第11話 衝動と誓い
前回のあらすじ
めずらしく弱気になっている樹に、思わずキスをしてしまった千尋。
泊まり込みで看病することを決めたのだった。
千尋視点Ver.
樹が、潤んだ瞳で俺を見つめ、弱々しく呟いた。
「キスもできないまま死んじゃうのかも……」その言葉を聞いて、一瞬、俺の理性が飛んでしまった。
気づいたときには、樹の唇に口づけていた。
樹の気持ちも確認せずに何してるんだ、しかも病人相手に!
そんな自責の念も頭をよぎったが、もう止められなかった。
一度触れてしまった唇の感触が、俺の心を大きく揺さぶる。
「よし、決めた!」俺は、自分の衝動を飲み込むように、そして決意を固めるように言った。
「俺、しばらくここに泊まることにする」樹は、熱にぼんやりとした目で、俺を見た。
「……え?」
俺は「泊まる」と宣言した後、一度家に帰った。
両親には「友達の家で泊まりがけで勉強する」と手紙を残してきた。
多分、気づきもしないだろうが、それでもそうした。荷物をまとめると、すぐに樹の家へとんぼ返りした。
家に着くと、樹はリビングのソファでぐったりと眠っていた。
額に冷たいタオルを乗せ、横になっている彼の寝顔を見つめる。
きっと、何も食べていないだろう。俺は静かにキッチンへ向かい、おかゆを作った。
やがて、うっすらと目を開けた樹が、俺の名前を呼んだ。
「……千尋……」
「樹、起きたのか。気分はどう?おかゆあるけど、食べられるか?」
俺がそう尋ねると、樹は弱々しく頷いた。
「うん、食べたい」出来上がったばかりのおかゆを樹に渡すと、ゆっくりとスプーンを口に運んだ。
「ありがとう。おいしい……」その言葉に、俺の胸は温かくなった。
樹が俺の居場所なんだ。独りよがりかもしれないけど、ここはこの手で守りたい。
***
翌朝。
「千尋、ありがとう。もうだいぶ良くなった。明日から学校行けそう」
その言葉にほっとした。
「良かった。お前、珍しく弱気になってたから……」
そこまで言って樹の潤んだ瞳を思い出し、無意識に自分の唇に触れる。
俺は樹が好きだ。
でも想いを伝えるのは今じゃない。
樹が元気になってからきっと……
心にそう誓った。
***
萌可視点Ver.
――女子とは話さないって噂の、樹先輩と……話しちゃった♪
廊下の窓から差し込む昼の陽光が、床に斜めの影を描いていた。
その影の上を、私は “片足をかばって” 歩いている。
スキップしたいくらいの高揚感を、必死に押し殺して。
いけない、いけない。
今は “足を捻った可哀想な後輩” っていう設定なんだから。
でも、あの冷たいと噂の先輩と、会話できただけでも大収穫。
樹先輩の声は低くて淡々としていて、それなのに、ちゃんと聞いてもらえてる感じがした。
(ふふっ、いい反応だったなぁ……)
階段の手すりに片手を添えながら、そっと振り返る。
誰もいないことを確認すると、小さく笑みをこぼした。
やっぱり――千尋先輩を経由する作戦、大正解。
まずは千尋先輩を味方にする。
お人よしで、頼られると断れない性格。
たとえ八名井先輩が私のことを怪しんでも、千尋先輩が「いい子だよ」って言ってくれれば、少しは警戒を解いてくれるはず。
作戦通りに事が運びすぎて、自分の手際の良さにうっとりする。
(さて……次はどう動こうか)
考えるだけで、つい唇の端が持ち上がってしまう。
このまま私が「付き合ってください」って言ったら、どうなるんだろう?
正面から行くにはまだ早いかもしれない。
でも、相手の“弱点”を突けば――たとえば、孤独とか、過去のトラウマとか。
優しさや正義感を刺激すれば、あの人だって無視できないんじゃない?
(そう。欲しいものは、どんな手を使ってでも、手に入れる)
私は制服の袖を直しながら、廊下の向こうを見つめる。
笑顔の下で、小さく呟いた。
「だって――そうやって今まで全部、手に入れてきたんだもん」
お読みいただきありがとうございました!