6話 人間発見!
「最近、クマ子、あんまり姿を見せないねぇ。やっぱりカレシができたせい?」
彩良は川でパジャマとパンツを洗濯しながら、それを見守っているウルに声をかけた。
意味がわからないのか、ウルはどこか遠い目をしたまま何の反応もしない。
今日は朝から晴天で湿気も少なく、洗濯日和だ。
パジャマを脱いで素っ裸で洗濯することも、いつの間にか恥ずかしいと思わなくなってしまった。
だいたいこのひと月半、人間には一度も遭遇しなかったのだ。
おそらくこの森にはいないのだろう。
動物相手に裸を見せて恥ずかしがるのもおかしな話だと、そこは開き直ることにした。
青空の下、素っ裸でいると、人間としての尊厳を忘れてしまった気がしないでもないが、その反面開放感があって、慣れると実は気持ちよかったりする。
(どっかの国ではヌーディストビーチっていうのがあるって聞いたことあるもんね。それとおんなじよ)
彩良がフンフンと鼻歌を歌いながらご機嫌で洗濯を続けていると、不意に木立がざわめく音が聞こえてきた。
森の方を振り返ると、風もないのに木の枝が揺れ、一斉に鳥たちが大空に飛び立っていく。
この森で生活を始めて以来、こんな風に騒がしいのは初めてだった。
「何かあったのかな……?」
彩良がつぶやくと、同じく森の方に視線を移していたウルが振り返った。
「どうしたの?」
ウルはゆっくりと近づいてくると、飛びつくように彩良の両肩に前足をかけ、それからペロッと唇を舐めてきた。
「もう、どうしたのよー。甘えてるの?」
彩良がくすっぐったさに笑うと、ウルはさっと身を引き、悲し気な目でじいっと見つめてきた。
それから、ウルは一歩後ずさりした後、身をひるがえして上流の方へ走っていってしまった。
「ウル、どこに行くの!? 戻っておいで!」
追いかけようと彩良はあわてて立ち上がったが、その拍子に洗濯中のパジャマのズボンが手から滑り落ちてしまった。
「ああー!! あたしの一張羅がー!!」
先日のイノシシのおかげで毛皮のスカートくらいは作れそうだったが、それでもこの生活において、コットン生地のパジャマは貴重だった。なにせ身体を洗うのにも使えるものなのだ。
今はウルよりパジャマのズボンの方が優先。
彩良は川を流れていくパジャマを追おうとしたが、突如聞こえてきた地響きに森の方を反射的に振り返っていた。
その地を揺るがすような音はこちらに向かって近づいてきている。
「え、なに……?」
ややあって森の茂みの中から飛び出してきたのは、恐ろしい勢いで走ってくるクマ子だった。
彩良が唖然と見つめる中、クマ子は目の前で急停止すると、森を振り返って歯をむき出しに威嚇を始める。
いつもノホホンとしていて、ゴロゴロしてばかりいるクマ子。こんな風に野生そのままの姿は見たことがなかった。
さすがの彩良も何かが起こっていると直感的にわかる。
「川岸だ! 全員展開して回り込め!」
久しぶりに聞く人間の言葉――しかも日本語だ。
クマ子を追うように十頭ほどの馬が森から姿を現した。その背には金属の鎧を身に付けた兵士のような男たちがまたがっている。
瞬く間にクマ子と彩良を取り囲み、ある者は弓を構え、ある者は長い剣を向けてきた。
彩良は考える間もなくクマ子の前におどり出ていた。
通せんぼするように両手を広げて、騎馬の兵士たちの前に立ちふさがる。
「クマ子を傷つけないで!」
「小娘、邪魔だ! どけ!」と、弓を構えた男に怒鳴りつけられた。
「クマ子、逃げて!」
彩良が後ろのクマ子をチラリと振り返ると、クマ子は川に飛び込んで、勢いよく対岸に駆けて行く。
「あの子は身体は大きいけど、人間を襲ったりしない! だから殺さないで!」
彩良が男たちに訴えると、クマ子がすでに手の届かないところまで逃げたのか、あきらめたように武器を下ろし始めた。
「どうだ、仕留めたか?」と、兵士たちの背後から男の声が聞こえたかと思うと、黒毛の馬に乗った青年が囲みを割って姿を現した。
歳は彩良よりいくつか年上で、輝くような金髪の巻き毛に青い瞳、抜けるような白い肌の麗しい青年だった。
深紅のロングジャケットに足にぴったりの白いパンツ、肩から羽織る黒いマント姿は物語に出てくる騎士か貴族のよう。
(イケメン、キター!!)
次話に続きます!