4. お断りしたかったのに!
その後、無事に(死んでいないけど)息を吹き返したお父様は、目を覚ますなりとんでもない事を口にした。
何故か私がアーネスト殿下にプロポーズされてしまったので、
王家と縁が出来るぞ! と、この話に大喜びで乗っかるのかと思っていたのに……
「で、で、で、殿下!! この破壊魔に王子妃は務まりません! 間違いなく王宮の物を破壊して回ってしまう事でしょう!! 我が家は貧乏伯爵家! 請求書を送られるのだけはご勘弁を願いたいのです……!!」
(なっ……!)
お父様ーー! また、それなの?
眼鏡があれば大丈夫だと言っているのに。
それと、もっと心配するべき事があるでしょう!?
と、言いたい。
だけど、お父様は何よりも請求書が怖いらしい。(貧乏だから)
ちなみに、アーネスト殿下がお父様のその叫びを聞いて、再び盛大に吹き出したのは言うまでもない。
◇◇◇
ああ、困ったわ。
会話の切り出し方が分からないわ……
「……」
せっかく目覚めたのに再び興奮してしまったお父様を休ませている間、殿下と二人で王宮の庭を散策して過ごす事になってしまった。
なので先程の謎の求婚……に、お答えしないといけない。
(えぇい! ままよ! いくわよ、私!)
私は思い切って口を開いた。
「え? 断りたい?」
「はい。不敬を承知で申し上げます。私は殿下の妃にはなれません!」
「どうして?」
「ど……!」
私は首を撥ねられる覚悟でそう口にしたというのに、当の殿下は怒る事も無くただ純粋に何故? と、首を傾げて聞いて来た。
その仕草と表情が妙に可愛くて胸がキュンとしてしまったわ。
やめて、その母性本能をくすぐるかのような表情は反則よ……!
「……っ」
ちょっと変な方向に心が傾きかけたけれど、ここは気持ちをはっきりと伝えなくてはいけない。
「我が家は中流の(貧乏)伯爵家ですわ。王家に嫁げるような身分ではありません。領地だって……」
「そう? さすがに平民は難しいけど、それは別に問題では無いよ。それにトリントン伯爵家はどこの派閥にも属してないからむしろ、大歓迎」
「ぐっ!」
──お父様! なぜどこの派閥にも属していないのですか!!
心の中で文句を言わせてもらう。
ダメだわ。トリントン伯爵家のダメな所をあげてもどうにかなる気がしないわ。
それならば仕方ないわね……
出来ればこれだけは言いたくなかったのだけれど……
「……です」
「ん?」
自分で自分を下げるような事柄はあまり言いたく無かった。
でも背に腹はかえられない。だからここはビシッと言わせてもらうわ!
「私は眼鏡です!」
私は顔を上げて元気よくそう告げた。
「め……?? …………えぇと?」
「?」
──あれ?
殿下がちょっと眉間にしわを寄せて変な顔になってしまった。
……そうね、勢い余って私も言い方がおかしかったかもしれないわね。
何だか色々足りなかった気がする。
「えーと……殿下も見てお分かりだと思いますが私は眼鏡を掛けています」
気を取り直して言い直してみた。
「あぁ。うん、そうだね」
「そこでです、殿下! この眼鏡の私を見て、何か思いませんか??」
「可愛い! とっても似合ってる!!」
何故か、アーネスト殿下が満面の笑みで即答した。
「!?!?」
その突飛な返答に私は言葉を失う。
今、なんて……?
この王子様はいったい何を言い出してしまったの!?
「にあ……にあっ!?」
「どうしたの? 猫みたいな鳴き声出して」
アワアワする私に不思議そうな顔をする殿下。
どうやら、この方は今の自分の発言の威力が分かっていないらしい。
「そ、そ、そうではなく……て……眼鏡を客観的に、見て、ですね……」
「え? あぁ、そういう話? それなら視力が悪いって大変そうだよね、かな」
「視力!」
殿下は全く邪気の無い顔で答えた。
……力が抜けるじゃないの。
でも、そうなのよ! 大変なの。分かってくれるのねー……
──って、そうではなくて!
お父様もお母様もお姉様も妹も……みんな、この眼鏡のせいで私の表情が分かりにくいと口を揃えて言っているのに……!
