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文学

ブサイクデレラ

作者: 緋西 皐

「ああ、ヒールなど落とさなければよかった」


 舞踏会と午前0時の秒針から逃げ去って屋根裏部屋。いつもの私に戻り、整わない息と震える脈拍を抱いて横になる――――今日は眠れるわけがない。王子様と会ってしまったせいだ。


 王子様はお姉さま方や町の方々の評判ではとても聡明で品のある美男らしく、その聞き伝えだけでその姿を一目見てみたいとずっと想って虜にされてしまうほど。だから舞踏会への招待が届いたとき、ほとんどの女性が好奇心や妄想的な運命感に心を浮つかせていました。

 もちろん私もそうで、いえ、私の場合は酷く夢心地だった。この貧相な身分で横暴な感情のままとても人には見せられないドレスを作ったり、気味悪く踊る練習などしてしまうのは私だけだろう。

 でもその心はお姉さまに笑われ、ドレスを破かれ、心が折れても消えることなく、むしろ強い感情に変わっていた。ここまで夢に尽くした気持ちだけで、塀の外からでも、窓からせめて王子様の影だけでも見ようと歩いていた。

 そんな馬車に弾かれた泥を浴び続ける葉のような私の前に、魔法使いのおばあさまが現れ、「悲惨な娘に祝福を」と魔法のドレスを着たとき、その肌触りの心地よさに身を染めたとき、私はその運命は確信した。


 王子様はお姉さま方が仰る通りにとても聡明で品のある美男でした。実際に一目見れば本当に輝かしく、身体の内から何かほのかに熱くなって自分を抑えられなくなるくらい。町の人たちの病的な噂は真実だった。疑う隙も無いほど彼は美しい。

 だから訪れていた女性方々は特別なドレス、お化粧はもちろん、会ではより一層礼儀を尽くし、自分を綺麗に見せていた。彼と親密になりたい。その気持ちはきっと世界中のどんな女性であっても同じだろう。噂だけでも心を浮つかせ、一目すれば狂気に変わって。

 あの場では誰が一番感情的かをアピールしていて、もう戦場だった。それはもう王子の魅力では隠しきれない殺伐さだった。違う、むしろその魅力が起爆剤で――――周りとは違うって結構自信があったのに、会場に地雷が埋められていたのか、そんな萎縮で私は身動き取れなかった。

 熱烈な人たちはまるで飢えた獣も絶句する程、王子様にアプローチしてるのに、私は彼と一言も話せず針を跨ぐのだと棒立ちで、でもその姿を見られるだけでも私は嬉しかった。他の人と、私よりも何もかもを持っている綺麗な人と、少しばかりぎこちなく、吐きそうな青い顔、丁寧に会話する彼を私はただ眺めて満足を固めていた。なのに――――彼は私を見つけると獲物を見定めた獰猛類のようにこちらへ歩いてきた。

 凄く近かった。そして勢いも凄かった。決して逃がさない、目も離させないとする彼の眼光と圧力に、嫉妬や野次を飛ばす会場の声も聞こえなくなった。一言くらい話してみたいとは思っていた、眺めているときはそうだった、ただこう詰められると言葉を発すことはできなかった。そもそもその狭い隙間にあった彼の生暖かい声はもはや、野生動物の喘ぎだった。言語とは受け取れなかった。

 

 それからはなるがままに時間は進み。もう時間感覚も忘れるほど彼と私は高揚のままに色々として、最終的に個室へ行った。もうなるようになるだけだった。

 魔法が解けるとかちょっとだけ気にしていたけど、彼の熱は解けたところで冷めるものじゃないとどこかわかっていた。だから何も考えず想いのままに、彼と過ごしていた――――個室の鏡に映る自分を見るまでは。

 

 今まで火照っていた身体は一気に冷め、内臓が全てなくなったのか息は透明だった。「私は死んでるの?」って鏡は知らない幽霊を映していた。

 魔法使いは私にドレスをくれた。ガラスのヒールもくれた。馬車で送ってもくれた。私は麗しきどこかのお嬢様だって思ってた。なのにそれが全て噓なのか、それとも鏡に魔法がかかってるのか、鏡に映るその顔は――――ブスだった。蛙と馬糞を混ぜたような面だった。

 信じられない現実感に私は狼狽えていた。鏡は酷く震える誰かを映し、私の感覚もそうだった。鳥肌に覆われドレスの肌触りは泥濘のようで、現実を直視できない。

 こんな姿で私は浮ついていた。調子に乗っていた。そんな愚かさなのかわからない何かが私を生きたまま殺そうとしていた。むしろその意志を奪って忘れてくれても良かった。幽体離脱してしまえばよかった。

 けれどそれは許されなかった――――彼が後ろから抱き着いてきた。私を離さないとそれは強く熱く。

 でも一体だれを愛しているのか。私には理解できない。今までの彼の温かさも酷く火傷しそうで、反射的に私はそれを振り払った。彼はその反動で壁に頭をぶつけ、驚きつつも何故か微笑む姿がまた鏡に。

 この男――――ブス専だ。同時に確信して身の毛がよだつ恐怖が私を襲った。彼は「どうしたんだい? マイドリーム」と気色の悪い言葉を発してまた私に抱き着こうとしてきた。ここで捕まったら人生が終わる――――私はとっさにその優しくも重苦しい笑いを引っ叩き、そのままに走って逃げた。

 迷わず彼は追ってきて私はガラスのヒールを彼の頭に投げてぶつけ、必死に逃げた。「ナイト! ドリームを追え!」困惑しながらも捕えようとしてくる騎士から身を隠し――――早く魔法が解けてと懇願して運命の鐘が鳴り止んだ。



 美しくもブス専の王子。獰猛な美女。殺伐とした戦場。ああ、あそこにはもう行きたくない。終わってみてこう疲れて我に返り、参加者らのほとんどはそうやってこの深夜を眠るだろう。それで諦めて、また明日から日常に。

 でもガラスのヒールを落としたのは私だけ――――私だけが彼に追われる。あの王子はそういうタイプだ。また脈が荒げてくる。断じて恋愛感情からきてるわけじゃない。残酷にまでわかる生命の危機、そして嫌悪だ。

 あれからきっとまだ魔法が解けていないのだろう。まだ息は整わない。


――あとがき――

ちなみにこの後、主人公は魔法使いと再会し交渉されるらしい。「また魔法かけてあげるから王子と付き合って、王子からお金とか貰えるだろうから、その一部はちょうだいね」と。

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