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5話 イベント発生はまだですか?

 朝日が昇って目が覚めるたびに、洞穴の壁に『正』の一画を炭のかけらで書く。それが彩良の日課だ。


「一、二……」と数えて、六つあることに気づいたその朝、彩良は愕然(がくぜん)として炭をポロッと取り落としていた。


「あ、ありえない……。こっちに来てひと月も経つのに、イベントが発生しないとか。冗談じゃないわよー!!」


(……いや、まあ? こんな生活をしながら、生き延びられてることを褒めてあげる方が先かもしれないけど)




***




 このひと月を振り返ってみれば、次から次へとやってくる動物たちの貢ぎ物(たいていは食料)のおかげで、彩良はひもじい思いをすることはなかった。


 住居はクマ子が見つけてきてくれた洞穴(ほらあな)を異世界生活五日目にして確保。

 今の時期はほどよく暖かく、パジャマ一枚で過ごしてちょうどいい気候だ。

 しかし、雨が降ったり、これからもしも冬になったりしたら、野宿というわけにはいかない。

 やはり屋根のある住居は必要だった。


 洞穴住居はそれなりに広く、奥に入れば入口から風も入って来ない。

 夜はウルとクマ子のモフモフ毛皮にはさまれて、お布団いらずの最高の住居だ。


(……最高? 洞穴が?)


 彩良の頭にそんな疑問がふとよぎるが――


(いやいやいや! このナイナイづくしの生活の中で、天気の心配をしないで寝られるのは最高じゃないの。贅沢は敵よ!)


 衣食住、残る問題は『衣』だった。


 受験で使ったばかりの中学の歴史の教科書を思い出してみても、衣服というのはかなり昔から『織物』だった。

 材料の綿花や麻(どんなものか知らない)も見つからないし、たとえ見つかったとしても、そこから糸を作る方法がわからない。

 モフモフの毛皮を持っている動物もいるが、毛を刈り取ったところで同じ問題が発生する。


 さらに昔にさかのぼって、『毛皮』というものも思い付いたが、服のために動物の皮を剥ぐのは心が痛む。

 葉っぱで大事なところだけを隠すレベルまで落としてしまったら、何か人間として大切なものを失ってしまいそうだ。


 結局のところ、今着ているパジャマを洗いながら大事に着る、という結論にしかたどり着けなかった。




***




 サバイバル生活といっても、毎朝川へ顔を洗いに行って、夜寝るまでの間、特に何かしなければならないというものはない。学校もないし、娯楽もない。意外と時間があったりする。


 その時間を利用して、彩良は割った石でナイフを作ってみた。


 包丁ほどの切れ味はないが、それでも薪用の枝を切ったりするには充分使える。

 ススキのような細い茎の植物を見つけたので、それを切り集めてムシロも編んだ。

 洞穴の入口にかけたりゴザにしたりすると、洞穴住居も少しずつ快適さが出てくる。


 ウサギや鳥、イノシシなどの貢ぎ物も、最初は抵抗があって、ウルを始めとする他の肉食獣に食べてもらっていたが、魚と果物も十日も食べ続ければ飽きてくる。


 やがて『鳥くらいは食べてもいいかなー』と、羽をむしってナイフを使って内臓を取り出し、肉の部分を火で(あぶ)って食べるようになった。


 そのおいしさにハマって、最近ではウサギにまで手を付けるようになっている。そして、剥いだウサギの毛皮は集めて、いずれは服を作るつもりだ。


 どうやら『生きるため』という大義名分の下では、かわいいウサちゃんでさえ食料と服の材料にしか見えなくなるらしい。


 とにかくこんな生活にも慣れてきたし、今後の見通しもある程度立てられた。


 しかし、一向にイベントが発生しないのはどういうことなのか。


 このひと月で色々な動物と仲間になり、ずいぶん大所帯になってきた。いちいち名前も付けなくなってしまうレベルだ。


 これでもまだ戦いに向かうには仲間が足りないというのか。


「動物の仲間もいいけど、そろそろ人間ともおしゃべりしたいなぁ」


 動物たちに彩良の言葉は通じるようだが、返事はいいところ『はい』か『いいえ』程度のジェスチャー。会話をするところまではいかない。

 いつも彩良が一方的に話をするだけの関係だ。


 そもそもそんなことを思い始めたのは、クマ子を始め、何匹かの仲間がいつの間にかカップルになっていて、そのパートナーを紹介しに来るようになったからだった。


 もちろん彩良は「おめでとう」と喜んであげるが、同じ種族同士仲良くしている姿を見ると、少し淋しくなってしまう。


(あたしだって、別にカレシじゃなくていいけど、せめて話ができる女友達くらいほしいよ)




「ウルはカノジョ作らないの?」


 彩良は洞穴の前で夕食用の火をおこしながらウルに聞いた。

 そういえば、ウルからはまだ紹介されていなかったのだ。


 隣でお座りをしていたウルは、ペロリと彩良の唇を舐めてくる。


「ウルまでカノジョとイチャラブ始めちゃったら、あたしは淋しいよ」


 ウルを見ると、どこか悲しそうな目をしていた。


「もしかして、内緒のカノジョがいるの!?」


 ウルはあわてたようにプルプルと首を横に振る。


「よかったぁ。独り者同士、これからも仲良くしてね」


 ふと気づくと、先ほどまですぐそばで寝ていたクマ子がのっそりと起き上がるところだった。意味ありげにウルと視線を交わした後、森の方へ歩いていく。


(ご飯を探しに行ったのかな? 今夜は異世界生活ひと月のお祝いに、初挑戦のイノシシをみんなで食べようと思ってたのに)


 それきりクマ子は夜になっても戻ってこなかった。


 彩良はこちらに来て初めてクマ子のモフモフベッドなしで眠ることになり、なんだか寒々しい夜を過ごした。

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