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第三章 学園生活

第三章 学園生活


 白い石積みの壁に囲まれた中央廊下は庭へ面しており、アーチ型の開口部から溢れんばかりの光が差しこんでいた。木に生い茂る葉が瑞々しい。

「ルキアっ!」

 逆光で顔を確認できなかったが、声で直様に声の主がわかる。

「ヴィクトル様…」

 ヴィクトルはルキアへ静かに歩み寄った。

 ヴィクトルの目線の先で青白い月影が揺れる。腰まで伸びたルキアの滑らかな髪が風に戯れていた。

 ルキアの頭頂へヴィクトルは優しく手を載せた。出会った頃、ヴィクトルの背丈はルキアより少し高いだけであったが、今ではルキアが見仰ぐ程に成長していた。

「学園生活は慣れたか?」

 妃教育とは別に市政を学ぶため、ルキアは中等部からアストラ王立学園へ編入した。

 後宮へ暮らすようになってから、ルキアは容易く城から出ることを許されなかった。

 この学園へは庶民も在籍している。王家が将来有望な子供たちへ身分関係なく後援しているのだ。

 もちろん、多くは裕福な貴族であったが、それでも、ルキアは親しくなった平民の生徒に庶民的な感覚を学ばせてもらったり、ルキアから貴族的な礼節を教えたりしていた。

「はい…」

 ルキアは姿勢を崩さず背を伸ばしたまま、ヴィクトルへ真っ直ぐな眼差しで答えた。

 二学年上のヴィクトルは、ルキアのいる教室へ様子を見に行く途中、ルキアを見かけたのだ。

「妃教育より学園の方が気楽であろう?」

 ルキアは運動神経がないことを自覚していた。

 そのこともあって、ダンスや剣技の講師はルキアの指導が行き過ぎることもある。

 それに比べると自主性を重んじる学園でルキアが授業で追いこまれることはなかった。

 同世代の学生たちと一緒に学び場で過ごすことが新鮮に感じていた。

「さようでごさいますね…」

「でもまぁ…。辛いことがあれば言ってくれ…」

「お心遣いに感謝いたします」

 ルキアが真面目に答えるのでヴィクトルは面白くなさそうだ。揶揄うように付け加えた。

「陰で泣くでないぞ?」

「それはっ⁉︎」

 少し顔を赤く染めたルキアへ、ヴィクトルは満足気そうに紫眼を細めた。



 王太子の婚約者たるもの多少なりとも自身を護ることも必要だと、ルキアは護身術も学んでいた。しかし、ルキアは指導へついていけなかった。

 王太后のペラギアはルキアへ優しかったが、妃教育については厳しく、各々の優れた教師を選出し、徹底的に躾けた。ルキアはペラギアを失望させたくなく、弱音を吐くことはなかった。だが、人には得手不得手がある。

