#17 行方不明
――レイナが朝迎えに来なかった。
言葉にするとただそれだけ。
しかし、私にはとてつもなく嫌な予感がした。
LINEと電話のコールを2回づつかけた。
レイナは出ない。
念のため「れいちゃん、連絡待ってる」と、LINEのメッセージを送る。
既読は付かない。
「…………光の魔法少女・変身」
私は魔法少女に変身する。
「マホヨちゃん、出かけるんだネ?」
「うん、れいちゃんを探しに行ってくる。せっちゃんは、事件が起きていないか他の使い魔と連携して情報収集をしておいてくれない? あと念のため『例の』準備を」
「わかったヨ。非常事態対策『最大レベル』だネ。気をつけテ」
使い魔のせっちゃんが、いつものお調子者な口調でなく真剣な口調で頷く。
こういう時は、さっと状況を理解してくれるのはありがたい。
家を飛び出し、レイナの家に向かう。
インターホンを鳴らすが誰もでない。
レイナの家は、私と同じく共働き。
もう、ご両親は会社に行っているのだろう。
そして誰も出ないということは、レイナもいない。
(次……)
私は魔法の箒に飛び乗り、学び舎である調布北中学校へ向かった。
◇◇◇
「牧真さん? おはようございます、遅刻ですよ……ってその格好どうしたんですか?」
教室ではすでに朝礼がはじまっていた。
魔法少女に変身している私の姿に驚く担任の小林先生を横目に、教室を見回した。
(レイナは居ない……)
予想通りだったが、外れてほしかった。
「すいません、先生。少々お話が……」
と廊下へ出てもらった。
「マホヨちゃんの魔法少女姿久しぶりに見た」
「やっぱり可愛いよねー」
「バカ、変身してるってことは事件があったってことだぞ」
「そっかー」
という会話が聞こえた気がしたが、耳から頭には残らなかった。
今の私の心にあるのは、レイナのことだけだ。
「牧真さん、何かあったんですか?」
「先生、レイナが行方不明になりました」
私は端的に要件を伝えた。
先生の顔色がさっと変わる。
「椿さんが!? それは本当ですか? 何かの間違いではなく」
「今日、レイナが私を迎えにきませんでした。レイナの家は不在で誰もいません。レイナの電話には出てくれませんでした。学校にも来ていないようなので、少なくとも何かが起こっている可能性が高いです。ちなみに、レイナからの連絡は、学校にも来ていませんよね?」
「はい、てっきり牧真さんと一緒に登校されるとおもっていたのですが……。連絡は来ていません」
「わかりました。では、レイナの両親へ連絡をお願いします。捜索願いを出すかどうかの判断は、おまかせします」
「……マホヨさんは、どうするんですか? なにか心当たりが?」
先生が不安げに聞いてくる。
「情報を持ってそうな人に相談します。私だけだと探しようがないので」
「わかりました。お気をつけて」
詳しくは聞かれなかった。
ちらっと頭を過ぎったのは、昨日ヒメノに教えてもらった海外の犯罪組織の話。
でもそんな話は、先生にする必要ない。
無駄に心配させてしまうから。
私は3年の教室がある3階の窓から飛び出し、魔法の箒に乗って霞が関を目指した。
そこには魔法少女を含む魔法使いたちが所属する『魔法省』がある。
『魔法省』なら警察と連携がとれているはず。
私はそこで情報を集めるつもりだ。
◇◇◇
魔法の箒になったまま私はスマホのボタンを押した。
「もしもし、ヒメノ?」
「マホヨ、どうしたの?」
私が電話をすると、1コールも待たずにヒメノが出た。
「レイナが行方不明になった」
「うそっ!? …………ちっ、」
小さく舌打ちが聞こえた。
「何か情報もってない?」
「実はまだニュースになってないのだけど、昨日から今朝にかけて大量の誘拐事件が発生してるの」
誘拐……、という言葉に心臓がきゅっと痛くなった。
レイナが……犯罪組織に攫われた?
