2. なぜか届いた王家からの手紙
もう婚約者探しは諦めた方が……
だいぶ投げやりになっていた私の人生が大きく変わったのは、先日行われた王宮主催の舞踏会……またの名を第一王子ヴィルヘルム殿下のお妃探しとも言われた催しに参加した後のことだった。
◇◇◇
「クリスティーナ!! 大変だ。王家から手紙が来ているぞ! お前はこの間の舞踏会で何をしたんだ!?」
ものすごい剣幕でお父様が私の部屋に駆け込んで来た。
「はい? 何を言っているのですか? お父様」
「えぇい! 何をすっとぼけた返事をしてるのだ!」
「だって……」
本当に心当たりが無いんだもの。
「そうだ! あの日お前は会場で眼鏡を壊したと騒いでいたな」
「ええ。大事な大事な眼鏡が残念な事になってしまいまして仕方なく、途中からボンヤリした視界のまま参加しましたが」
あの日の舞踏会は、お父様とお母様、お姉様と私が参加した。
社交界デビュー前の妹は留守番だった。
会場に着くなり挨拶回りに出たお父様とお母様と離れ、お姉様はチヤホヤされる為に男性陣の輪の中へと向かい、それぞれが好き勝手に行動をしていたのだけど……
私は私で新たな婚約者候補を探そうと思いつつも、会場内の美味しそうな料理に気を取られ見とれていたら、人にぶつかってしまい眼鏡が落ちてしまい、そのまま踏まれてしまった。
…………あれは、本当に散々だったわ。
もう人の顔も分からないから、婚約者候補も探せないし。
せっかくの美味しそうな料理も何が何だか分からなくなった。
まぁ、だから私はこっそり一人遊びをして過ごす事にしたのだけれど。
「そうか! さては私が目を離した隙に、何か粗相をしたんだな!? グラスを割るとか……皿を割るとか……花瓶を割るとか……これはその時の請求書に違いない!!」
「なぜ、全て割っている事限定なのです?」
「前科があるからだ!」
お父様は、きっぱりと言った。
「お前は眼鏡がないと屋敷の物を破壊して回るからな! だから眼鏡は常に外すなと厳命しているだろう?」
……そんな人を破壊魔みたいに言わなくてもいいじゃないの……
お父様ったら酷いわ。
よく見えないんだから仕方ないでしょう?
それよりも、『就寝時以外に眼鏡は絶対に外すな!』という命令はそこから来ていたのね……と今更ながら知った。
「と、とにかく違います! あの日はそんな事はしていません! さすがにそんな事をしていたらその場でお父様にちゃんと報告していますから」
「む、それもそうか……ならこれは何なのだ?」
私に分かるわけないでしょう……
「お父様。ここで、余計な議論をする前にさっさと開けてしまいましょう?」
「コホン……そうだな」
こうして、ようやく私とお父様は王家からの手紙を開封した。
「……どういう事だ!? やはりお前あの日に何かしたのだろう!?」
お父様は目を通したばかりの手紙を握りしめたままワナワナと震えている。
なんて事!
ますますお父様は混乱してしまったわ。
いえ、私もだけど。
何故ならこの王家からの手紙は要約すると、
《三日後、アーネスト殿下の元へ登城されたし》
と、書かれていたから。
何故、アーネスト殿下が出てきたの?
あの舞踏会は第一王子のお妃探しで第三王子のアーネスト殿下は関係無いはず。
(って、そもそも私が第一王子のお妃とかも有り得ないけれども)
だけど、全くもって意味が分からないわ。
「何故だ、何故だ、何故だ……」
手紙を読んだお父様の呟きも止まらない。
やだ、ちょっと怖いわ。私はお父様から少し距離をとる。
「クリスティーナはあの日、アーネスト殿下と交流があったのか?」
「まさか!」
私は全力で首を横に振る。
むしろ、あの日は眼鏡がダメになったせいで周りの人の顔すらも朧気よ。
誰がいたかも知らないわ。
「私は全力で壁の花と料理を満喫していたわ!!」
「それは誇らしげに言うことじゃないだろう!?」
お父様に呆れられた。
「あ……そう言えば」
そこで私はふと思い出した。
「“一人料理当てゲーム”をしている時に男性に話しかけられたわ」
「なに? それより、一人料理当てゲームとは何だ!?」
「近眼ならではのゲームですわよ、お父様」
私はふっふっふと得意気に答える。
だって視界がボンヤリしていてもう楽しむ方法がこれしかなかったんだもの。
「~~!? …………コホッ、それで……その男性とは何があった?」
一人料理当てゲームについて聞きたそうな様子だったけれど、思い直したお父様が先を促す。
「特に何も。何してるのかと、訊ねられたからゲームです、とお答えして邪魔しないで下さいませ、とその方を追い払ったくらいでしょうか」
「追いっ!? ……本当にお前は何をやっていたんだ……一人にするのでは無かった……」
お父様が私の答えに愕然とし、頭を抱えた。
もちろん、失礼にならないギリギリの態度で追い払ったわよ?
そこは心配しないで欲しいわ。
「それで? その男性は誰だったんだ?」
「知りません」
「は?」
「だから、知りません。相手も名乗りませんでしたし、私も名乗っていません」
「……」
お父様が一気に項垂れた。
あらあら大変。お父様ったら、この数分でちょっと老け込んだように見えるわ。大丈夫かしら?
「もういい。お前と話していると疲れる……とりあえず、どうしてこんな事になったのかは不明だが、三日後は登城するしかあるまい。準備をしておけ……」
「分かりましたわ」
私が何故、アーネスト殿下に呼び出されるのかしら??
どうせ、何かの間違いじゃないかと思うのだけど。
「あ、ねぇ、お父様! 王宮に行ったら美味しい料理が出されるかしら?」
「知らん! 何で呼ばれてるのかも分からんのに出るなんて言えるかっ!!」
「そう、よね……残念だわ」
私はガックリと肩を落とした。
───そう。この時の私はとってもとっても呑気だった。
だって、あの時の私には見えてなかったし本当に分からなかったんだもの。
あの日、すげなく追い払った男性が第三王子のアーネスト殿下、その人だったなんて。