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第二章 婚約と王太子妃教育

第二章 婚約と王太子妃教育


「ルキア…。君の婚約が決まった…」

 家族で食卓を囲む席でアマデウスが告げた。


 アマデウスが領地へ戻ったときでさえも、マリアは食事を共にしない。アマデウスが留守の時はルキアは一人で食事をしていた。

「今日だけは…」

 アマデウスは懇願し、最初で最後の家族全員が揃った晩餐となった。

 ルキアが庭園で置き去りにされた秋から季節は巡り数年が経っていた。


「お相手はどなた様ですか?」

 澄んだ碧い眼差しは慎ましく、アマデウスの言葉を待っている。

「ポラリス王家第一子であられるヴィクトル王太子殿下だ…」

 アマデウスは王家へ娘が嫁ぐことに気乗りがしない。だが、王の言葉に逆らえるはずもない。

 侍女がルキアの前へティーカップを静かに置き、温かいミルク、次いで紅茶が注がれた。

 ミルクティーを好んで飲むルキアのために執事が手配してくれたものだ。

 白磁のような肌がきめ細やかなルキアは静かに表情を崩す。笑みが零れた。

「ありがとう…」

 垂らしたままの直線の髪が白金の星のような輝きを散らす。ルキアより礼を述べられた侍女は頬を赤く染めて会釈した。

 その様子を伺い、アマデウスは何故か切なくなった。

「急ではあるが、明後日、王都へ出立する。そのまま、王城で王太子妃教育が始まるそうだ…。ルキアは準備をするように…」

「はい、お父様…。かしこまりました」

 ルキアは神妙な顔で頷いた。


 やっと、この屋敷から抜け出せるのね…。

 私がいなくなることで、お母様のお気持ちを煩わせなくてすむのだわ…。


 グイドは我関せずと一切口を開かなかった。

「可哀想な子…。母からは憎まれ、父からは権力の道具に使われるのね」

 マリアはナプキンで口元を拭いながら呟いた。その呟きはアマデウスへ届かなかったが、母の対面へと着座していたルキアには微かに聞こえたのだった。

 ルキアが王都へ出発するその日、使用人たちは総出で見送ってくれ、ルキアが屋敷から離れることを皆寂しがった。

 母と兄が部屋から出てくることはなかった。


 その数年後、マリアは病を患い、ルキアと再び会うことなく先立っていった。


 

 青葉が若く柔らかな日差しの下、ルキアは王太子と初めて顔を合わせた。

 王太子ヴィクトル・ポラリス。

 アストラ王国へ君臨しているマリウス王とモニカ王妃の一人息子である。

 ルキアから見たヴィクトルの印象は眉目秀麗という言葉が相応しく、所作も非の打ち所がない。年下のルキアへの配慮も忘れず、途切れる事なく会話は続いた。

 ヴィクトルの金色の髪が陽光へ溶けていく。

 軽やかな風に葉っぱが揺れて、優しく影を落とし、木漏れ日が踊った。

 二人の成り行きを見届けている周囲の大人たちが気づく様子はなかったが、時折、ヴィクトルはルキアを観察するような冷ややかな眼差しを向けていた。

「ルキア嬢…。もっと気楽に接してくれると嬉しい…」


 それは本心ですか?


「はい、王太子殿下…」

 ルキアは淑やかにゆっくりと頷いて同意した。

「私のことはヴィクトルと呼んでくれ…。君の事をルキアと呼び捨てにしても許してもらえるだろうか?」

 ヴィクトルは和やかに笑みを保ったまま、ルキアへ請う。ルキアはヴィクトルの表情に白々しさを感じていた。


 貴方もお母様のように私を愛してくれないでしょう?何故、そのような演技をなさるのかしら?


「はい…。ヴィクトル様…」

 これは互いの利益のための政略結婚だとルキアは自分へ言い聞かせた。王国がより豊かになるためだけの婚姻なのである…。


 信じて裏切られるのは辛い…。それならば、最初から愛される事を諦めればいい…。



「こんにちは…。ルキア…」

 妃教育は王太后へ任された。

「我が国の大海、慈悲深いアストラ王国のペラギア王太后陛下へ、ルキア・アークトゥルスがご挨拶申し上げます」

 マリアはルキアへの愛情を見出せなかったものの、家庭教師を雇い侯爵令嬢としての一般教養や礼節などを学ばせた(実際には、ルキアを案じた執事長がマリアへ上申し許可をもらい、家庭教師を手配した)。