「犯人からの声明は?」
「なし。だから目的も不明。ねぇ、マホヨ。今から魔法省にこれない?」
「ちょうど霞が関に向かってる」
「おーけー。じゃあ、屋上で落ち合おう」
そう言って電話は切れた。
(急ごう……)
私は地上に影響がでないよう十分に地上から距離を取って、音速で目的地へと向かった。
雲の中を突き抜けると、見渡す限り青空が広がる。
私は太陽の光を精一杯に浴びた。
今日はきっとたくさんの魔力を補充しておいたほうがいい。
光の魔法少女は、太陽の光がないと魔力が得られない。
雲の上なら太陽の光を遮るものはない。
少し離れたところを旅客機が飛んでいるのが見えた。
それを追い越しながら、私は目的地を目指す。
雲の隙間から高層ビルが立ち並んでいる霞が関のビル群が見える。
その中でも、目立つ赤いビルが魔法省のビルだ。
魔法省――日本国における全ての魔法使いが所属しており、防衛省に並び国家の最大戦力を有している組織。
まぁ、三咲さんみたいな魔女は別枠なんだけどね。
私はその赤いビルの屋上にあるヘリポート、ではなく『正面玄関』に降り立った。
魔法省のビルは、全100階でありながら入り口は屋上に設けられている。
1階には入り口どころか窓すらない。
セキュリティ上の理由らしいけど、要するに一般人は入ることすらできない。
実に特別国民を名乗る魔法使いらしい建物だわ。
トン! と私は屋上に降り立った。
「マホヨ!」
「ヒメノ!」
こっちに向かって長い銀髪にピンクの戦闘ドレスの魔法少女が駆け寄ってきた。
魅惑の魔法少女である桃宮ヒメノだ。
その後ろに、黒いスーツの男性がいる。
知らない顔だけど、纏っている魔力でわかる。
彼も魔法使いだ。
「こちらの人は?」
「えっとね、マホヨ。この人は……」
「はじめまして、光の魔法少女牧真マホヨさん。私は公安魔法犯罪課に所属している者です。私のことは『山田』とでもお呼びください」
(なるほど……公安の人か)
名前は明らかに偽名だ。
「はじめまして、山田さん」
公安が出てくるってことは、誘拐事件はヒメノが言っていた犯罪組織絡みで決定なのかな。
(………………レイナ)
親友の安否を思うと、平静さを失いそうになる。
それをなんとか抑え、表情には出さないようにした。
「さっそくで申し訳ないですが、ただ今米国の大型犯罪組織『紅の血』の対策本部で会議をしています。お二人にも参加いただけると助かります」
「どうする? マホヨ」
「それが解決の近道なら喜んで」
「ありがとうございます。今回の事件は急を要します。貴女たちとは、なるべく鮮度の高い情報を共有しておきたい」
そういうや、山田さん(仮)は胸元から一枚のカードを取り出した。
それを「ビリ!」と破ると私たちの足元に魔法陣が出現する。
空間転移の魔法陣だ。
次の瞬間、目の前の景色がブレて、私とヒメノと山田さんは大きな会議室の後方に立っていた。
大きな会議室には、長机がずらりと並んでおりびっしりと人が座っている。
そのほとんどが、魔法使いもしくは魔法具で武装した警察官だった。
会議室の前方に大きなスクリーンが設置してあり、多くの少女の写真が投影されていた。
その中に、見知った亜麻色の髪のほんわかした表情の女の子の顔がある。
幼馴染であるレイナの写真だった。
「れいちゃん……」
無意識にこぶしを強く握りしめていた。
「スクリーンに映ってるのが、現在行方不明になっている子たち。……私が知ってるよりも増えてるわね」
あとで教えてもらったのだけど、ヒメノと同じ学校の生徒も行方不明になっているらしい。
「現在、捜索願いが出ているだけで50名以上の行方不明者が一晩で出ています。これほどの規模の誘拐事件は過去に例がありません。被害者たちには特に接点なし。共通しているのは若い女の子であるという点ですが、誘拐事件の対象は非力な子供か女性であることが多いのでそれだけで特殊とは言えません」
すらすらと公安の山田さん(仮)が説明してくれた。
「犯人は例の『紅の血』って犯罪組織なんですよね? 潜伏先は見つかっていないんですか?」
「残念ながら……。そもそも連中が日本に入ってきていることも、偶然やつらの末端構成員の一人が別件で逮捕されたことで発覚しました。目的も不明で、東京を拠点にするためだとも予想されていましたが、これほどの規模で目立つ事件を起こすとなると別の目的があるのではないかと……」
その時、会議を仕切っていると思われる警察の偉い人がマイクの声を張り上げた。
