第10話 看病とキス
前回のあらすじ
熱を出した千尋のお見舞いに来た樹。千尋は弱っていて、寂しい気持ちを吐露する。
千尋視点Ver.
ベッドサイドに置かれた飲み物や食べ物、そして樹の優しさを胸に、その日はゆっくり休んだ。
体調はすっかり良くなり、翌日、俺は学校へ向かった。
樹に会いたい。顔が見たいし、声が聞きたい。
そして、何よりあの日の看病のお礼を言いたかった。
そう考えて、昼休みになると樹のクラスへと向かった。
教室の入り口に翔太がいたので、彼に尋ねる。
「翔太、樹いる?」
「おー、千尋! ん、樹? 今日は休みだぞ、風邪だって。女子が騒いでた」
イケメンは女子に心配されて得だよな! と話す翔太の言葉を聞いて、俺は愕然とした……!
樹、きっと俺の風邪が伝染ったんだ……!
教室の入り口で立ち尽くしているとふいに声をかけられた。
「あ、千尋先輩!」
気づけば、白木萌可が二年生のフロアまで来ていた。
「萌可……」
「風邪、治ったんですね。良かったです」萌可はにこやかに微笑んだ。
「体育祭のスローガンの件ですが、昨日メンバーで話し合ったら良い感じの出来上がっちゃって、千尋先輩にも見てほしいです。今日の放課後空いてますか?」
(今日……の放課後)
二日も学校を休んでおいて、体育祭実行委員の集まりに顔を出せないのは申し訳なかったが
俺は樹のことが心配で仕方なかった。
あいつは今、おばあさんが入院中で、一人暮らしみたいなもんだから……。
「ごめん今日は……」
「そうですか、予定があるなら仕方ないですよね……」萌可は少し残念そうな顔をしたものの、すぐに笑顔に戻った。
「わかりました! 集まれる人たちで決めておきますね!」
「うん、ごめんな」
「大丈夫です!任せてください!」
去っていく萌可の姿を見送る。
そういえば、萌可の足首の安否を確認するのを忘れてしまっていた。
樹のことが頭から離れない。今どうしているだろう……
放課後、はやる気持ちを抑えて、俺は樹の家に向かった。
学校からの帰り道、電話をかけても出ない樹が心配で、どこにも寄らず真っ直ぐに彼の家を目指した。
家の前に立つ。ふとポストが目に入った。
新聞や郵便物があふれている。
呼び鈴を鳴らしても、何の反応もなかった。
(……もしかして、倒れてるんじゃないか?)
不安が募り、俺はたまらず玄関のドアを叩いて名前を呼んだ。
「樹!樹!」
すると、しばらくして、ゆっくりと玄関のドアが開いた。
そこに立っていた樹は、虚ろな瞳で、力なく笑っていた。
「……千尋、来てくれたんだ」
「当たり前だろ!ポストの郵便物あふれてるから回収するな」俺がそう言うと、樹は小さく頷いた。
「ありがとう……」樹がその場に座り込んだ。
「熱あるのか?」
「多分……ある。しんどい……」
樹の声は、ひどく掠れていた。
「俺の風邪、うつしたよな」
俺の言葉に、樹はかぶりを振った。
「そんなことないよ、その辺から拾ったのかも……」
俺は何も言わず、樹の額に手を当てた。
火がついたように熱い。
あのとき無理に引き留めずに、玄関先ですぐ帰らせていれば、きっと伝染さなかっただろう。
同居している俺の両親さえ伝染らなかったのだから……
申し訳なさで胸がいっぱいになった。
***
樹視点Ver.
千尋が来てくれた。嬉しい。
僕にだけ向けらえれている笑顔がすごく嬉しい。
ボーッとする頭で考える。
千尋は自分が風邪を伝染したと、申し訳なさそうにしてるけど、千尋の風邪が本当に伝染ったのかな?
……風邪ってそんなに簡単に感染る?
そりゃー同じ部屋にはいたけど、別に僕たち、キスしたわけでもないのに……
うう……寒気がする。
身体が辛いな……このまま死ぬのかも。
キスもできないまま死んじゃうのかも……
「キスもできないまま死んじゃうのかも…… 」心の声は口から出ていた。潤んだ瞳で千尋を見つめた。
千尋は一瞬びっくりした顔をした後、少し笑って僕の頬を撫で、 優しくキスをした。
唇に柔らかい感触がして離れた。
そこからあんまり覚えてないけど
千尋が献身的に看病をしてくれたおかげで、僕の風邪はすぐに良くなった。
熱は下がり、体のだるさも消えた。
千尋の泊まり込みでの看病は、ばーちゃんが入院して一人になった僕にとって、何よりの助けだった。
「千尋、ありがとう。もうだいぶ良くなったよ。明日から学校に行けそう」
僕がそう言うと、千尋はホッとしたように微笑んだ。
「良かった。お前珍しく弱気になってたから……」
千尋はそこまで言って、慌てたように自分の唇を押さえた。
その仕草に、あの日の記憶が鮮明に蘇る。
そうだ、キス……
熱にうなされ、半ば意識が朦朧としていた僕の、あの言葉。
『キスもできないまま死んじゃうのかも……』
そして、千尋が僕の唇に触れた、あの柔らかい感触。
あれは、一体どういう意味のキスだったんだろう?
僕が弱気なことを言ったから、同情とか、病人に対する看病の一環としてしてくれただけ、なのだろうか?
僕の心に、答えの出ない疑問が募った。
お読みいただきありがとうございました。