “ありがとう” よりも、ずっと心に響いた。
自分が料理を覚えたのは、両親と食卓を囲みたかったから。
結局、その夢は一度も叶わなかったけど……
今、自分がここにいていいんだって――
ほんの少し、そう思えた。
お読みいただきありがとうございました。