「いいか! これほどの人数の誘拐だ! 隠し通せるはずがない! 絶対にすぐ見つかる! もしも人身売買目的なら国外へ運ばれる恐れがある! 臓器売買目的なら一刻の猶予もない! そんなことになったら、諸外国の笑いものだ! 草の根を分けてでも連中を探し出せ!!」
「「「「「「「「「「はいっ!」」」」」」。」」」」」
警察官の人たちが力強く答える
(人身売買……? 臓器売買……)’
ざーっ、と全身の血の気が引く気がした。
そのあと沸騰しそうなほどの怒りで身体が震える。
もしも、レイナに何かあったら……。
――その犯罪組織を皆殺シニシテヤル。
「マホヨ、落ち着いて」
「……ごめん、ヒメノ。もう大丈夫」
気がつくと殺気混じりの魔力を放っていたらしい。
会議室の後ろの方に座っていた警察官さんたちが少し驚いた顔で振り返っている。
「では、解散!!」
号令とともに警察官たちが会議室を出ていった。
これから聞き込み捜査や、魔法を使った捜査をするのだろう。
私とヒメノが会議に参加したのは最後の方だけだったけど、理解したことが一つ。
(まだ何もわかっていない……)
当然と言えば当然だ。
誘拐事件が発生したのは、昨晩。
発覚が今朝。
そして、今はまだ午前中なんだから。
ほとんど情報は集まっていない。
「光の魔法少女牧真マホヨさん、魅惑の魔法少女桃宮ヒメノさん。あちらにいる渡辺管理官が、本対策会議の責任者ですので挨拶をしておきましょう」
「わかりました」
「いこうか、マホヨ」
私とヒメノは公安の山田さん(仮)についていく。
渡辺管理官という人は、忙しそうに書類に目を通したり部下に指示を出していた。
「渡辺管理官、少しお時間よろしいですか?」
「なんだ? 緊急の要件か? 今忙しいんだが」
煩わしそうな返事が返ってきた。
「光の魔法少女牧真マホヨさんと魅惑の魔法少女桃宮ヒメノさんに今回の事件の情報を共有いたしました。公安では彼女たちと連携を取っていこうと思っています」
「牧真マホヨです、よろしくお願いします」
「桃宮ヒメノです」
私とヒメノが挨拶をしたけど、相手からの返事は冷たいものだった。
こちらを見もしない。
「わかったわかった。情報が入れば、公安には情報を渡すからあんたから共有すればいいだろう。こっちは忙しいんだ。余計な時間を取らせないでくれ」
「警察と魔法少女で連携は不要ですか? 『紅の血』には、多数の怪人が所属してると聞いていますが」
「魔法少女なんてまだ子供だろう? 足手まといだ。公安のように人手が足りないなら、別だろうけどな」
「……わかりました。では、公安は独自で動かせていただきます。お忙しいところありがとうございました」
山田さんは深く頭を下げた。
渡辺管理官という人は、ずっと書類を見ていてこっちを一度も見なかった。
◇◇◇
「申し訳ありません、不愉快な思いをされたと思いますが一言挨拶しておかないと後々面倒になるもので……」
会議室を出るなり山田さんに謝られた。
彼はまったく悪くないのに。
「いいですよー、私は知ってるんで。マホヨ、さっきの渡辺っておじさん魔法少女嫌いでさー。気にしないでね」
「別にいいよ。レイナが見つかれば。あの人、仕事はできるの?」
「優秀ですね。やや功を急ぐ傾向にありますが、これまでの実績は確かです」
「確かに仕事はできるよねー、あのおっちゃん。性格悪いけど」
「ははは……、手厳しいですね」
山田さんが苦笑いした。
そっか。
できる人がこの事件の指揮をとってるなら、それはありがたい。
魔法少女に対しては、あまり協力的じゃないみたいだけど。
「ところでマホヨさんは、今回の事件の容疑者である『紅の血』についてはどの程度の知識をお持ちですか?」
「それは……ほとんどないです」
「なるほど、じゃあ公安が持っている情報を共有しますね。こちらへどうぞ」
案内されたのは、殺風景な小さな会議室だった。
机と椅子があるだけ。
私とヒメノは隣り合って座った。
「パチン」と山田さんが指をならすと、白い壁に文字と写真が映し出された。
そこには犯罪組織『紅の血』の詳細プロフィールが載ってあった。
・規模、構成人数
・若頭、幹部の名前
・武装情報
……などなど
確かに規模は大きい。
けど、そこまで危機感を覚えるほどじゃない。
ただ気になる箇所はいくつかあった。
「首領の名前は不明なんですね?」
「ええ、先代のボスは数年前に急死しており、現在は新しい首領が就任しているはずなのですが、まったく姿を表さず名前、性別、全て不明です。組織を仕切っているのはNo.2である若頭の『黒崎デイビス』ですね。こいつは以前はアメリカの魔法省に勤めていましたが、横領がバレて逮捕される前に逃亡しました。どうやら犯罪組織に身を落としていたようです」
