#03 マホヨは、魔法少女を卒業したい
昔の夢を見た。
小学三年生の頃の夢。
初めて魔法少女になった日。
その場にいたのは、私ともう一人の友人。
怪人に襲われている子猫を助けようとして、私は魔法少女になった。
その子猫は、私と友達が帰り道の公園でいつも遊んでいる子猫。
野良猫だけど、とっても人懐っこい子猫。
その子が、怪人に食べられそうになっていた。
だからそれを止めさせようとした。
無我夢中で、泣きながら怪人から子猫を奪い返して。
気がついたら、大きな怪人は遠くに吹き飛んでいた。
私は真っ赤な戦闘ドレスを着た魔法少女になっていた。
「おめでとう、牧真マホヨくん、■■■■くん。君たちは今日からこの街の魔法少女だ」
その日のうちに魔法省の人が自宅にやってきて、魔法少女の免許を手渡してきた。
小学三年の私には、その意味はいまいちわからなかった。
……そもそも『魔法少女』とは何か?
これを説明するには、まず『魔法使い』について語らないといけない。
この世界には二種類の人間がいる。
魔法が使えない『一般国民』と、魔法が使える『特別国民』。
特別と言われるだけあって、魔法使いは希少で数が少ない。
その割合は全人類の0.01%以下。
つまり一万人に一人だけ。
それだけに特別で、昔は『貴族』と呼ばれ、今は『特別国民』というのが公称だ。
魔法を使えば、大抵のことはできる。
そして魔法使いはとっても強い。
怪人なんかとは、比較にならない。
拳銃で撃たれても、魔法で防げるし。
車にぶつかっても、あっという間に怪我を直せる。
そもそも車のほうが壊れる。
空は自由にとべるし、脳の構造が一般人とは違うので記憶力が桁違い。
人でありながら、人を超えた存在。
それが魔法使い。
魔法の才能は遺伝することが多いけど、両親が魔法使いでも子供が一般人のことだってある。
その時の子供は養子に出されてしまうらしい。
一般人は魔法使いの社会では生きていけないから。
私は普通の両親から生まれてよかったと思う。
通常、魔法使いかどうかは生まれた瞬間に確定する。
生まれた時に身体が魔力で光っている赤子が、魔法使いの才能を持っているそうだ。
さらに何十回もの検査を通過して、国の基準を満たした魔法を習得できれば晴れて『国家認定魔法使い』になれる。
基準を満たさないものは、『魔法封印施術』によって魔法を封じられ一般人として生きていくことになる。
無事に国家認定を受けられた魔法使いの将来は安泰だ。
就職先は、ほとんどが『防衛省』『内閣府』『総務省』『魔法省』。
いずれも高給与待遇だ。
さらに魔法使いだけが受けられる多大な特典がある。
・教育費用は、保育園から大学まで全て無料。
・医療費は無料。
・住宅費は五割負担。
・新幹線のグリーン席や飛行機のファーストクラスもタダ同然。
などなど……。
なんでそこまでするかっていうと、魔法使いが国外に亡命されると国家の損失だから。
常に保護され、監視されている。
それが魔法使いという特権階級。
基本的には『生まれた時から』厳重に管理されている魔法使いだけど、例外はある。
それが――魔法少女だ。
魔法少女は、一般人の中から突然現れる。
遺伝も、住んでる地域も、人種もすべて統一性はない。
唯一の共通項は、年が若いことくらい。
魔法少女は、突然変異の魔法使い。
だから魔法少女が現れると、すぐに国の役人がやってくる。
新たな魔法使いの誕生として、国に登録されて、管理される。
私の時もそうだった。
「マホヨくん。君には期待しているよ」
魔法省の偉い人。
もう顔は覚えてないけど渋いおじさんは私に言った。
「は、はい! がんばります!」
よくわからないまま私は頷いた。
あれから七年。
私はいまでも魔法少女を続けている。
◇◇◇
……ピピピピピ、というスマートフォンのアラーム音で目を覚ました。
アラームを止めて、周囲を見回す。
カーテンの隙間から柔らかい日差しが差し込んでいる。
時計の針は七時十五分。
うちの両親は朝早いので、きっともう仕事に出ちゃってる。
とりあえず、着替えようなかなと思ってボタンに手をかけたところで違和感に気づく。
(あれ……私って昨日パジャマに着替えたっけ?)