婚約者だったロビン様には、そんな理由で婚約解消されているのに!
この方はそうは思わないの?
可愛いとか似合ってる……なんて……おかしいわ。
私は盛大に混乱した。
「クリスティーナ嬢、君は思い違いをしているよ」
「思い違い……ですか?」
その言葉にドキッとした。
アーネスト殿下は、まるで私の心を読んだかのように言う。
「君の表情はいつだってすごく表現豊かだよ。その眼鏡があっても無くてもね。だから、僕は眼鏡の有無なんて一切気にならないんだよ」
「!!」
(眼鏡が気にならない?)
は、初めてそんな事を言われたわ……!
そして、それはまさに私が求めていた言葉そのもの!
(ようやく……ようやく出会えたわ……)
──って、待って!
ちょっと思わぬ発言にときめいてしまったけど、ダメよこれはダメ!
相手は王子様。
無理よ! どう考えても無理! 私がこの方と並ぶなんて無理。
だって想像してみて?
このキラキラ王子と地味眼鏡の私が並ぶ……ほら、どう想像しても不釣り合い過ぎるわ。
「クリスティーナ嬢」
「は、はい」
「君の事が好きだから求婚した、そう言っても今の君は信じてくれなさそうだ」
「あ、」
思わず当たり前です!
と、答えそうになってしまった。
それよりも、アーネスト殿下は本気で言っているの?
胸がドキドキする。だって、嘘でも男性にそんな事を言われたのは初めてだったから。
(ロビン様からは、愛の言葉なんて一度も言われた事が無かったわ……)
「……まぁ、それは仕方ないよね。なら、僕にもう少しだけチャンスをくれないかな」
「チャンス、ですか?」
この方、今度は何を言い出したの?
私が首を傾げていると、殿下はさらに続けて言う。
「お試し期間を設けて欲しい。とりあえずしばらくは僕の婚約者候補って事で僕と一緒に過ごしてもらう。それから僕の求婚を受けるかどうか決めてくれないかな。それならどう? 少しは考えてくれる?」
「!」
殿下の顔はまるで捨てられた子犬のような顔をしていたので、私は「それもお断りです!」と言いたくても言えなくなってしまった。
「……お、お試し期間を経て、やっぱり無理です! と言っても私の首を撥ねないでいてくれますか??」
「く……びを!?」
「はい……」
ブハッ
またしても殿下が吹き出した。
「ははっ……な、何でそうも物騒な方向に思考が行くのかなぁ?」
「こう見えて、わ、私だって命は惜しいのです」
首を撥ねるとかそんな事を言い出す方には見えないけれど、念には念を入れておきたい。
「あははは、命なんて取らないよ! だって、せっかく…………た……のに」
「え?」
後半がよく聞き取れなくて顔を上げたら、眼鏡越しに殿下と目が合った(気がした)
「で、でしたら……き、期間はどうするのです?」
「期間?」
私は何だか気恥ずかしくなってしまい、殿下から目を逸らしながら尋ねた。
「いつまでも、ダラダラとお試し期間などと言って婚約者候補でいたらお互いによくありません」
「あー、まぁ、それはそうだね……」
アーネスト殿下は、うーんと考え込む。
「なら、三ヶ月後のクリスティーナ嬢の十八歳の誕生日。そこを期限にしようか?」
「え?」
「駄目かな? 区切りとしてはちょうど良いと思うのだけど?」
「駄目……ではありませんが……」
何故、殿下は私の誕生日を知っているのかしら?
そんな疑問が頭に浮かんだけれど、きっと今回私を呼び出すにあたって色々調べたからに違いない。
と、勝手に納得する。
「それじゃ、決まりだ。三ヶ月後に良い返事を期待してるよ、クリスティーナ」
「!!」
殿下は嬉しそうな顔でそう言って、私の手の甲にそっとキスを落とした。
───私の誕生日まで約三ヶ月。その日までに私は答えを出さないといけない。
(断るはずだったのに、うまく丸め込まれた気がする。私がチョロいだけ?)
せっかく初めてこの眼鏡姿でも構わないと言ってくれた人が現れたのに……
困った事にその人は私とはまるで釣り合いの取れないこの国の王子様だった。