「魔法使いの犯罪者かー、やっかいね……」
ヒメノがぼやいた。
(こいつが、レイナの誘拐を指示したヤツ……)
私は写真に映る男の姿をしっかりと記憶した。
他に気になる箇所と言えば……
「てかさ、この組織怪人に乗っ取られてない?」
ヒメノが気になっていた箇所をずばり、指摘した。
そう、幹部連中がほぼ『怪人』に占められている。
ちょっと、不自然なくらいに。
そして、数年前にボスが代替わりしたという話。
怪しい。
「おっしゃる通り、数年前はそこまで大きな組織じゃなかったのがボスが代わって以降、急成長を続けています。特に怪人の戦闘員が加わりだしてから暴力性が増していて海外では危険視されていましたがなぜ日本にやってきたのか……」
山田さんが眉間にシワを寄せてぶつぶつと言っている。
「今わかってる情報はこれくらいね、マホヨ。これからどうする?」
ヒメノが尋ねてきた。
「そうね……私は戦うことしか能がないから、怪人の居場所がわかれば急行するけど隠れている犯罪組織を見つけ出すなんてできないし……」
私は下唇を噛んだ。
魔法少女は、基本的に『事件の後から』やってくる。
助けを求められて現れる存在だ。
親友が事件に巻き込まれてすら……。
「そこで私の出番ってわけ☆ 任せといてよ、マホヨ」
ヒメノがぱちん、とウインクした。
「あんた、まさか……」
私はヒメノの狙いに気づいた。
魅惑の魔法少女桃宮ヒメノが専門は、囮捜査。
犯罪組織に潜入するのを得意としており、しかも今回の犯罪は誘拐事件。
「東京の犯罪者たちのたまり場は把握しているから。私が魅了魔法を使いながら『攫われた子を探してるんです……』とか言いながらウロウロしてたらあっちから釣れるでしょ」
簡単でしょ? とでも言いたげにヒメノが言う。
「桃宮さん、今回の相手は危険です。貴女の魔法の実力は存じていますが、相手は堕ちたとはいえ魔法使いです。魔法の扱いについては、魔法少女よりも魔法使いが長じていることは知っているでしょう?」
そう。
魔法少女は魔法に疎い。
いや、正確には魔法少女は魔法を『感覚』で使っている。
変身をして、魔法名を唱えると『必ず魔法が発動する』のが魔法少女。
つまり『どうして魔法が発動するのか?』を魔法少女は理解していない。
女神様の加護によって、魔法の発動が保証されているから。
結果、魔法の不発のない強力な魔法使いでありながら、自分がどれくらい強いのかは把握していない歪な存在が魔法少女。
いずれ魔法少女を『卒業』すると、魔法の力を失う魔法少女は魔法の仕組みを習う機会はほとんどない。
そのため、怪人の相手なら魔法少女は無類の強さを誇るけど、本職の魔法使いには及ばないというのが一般的な説だ。
だからヒメノの作戦には賛成できない。
私と山田さんの意見は一致している。
しかし……。
「じゃあ、他にいい案ある?」
「「……」」
ヒメノの言葉に、私たちは黙るしかない。
実際、犯罪組織の糸口が掴めていない今、積極的に情報を集めようとするヒメノの案は合理性があるように思える。
けど、ヒメノは大切な友達だ。
いくら親友のことが心配でも、友達の危険を見過ごすことは……。
「マホヨ。攫われた子がいつまで無事かわからないの」
「っ!?」
その言葉に背筋が寒くなる。
そうだ。
すでに誘拐されてから、何時間経っているかもわからない。
こうしている間にも……。
「山田さん、私に『GPS発信機』をつけてください」
「ちょっと、ヒメノ。そんなもの持ってるわけ……」
「一応、ありますけど」
あるんかい!
GPS発信機を持ち歩いてるって……。
公安の人には普通なのかな。
ヒメノは山田さんから、ボタンくらいの大きさの魔道具を受け取っている。
シールが付いているようで、襟の裏に貼り付けていた。
「じゃあ、行ってこようかな。とりあえず、地元の港区から攻めてみようっと」
ヒメノはもうやる気のようだ。
「ねぇ、ヒメノ。本当にいいの……?」
「大丈夫だってー。もし、私がピンチになったらマホヨが駆けつけてくれるでしょ?」
信頼しきった目で見つめられた。
一切の疑問のない、まっすぐな視線。
「当たり前でしょ。1秒でかけつける」
「あはは、じゃあ心配ないね。山田さん、空間転移で送ってください」
「……わかりました。公安の者に尾行させますが、くれぐれも無理はなさらないように」
山田さんもヒメノの決意が固いと察したのか、反対はしなかった。
「じゃ、いってくるね☆」
ヒメノは私に笑顔を向ける。
こうして、大量誘拐事件の犯人の手がかりを掴むための捜査が始まった。