確か制服のまま寝ちゃった気がしたけど……。
無意識で着替えたのかなー。
偉いぞ、私。
そこで「ぐぅ……」とお腹が鳴った。
ご飯食べよ。
朝ごはんは、チーズでも乗せてトーストを焼こうかな。
「ふわぁ~」
あくびを噛み殺しながら、階段を降る。
「おはよー、まほちゃん」
挨拶をされた。
「おはよう、れいちゃ…………あれ?」
当然のような顔をして幼馴染のレイナが、リビングにいた。
私の制服のアイロンをかけている。
「まほちゃん、お風呂まだでしょ? シャワー浴びてきたら」
「あー、うん……」
なんでレイナがいるんだろう、と疑問に思いつつ浴室に行く。
熱いシャワーを頭から浴びると目が醒めてきた。
(私が喫茶店に置いてきた荷物を持ってきてくれてたんだよね。家にいるのはきっとお母さんが家に入れたのかな? レイナならよくうちに来てるし…………あ、もしかして)
手早く身体と顔と髪を洗う。
長い髪がこういう時に面倒だ。
浴室を出て、身体を拭いてバスタオルを身体に巻いた。
「あがったよー、れいちゃん」
「おかえり、まーちゃ……ちょっと、なんて格好してるの!?」
バスタオル以外なにもつけていない私に、レイナが呆れた表情になった。
「それよりさ。れいちゃん、もしかして私が寝てる時に制服脱がせた?」
「うん、パジャマに着替えさせて、制服はアイロンかけておいたよ。まほちゃん、全然起きなかったよ」
「気づかなかった……」
のん気過ぎるでしょ、私。
服を脱がされて寝たままなんて。
「まぁ、いっか。ご飯食べよう。今日は、ご飯と野菜の味噌汁と焼きシャケとだし巻き卵? いつもより豪華だなー」
朝弱いお母さんにしては珍しいなー、と思ったら。
「私が作っておいたよー」
幼馴染がこともなげに言った。
「へー、れいちゃんが……って、えっ!? 作ってくれたの?!」
「ほら、食べて食べて。髪乾かしてあげるから」
「う、うん」
私はテーブルに座って手を合わせた。
「いただきます」
シャケを箸で切り分け、ご飯と一緒に口に運ぶ。
その後、わかめと豆腐が入った味噌汁を一口すすった。
だし巻き卵は、しっかりダシが効いていてほんのり甘い。
「はぁ~、落ち着く」
「おつかれだねー、まほちゃん」
レイナが私の髪をタオルで乾かしてくれる。
ある程度水気がとれたら、ドライヤーをかけてくれた。
その間に私はご飯を食べ終える。
あー、美味しかった。
レイナは手料理がとっても上手。
流石は料理部の部長。
「れいちゃん、私の嫁にきて」
「あはは、いいよー」
いつもの軽口を笑われた。
「よし! 着替えよう!」
身体に巻いているバスタオルを、ぱっと外して洗濯かごに放り込んだ。
もちろん、その下は何も身に着けてない。
「……まほちゃん、リビングでその格好は駄目だよ」
「時間がない時はいいのー」
私は朝の支度用の小さなタンスから、下着とキャミソールを選ぶ。
手早く身につけたら、レイナがアイロンをかけてくれた制服に袖を通した。
「まほちゃん、リボンつけてあげる」
「ん」
私はリボンを結ぶのが下手なので、大人しく結んでもらう。
ついでの髪も、レイナがセットしてくれた。
「ほい、完了だよ、まほちゃん」
「ありがと、れいちゃん」
全身鏡の前で、腰に手を当ててポーズを決めて自分の姿を確認する。
長い黒髪を二つくくりにしてあるのは、いつも通り。
ちょっときつい印象を与えるツリ目。
全体的にスリムな身体は、割りとイケてると思う。
「今日もかっこいいね、まほちゃん」
ひょいっと、肩の後ろから覗き込んでくる幼馴染。
ぱちっとした大きな瞳。
人形のように整った顔。
そして胸……は、私よりずっと大きい。
私の胸が平均より小さい。
ふん! これから成長するし!
