カフカに倣いて(四) 再び善蔵を思う
フランツ・カフカの「断食芸人」(1922年)は私にとって汲めども尽きぬ魅力をもった作品であるというようなことを前回書いたが、今回は余談のような話。ごく短い小説「断食芸人」を、丸ごと一冊費やして解説した三原弟平氏の「カフカ『断食芸人』 〈わたし〉のこと」という本を読んでいると、かなり唐突に大正期の破滅型作家・葛西善蔵(1887~1928年)の名前が出てくる。「実存主義の祖」カフカと「私小説の極北」善蔵、実直なサラリーマン作家と生活破綻者、何の関係があるというのか。どちらも私好みの作家という以外に。実はこの二人、同時代人で生年、没年ともカフカが4年早く、すなわち享年は同じ41歳、どちらも結核で早世している。三原氏は両者を専ら「わたし」をテーマに書いた資質の似た作家として比較、具体的にはカフカの初期の小品「不幸であること」(1910年)と、善蔵の中編「贋物」(1917年)における亡霊の描かれ方について、かなりのページを割いて分析している。
カフカの「不幸であること」では、壁の中に扉が開き、子どもの姿をした小さな亡霊が現れ、主人公と長い対話をする。一方、善蔵の「贋物」では直接亡霊が出現するわけではなく、主人公の口から、自らの亡霊に遭遇した体験を小説として書くことを構想していると語られる。それは白い霧のようなもので、友人たちからはアル中の幻覚だろうと冷やかされている。一種のメタフィクションのような挿話だが、作品の本筋と絡むことはなく、結局、書き上げることができなかったという尻つぼみの形で終わっている。善蔵の流儀からして、すべて自身の体験に基づいているのだろうが、もし完成していたらと思うと残念でならない。ドストエフスキーにも通じるドッペルゲンガーものとして、おもしろい作品になったに違いないと思うからだ。おそらくその虚構性を嫌ったのだろう。
(「贋物」については以前、取り上げています。よろしければご参考に)
⇒ https://ncode.syosetu.com/n0436io/2
カフカと善蔵の作品の比較も興味深くはあるが、それ以上に、私が目から鱗が落ちる思いだったのは、わが国の私小説の方法論が断食芸と類似しているとする三原氏の指摘だった。なるほど、私小説の中でも破滅型、自己暴露型といわれるものは、「見世物としての断食」と、そのあり方においてよく似ている。そしてそうしたジャンルの代表選手といえば、やはり葛西善蔵ということになるであろう。
Er hat den archimedischen Punkt gefunden, hat ihn aber gegen sich ausgenützt, offenbar hat er ihn nur unter dieser Bedingung finden dürfen.
カフカの1920年1月のアフォリズムである。「彼はアルキメデスの点を発見した。しかしそれを自己に向けて使い尽くしてしまった。どうやらそういう条件でのみ、彼はそれを発見することが許されたということらしい」といった訳になろうか。どう解釈したものか難しい、いかにもカフカ的な言葉であるが、私の頭脳の及ぶ範囲で考えてみる。
アルキメデスの点とは、言うまでもなく、「そこに立つことのできる一点を与えよ。そうすれば地球を動かしてみせよう」という有名な言葉で知られた、仮想上の立脚点=虚点。ここではカフカが自ら発見した創作上の方法を指し、それに対する強い自負も示唆していよう。仮にそうした方法を、夢のようで時に荒唐無稽ですらある、寓意に富んだ虚構性の強いフィクションとしよう。自らの拠って立つ方法=虚点を発見することで、独自の深遠な世界観、地球を揺り動かすほどの芸術性を獲得したが、それはことごとく自分自身に向かっている、〈自己言及的〉であるという自嘲も同時に含んでいるのではないか。カフカの文学世界を端的に要約した言葉のように思う。いや、それは真正な表現すべてに当てはまる、普遍的な真理といえないだろうか。どんなに立派に構築されていようと、〈自己言及性〉の欠けた表現をわれわれは、薄っぺらい、見せかけのもの、フォニイとして軽くみるだろう。カフカの作品にしばしば反映されている、その時々の自身の状況や境位、伝記的事実。そしてそうした〈自己言及性〉が〈自画像〉にまで結晶した「断食芸人」——。
翻ってわが善蔵を考えてみる。その方法は物語の虚構性、文学的な嘘っぽさの排除、「虚点」の拒否であり、描かれるのはレバレッジなき等身大の日常世界、嘘いつわりなき真情である。管見では、あれだけ露悪的なまでに〈自分のこと〉を書き続けた善蔵の作品世界にあって、〈自画像〉と呼べるのは、逆説的なようだが、例外的に虚構性の強い「雪をんな」(1914年)ではないかと思う。あるいはその続編ともいうべき、晩年に近い「雪をんな(二)」(1925年)も含めた、正続の「雪をんな」といっていいかもしれない。作家人生の初期と後期に、「虚点」を模索した善蔵の、一つのそうあり得たかもしれない可能性を示していないだろうか。
(「雪をんな」についても、以前取り上げています。ご参考にしていただければ幸いです)
⇒ https://ncode.syosetu.com/n0436io/1
私小説について、わが国の近代文学の後進性、反知性的な精神風土の反映云々というよくある架空の高みからの批判に与するつもりはないが、私小説で描かれる小さな〈自分のこと〉に物足りなさを覚えるのも事実である。大きな虚構性の向こうからブーメランのように回帰してくる〈自己言及性〉の思想的、思弁的性格には比較すべくもない。ただある種の私小説作家が体現する全身全霊的な、苦行者を思わせる求道性には有無をいわせぬものがあることも否定できまい。
葛西善蔵について、「私小説の神様」なる呼称もあるようであるが、随分と仰々しく、私にはピンとこない。「ただいえるのは、葛西が当時の日本における最高最大の断食芸人であっただろう、ということです」(前掲書、傍点引用者)。こっちの方がよっぽどしっくりくる。