芽生え
朝の準備を終えたナイトが向かったのは、外の景色がよく見えるカフェだった。
そのすぐ目の前にある噴水の広場は、暗殺のターゲットであるキースとユラの待ち合わせ場所だ。
今日もまた、いつもと同じ時刻に2人は現れる。
暗殺は基本 夜に行われる。
闇夜では姿が目立たない上に、気配を悟られにくいからだ。万一ターゲットがこちらに気づいて 逃げたとしても、後日逆に始末される可能性は格段に低くなる。第三者に現場を見られてしまった場合にも、目撃者が少なくて済むことが多い。
他にもメリットはいくつかあるが、そもそも逃げられたり、誰かに見られたり、そんなヘマは絶対に起こらないし 起こさない。
対して太陽が昇っている時間帯は何をしているかと言えば、専ら対象の下調べだ。
『名前 』『生年月日』『血液型』『住所』『家族構成』『身長』『体重』『利き手』『なまり』『字』『クセ』『趣味』『好きなタイプ』『嫌いな食べ物』『体を洗う順番』『歯磨き粉の種類』『睡眠時間』『行きつけの美容院』
など、細かいところまで徹底的に調べ上げる。
一見暗殺とは関係なさそうに感じても、情報として持っておくのに無駄なことなど 一つとしてないのである。
今日もいつものカフェへ立ち寄った。この町で朝早くから開いている店といえば 唯一ここだけだ。
本日2回目のコーヒーをウェイターから受け取り、外の景色がよく見える特等席に腰を掛けた。
店内の時計を確認する。時刻は8時51分。
(...そろそろか。)
美しい彫刻が飾られた噴水の前に、高身長の男がやってきた。そこから3分ほど遅れて、若い女が男の元に小走りで駆け寄る。
女はどこか落ち着きがなかった。興奮しているのか、たどたどしい様子で 身振り手振りを加えながら 男に何か話している。
瞬間、男が両手で顔を覆った。身体が小刻みに震えている。
女はそれをやさしく抱き寄せた。
しばらくして気持ちが落ち着いたのか、2人は腕を組んで ゆっくりと歩き出した。いつもとは違う方向だ。
(女の家ではないのか...。あっちには病院が一件。辺りには生い茂った草木以外に何も.....
.........まさか。)
ーーーーーー依頼が来たのは1ヶ月前だった。夫に不倫されていると確信した妻から、2人を地獄に突き落としてほしい、と。
手紙に書かれた文字の濃さと字体の荒々しさから、憎しみの感情が伝わってくる。
依頼主の名はアンナ・ラゲナリア、33歳。
「夫はキース・ラゲナリア、32歳。相手は ユラ・コロンバイン。25歳か......。」
私の暗殺対象は国の要人から一般人まで、老若男女様々だ。相手が誰であろうと、ただ依頼通りに仕事をこなす。今回もそうだった。
確実に殺すためには、綿密な下調べや対象の行動パターンなどを頭に叩き込まなければならない。それも大人2人となれば、準備が整うのに早くても一ヶ月はかかる。
ーーーーーーー
そしてその一ヶ月目が今日だった。
日はすっかり落ちていた。病院から出てきたキースとユラは幸せそうな笑みを浮かべ、そのまま同じ家へと帰っていく。
キースは4,5日 出張ということになっているらしい。
少し古びた赤レンガの建物の二階、一番端の部屋に明かりが灯る。微かに開いた窓から、2人の話し声が聞こえた。
「名前、何にしようか。女の子なら、アイリスとかどうかな?男の子だったら....」
「ふふ。キース、あなた気が早いのね... 産まれるのはまだ何ヶ月も先の話じゃない。」
呆れたように笑うユラの顔が目に浮かんでくる。
「逆に君は呑気すぎるよ。子どもが産まれるのなんてあっという間だぞ!息子のときだって、」
「キース、その話はやめてちょうだい。」
「ごめん、つい.....。本当にごめん。」
「いいのよ。今日は病院の待ち時間も長かったし、気持ちも張り詰めっぱなしで、なんだか少し疲れたわ.....。名前を考えるのはまた明日にして、今日はもう寝ましょう。」
「....そうだね。おやすみ、ユラ。愛してるよ。」
「私も愛してるわ。おやすみなさい。」
部屋の明かりが消え、2人の声は聞こえなくなった。
ナイトは1人静かに遠くを見つめていた。