魔法少女として怪人と戦闘するなら、大きな胸なんて邪魔だし! と自分を納得させる。
「どうしたの? まほちゃん、変な顔して」
「ありがとう、今日も可愛いよれいちゃん」
「「ふふふ」」
お互いを褒めあって笑い合う。
「じゃあ、いこっか」
「うん」
私たちは揃って家を出た。
◇◇◇
私とレイナが並んで登校するのはかれこれ9年目。
レイナの家はお隣で。
同じ保育園。
同じ幼稚園。
同じ小学校。
同じ中学校という、筋金入りの幼馴染み。
多分高校も同じ。
……同じにしたいから、勉強頑張ってるんだけど。
魔法少女の仕事が勉強の邪魔をする。
「昨日は遅かったみたいだねー。お母さんに聞いたよ、まほちゃん」
「ほんとよ……、今日は平和に過ごしたい」
「ところで数学の宿題やった?」
「あ、途中までしかやってないかも」
「写させてあげよっか?」
「い、いや! 自力でやる! 意味ないし」
「えらいえらい」
頭を撫でられた。
ちなみに、レイナは魔法少女の仕事のことを詳しくは聞いてこない。
学校の授業の話か。
最近のテレビの話題とか。
商店街に美味しいスイーツのお店ができたとか。
そんな他愛ない会話をしながら歩いた。
使い魔のせっちゃんは、電線の上にとまったり飛んだりしてついてくる。
カラスじゃなくてもう少し小さい鳥なら、肩の上に乗せてあげたりできるんだけど。
カラスって大きいんだよね。
学校についた。
教室に入ると。
「マホヨちゃん! SNS見たよ!」
「昨日も活躍してたね!」
「ねぇ! 怪人に殴られて痛くなかった?」
「あはは、うん」
質問責めにあう。
これもいつものこと。
レイナはこれを知ってるから、魔法少女の活動のことは聞いてこない。
魔法少女の活動について聞かれることに、私がうんざりしているのを知ってるから。
しばらくクラスメイトたちの質問を適当に受け答えしていると、先生がやってきて授業が始まった。
幸いにも今日の授業中に魔法少女の呼び出しはなかった。
◇昼休み◇
給食を食べたあと、私とレイナは中庭のベンチで並んでおしゃべりしていた。
「魔法少女、辞めたいなー」
ぽつりと呟く。
それを聞いたレイナは特に驚くことなく。
「やめればいいじゃん。まほちゃんが最近大変そうで、心配だよ」
優しい幼馴染はいつもそう言ってくれる。
「ちょっと、ちょっと! マホヨちゃん! なんてことを言うんだイ!」
私のつぶやきを聞きつけた使い魔が飛んできた。
「マホヨちゃんは、東京の魔法少女のエースなんだヨ! 辞めるなんてとんでもないヨ!」
「七年もやったんだからそろそろ辞めたっていいでしょ~」
「長いよねー、まほちゃん」
「駄目だよ! 最近は怪人が増えて治安が悪いんだから。まだまだマホヨちゃんの力が必要なんダ!」
「来年は高校生だよー? そろそろ誰かに引き継ぎたい」
「うーん、マホヨちゃんくらいの才能ある魔法少女が出てくればネー」
「昨日のカリンちゃんは?」
「本気で言ってル?」
せっちゃんがジト目で私を見てきた。
「うそ、冗談」
カリンちゃんには平和な街で、のんびり魔法少女をやってほしい。
「マホヨちゃんの代わりは難しいよネー」
「はぁ……」
なまじ強い魔法少女になってしまうのも、考えものだわ。
「ちなみに、魔法少女を辞めるにはどうするんだっけ?」
レイナが話題をもとに戻してくれた。
「えっと、せっちゃん説明お願い」
私が使い魔に丸投げすると説明し始めてくれた。
「魔法使いを辞めることを通常、『卒業』と呼ぶんダ。やり方は大きく三パターンあるネ」
「ふんふん」
レイナが興味深そうに聞いている。
「魔法少女の卒業方法、その1――死ぬこト」
「…………」
レイナが真顔になる。
もっともこれは有名な話で、レイナも知ってる情報。
「怪人との戦いは命がけ。魔法少女はいつ命を落とすかわからないから」
私が言うと。
「やめてよ、まほちゃん。縁起でもない」
いつもニコニコしているレイナが渋い表情になった。
「でも魔法少女は死んでも一度だけ生き返るから。女神様の奇跡の魔法で」
これは魔法少女になった時に、魔法局の人から説明を受けた。
でなければ、未成年の娘を魔法少女として働かせる親がもっと反対する。
魔法少女の命は、奇跡によって保証されている。
「生き返った魔法少女は、魔法の力を失って『一般人』になるんだっけ? せっちゃん」
「そうだヨ。毎年、何人かはそうやって魔法少女を卒業してるんダ」
「嫌だなー、怖いよ。まほちゃんに死んでほしくないよ。たとえ生き返るにしても」