 剣術の稽古だけは、ルキアがどれだけ頑張ろうとも、講師の期待に応えられなかったのだ。

「大丈夫か?」

 茂みに隠れて啜り泣いていたルキアを見つけたのはヴィクトルだった。

「…」

「泣いているではないか?」

 うさぎのようになったルキアの瞳を認めて、ヴィクトルは汚れることも気にせず、ルキアの隣へ座った。

「泣いておりません…」

 ヴィクトルの気遣わしげな眼差しにルキアは両手で顔を覆った。

「しっかりと涙の跡が見てとれるのに泣いてないとは…」

 ヴィクトルの口調は呆れていたが、ルキアから一向に離れる様子がない。泣き顔を見られたくはないが、ルキアの濡れた目は乾くこともなく、涙が滲んでは落ちる。

「…。くっ…。ヒクッ…」

 ルキアは黙ったまま、しばらく時間だけが過ぎた。ヴィクトルが引っ付いたままのルキアの左腕へ、ヴィクトルの体温が移る。


 温かい…。


 何故だか分からないが…。

 昔、領地邸宅の庭で母と兄に見捨てられ、涙が枯れるまで泣き尽くしたルキアの記憶がよみがえる。


 あの時は…。ばあやが居たのに…。

 寒くて…。


 乳母のヨハンナはルキアの冷えた身体を必死に抱きしめて温めてくれた。だが、ルキアの心は芯まで冷え切っていた。

「私ができることなら、一緒に努力しよう…。一人で悩むな…」

 ポツリと言葉を漏らすヴィクトルへ、覆った手を外し見上げたルキア…。

「でも…」

 ヴィクトルは眉間の皺をしかめ、ルキアの手を取る。険しい表情をしていても美しい顔だとルキアは思った。

「綺麗な手がマメだらけになってしまったな…。潰れているではないか…」

 ヴィクトルはルキアの腕を引き寄せて立ちあがった。

「行こう…」

「ヴィクトル様?」

「剣術は私に任せれば良い…。妻を守るのも夫の仕事だ…。だから、安心して守らせてくれ…」

 ルキアがヴィクトルへ連れて来られたのは騎士訓練場へ常設してある医務室である。

「これからは私を頼ってほしい。隠れて泣かないでくれ…」

 ヴィクトルは血だらけのルキアの手のひらへ膏薬を丁寧に塗りこみながら呟いた。傷口に薬が染みてヒリヒリと痛んだがルキアは我慢した。

 ルキアはヴィクトルを垣間見る。

 窓からの西日で髪がオレンジ色へ染まり、俯いているヴィクトルの顔へ柔らかな影を落とした。


 その後、ヴィクトルはペラギアを説得し、剣術に際しては別の講師が配属されることになった。

 元々、戦時の際、前線で先陣を切る国軍のアストラ王国第二騎士団長が指南役であったため、ルキアへ護身というより戦闘術を教えこもうとしていたようだ。

 後に、ペラギアから直接謝罪されたほど、ルキアの講師としては完全に人選ミスであった。

 新たに師として紹介されたのはヴィクトルの幼馴染で護衛騎士の一人であるフェリクス卿である。ヴィクトルは最も信頼している友人でもあるフェリクスへルキアを託したのだった。



「そのお話は…。過ぎたことです…。もう泣いてません…」

 恥ずかしそうに照れてそっぽを向くルキアへ、ヴィクトルは更に告げた。

「何だ?赤くなって…。私の婚約者は可愛いな…」

 その言葉へルキアは動揺してしまい、益々、顔が熱を帯びていく。


「仲が宜しいこと…」

 ルキアの背中へ声がかかる。振り向くと凛とした佇まいで女生徒がこちらへ視線を送っていた。

「移動教室へルキア様がいらっしゃらないから探してましたのよ…」

 波打つ漆黒の髪、滑らかな白肌が際だっており、異彩を放つ紅玉の眼差しが美しい。華やかな印象の美女だ。

「アガタ様…」

 アガタ・デネボラはデネボラ公爵家の長女である。ヴィクトルの婚約者へルキアが内定する以前、アガタが婚約者最有力候補であった。

 現在、アストラ王国には王派、王妃派、貴族派の三つの派閥勢力があり、ペラギア王太后とマルクス王が勢力の均衡を保つため、ルキアをヴィクトルの婚約者へと強く推したのだ。

 アガタはルキアへ敵対心を持って当然であるのだが、アガタはルキアを厭うことはなく、友人の一人として親しく接していた。

「ふふ…。殿下の仰るとおりですわ…。本当に愛らしい…」

 花から花へ飛んでいく蝶の軌跡を目で追うように、ルキアはアガタが微笑むたび見惚れていた。ルキアはアガタを揚羽蝶のように妖艶な美少女だと思っている。


 アガタ様…。貴女の方がよほど美しいわ…。


 ルキアは母や兄から愛されず、また政務で忙しかった父からも構われなかった自分に対する自己評価が低い。

 ルキアから美少女だと認めたアガタは、ルキアを雪解けの水面を漂う光粒のように綺麗な少女だと賞している。自分が婚約者に選ばれなかったのも致し方ないと…。花は赤いものである。

ご報告いただき誤字訂正を致しました。

ありがとうございます。

誤字脱字が多いと自覚しております。

至らないことも多々ございますが今後とも宜しくお願いいたします。

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