 ルキアは完璧なカーテシーを披露する。

「私は貴女の伯母ですよ…。明日からは王太子の婚約者としてビシバシ叩きこむつもりですけど…。今日ぐらい…。いえ、そうね…。これからもお休みの日ぐらい、身内に甘えるつもりで私には接してほしいわ」

 ため息を吐きながら、ペラギアは言った。

 王太后であるペラギア・ポラリスはルキアの父アマデウスの実姉だ。

「とりあえず、ハグしましょうか?」

 ペラギアの提案へルキアは不思議そうに首を傾げた。

「ハグ?」

 ルキアの腕を掴み自身へ手繰り寄せたペラギアは、ルキアの身体を両手で抱き締めた。突然のペラギアの行動にルキアの身体は硬直している。

「これは…。思いの外、重症ね…」

 怪訝そうに告げるも、ペラギアの声音は温かった。



 アークトゥルス侯爵の家系は元来より大らかな性格の人間が多い。貴族同士の争いごとを好まず、中央政府とは程よく距離を保っていたため、政治への発言力は弱かった。

 貴族間とのパワーバランスを憂慮した前王は、それ故にアークトゥルス侯爵アマデウスの姉ペラギアを王妃へと切望したのだ。

 前王が崩御した後、ペラギアは王太后となったが、マリウス王の実母ではない。


 成人を迎えた直後、ペラギアは事故で両親と死別した。14歳離れた弟アマデウスはまだ幼かったので、ペラギアは弟が成人するまで侯爵代理人として執務に奮闘した。だが、それが祟り嫁に行き遅れた。

 その頃、前王の王妃が出産で逝去した。三人いた側妃は身分が低かったため、前王はペラギアを王妃へと望んだ。すでに前王には王子が三人おり、ペラギアは王妃の産んだ王太子の後見人として選ばれたのだ。

 ペラギアが前王へ嫁いだとき、初婚ではあるが三十路を超えていた。


 前王と婚姻後、マリウスの理解ある良き継母となったペラギアは、現在、王太后としてマリウス王と良好な関係を築いているが、高位貴族からは嫌悪されていた。

 ペラギアは革新的な思考の持ち主で、ポラリス王国の有益へ繋がることになるのならば、下位貴族の上申も快く受けいれているからであり、高位貴族は蔑ろにされていると認識していた。



 ルキアへはペラギアの他に何人もの教師がついている。ルキアは身体を使った実技は苦手で、語学や国史などの座学が得意であった。

 その中でも、ペラギアの講義はルキアの発言が許され自由に意見を述べれる。ルキアはこの授業が好きだった。

「本?」

「はいっ…。絵本です…」

 ペラギアの夫である前王は読書好きで民の教育水準をあげるというより、自身の趣味を民へ理解してほしいとの自己願望より、識字率をあげようと学校制度を設けた。だが、子供は労働力と考える平民家庭が多く、無償で利用できるにもかかわらず、未だ学校へ通う庶民の子は少ない。

 前王の利己欲で始まったことだが、ペラギアは国民への教育の必要性を重要視しており、識字率をあげるためにはどうするべきかとルキアへ問いかけたのだった。

「昔、孤児院へ行って絵本をみんなに読み聞かせていたんです」

 母から絵本を読んでもらえず、寂しい思いをしたルキアが、せめて、親がいない子供たちの慰めになればと始めたことだ。

 ルキアがアークトゥルスの領地で過ごしていた頃、心休まるひと時は孤児院へ慰問で訪れるときだった。幼い子供たちは身分という概念がなく、ルキアを頼り甘えてくる。

「それで?」

 ペラギアは興味津々で尋ねた。

「そのうち子供たちの中で、字が読めるようになった子がいたのです。私が訪問できない時は自分よりも小さな子供へ絵本を読んであげていたようです」

「なるほど…。絵本…」

 孤児院には本がほとんどない。理由は字が読めない子供に本の意味はないと考えていたからだ。

 孤児院の職員は本を読み聞かせができるほど暇がなく子供たちの世話で手一杯である。

 絵本ならば文章も簡単で、絵もあるなら文字の意味も理解し易いだろう…。

 慰問で訪れる貴族子女も多からずいる。

 ペラギアはルキアの話から発想を得て、絵本の寄付、読み聞かせを孤児院へ通う貴族たちへ推奨した。

ご報告いただき誤字訂正を致しました。

ありがとうございます。

誤字脱字が多いと自覚しております。

至らないことも多々ございますが今後とも宜しくお願いいたします。

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