「私だって死にたくないし、この方法はなしだね」
「というか、マホヨちゃんの光の結界はマシンガンだって防ぐんだから死なないでショ」
使い魔が野暮なツッコミを入れてきた。
「え? まほちゃん、マシンガンに撃たれたの!? 聞いてないよ!」
「海外のマフィアが日本に亡命してきて、怪人になっちゃってねー。警察に協力をもとめられてヘルプにいったんだけどいっぱい撃たれたよ。全部、光の結界で防いだけど」
「危ないよー。そんな現場に行っちゃ駄目だよー」
「ごめんごめん」
心配かけちゃった。
だから言わなかったのに。
使い魔の睨む。
「じゃあ、次の方法ネ。魔法少女の卒業方法、その2。『最終巨悪』を倒すこト」
「ラスボスってなに?」
レイナが首をかしげる。
「せっちゃん、ラスボスの説明をお願い」
再び使い魔に尋ねる。
「最終巨悪っていうのは、魔法少女が力を合わせて倒すべきこの世の諸悪の根源ともいえる存在だね。国家存亡に関わるような怪人で、ラスボスを倒せば、魔法少女たちは役割を追えて普通の女の子に戻れるんだ」
話が曖昧すぎてピンとこない。
「ラスボスって具体的にはどんなやつなの?」
「ボクも実際に見たことはないからネ。最後に『日本』で魔法少女のラスボスが現れたのは百年前。怪人は『吸血鬼の王』。魔法少女と軍隊が協力して退治したらしいヨ。その前は七百年前まで遡る必要があって『鬼童丸』っていう鬼の軍団を率いた頭領だね。退治に魔法少女が関わっていたらしいけど、詳しい記録は残っていないネ」
使い魔が答えた。
百年前と七百年て……、もう歴史の話じゃん。
「ラスボスは七百年に二回しか現れてないんじゃ、現実的じゃないわね……」
「この方法は無理だねー」
「都市伝説みたいなものだし」
はぁー、と私とレイナは同時にため息を吐く。
「やっぱり方法は最後の一つしかないよ、まほちゃん」
「まぁ、ボクはマホヨちゃんに魔法少女を辞めてほしくないけど、もし辞めるとしたら3番目の方法をおすすめせざる追えないネ」
親友と使い魔に同時に言われる。
まぁ、わかってるんだけどね。
「魔法少女の卒業方法、その3――恋をするこト」
「急にロマンチックになったね」
「仕方ないよ。魔法少女は『恋愛禁止』だから」
「アイドルじゃないんだから……」
この令和の世に時代錯誤な。
「とにかく、魔法少女に恋人ができると『魔法の力』を失ウ。魔法少女が卒業する理由の99%がこれだネ」
使い魔のせっちゃんが、羽づくろいをしながら答えた。
「この方法しかないよ、まほちゃん」
「わかってるわよ」
結論はでている。
魔法少女を卒業したいなら、好きな人を作って告白するしかない。
それが一番安全で近道だ。
「まほちゃん」
「なに?」
レイナがくくく、と身体を近づけて私の顔を覗き込む。
「まほちゃんは好きな人はいますか?」
「いないわよ。知ってるでしょ」
「気になる人くらいいないのー?」
「いたら苦労しないって」
我ながら不思議なんだけど、好きな人がちっともできない。
「もったいないなー。まほちゃん、モテるのに」
「それはれいちゃんでしょ」
私は長年見てきた幼馴染の顔を見つめる。
ぱちっとした目。
長いまつ毛。
整った顔に太陽の光を浴びて明るく輝く亜麻色の髪。
痩せてるのに胸が大きくて、ウエストは細いという矛盾。
美人で人当たりがよくて愛嬌がある。
男受けするすべての要素を兼ね備えている。
どうしてこの幼馴染に彼氏ができないのか、謎でしかない。
もっともレイナは、私に彼氏ができないのが不思議らしい。
お互いに見つめ合う。
その時だった。
「牧真マホヨさん!」
名前を呼ばれた。
「はい、なんですか?」
そっちを向くと、違うクラスの男子が立っていた。
しゅっとした体型で、顔は整っている。
えっと、名前は…………木村くんだったかな。
ほとんど話したことがない相手だ。
「あの牧真さん……放課後に時間ありませんか? 話したいことがあります」
「なんの話です?」
私は聞いた。
なんとなく予想はつくけど。
「それは、二人だけの時にいいます」
ちらっとレイナのほうに目を向ける。
レイナがいると言えない話……ね。
「ごめんなさい、今日は夕方にレイナと一緒に勉強をする予定があるから時間はありません。明日も明後日もずっとと同じです。だから、用事があるなら今言ってください」
「…………」
私が言うと男の子は押し黙った。
少し迷った末に、真剣な表情になった。
「牧真マホヨさん、あなたのことが好きです! ボクと付き合ってください!!」
告白された。