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12. お姉様は敵に回してはいけない

 


 姉妹だから分かる。

 ボンヤリした視界のせいでその顔が見えていなくても、声だけで分かるわ。

 この声は間違いなくお姉様よ。だけど、何故ここにいるの?


「あら? ねぇ、そこの貴女、私達姉妹なのに久しぶりに会うのよ。だからね? もちろんクリスティーナと二人っきりで話をさせてくれるわよね?」


 お姉様がやたらと圧のある声でメイドに話しかける。


「え? ですが、そ、それは……」

「わ・よ・ね!?」

「ヒィッ……わ、分かりましたぁぁぁ。失礼しますぅぅぅ」


 さすが、迫力美人のお姉様。

 これも見えなくても分かる。あの有無を言わさない圧の笑顔で、あっさりメイドを追い払ってしまったわ。


(強いわ。そして相変わらず怖いもの知らず)


 ちなみにこんなのは、お姉様にとってはなんて事はない。

 お姉様は昔からこんな感じ。だから、お姉様は絶対に敵に回してはいけない!


「さて、クリスティーナ」

「お姉様……」


 二人っきりになった室内。

 お姉様が私の隣に腰をおろすと、ニッコリと微笑みかけたのが何となく伝わって来た。


「本当に本当にびっくりしたわ。アーネスト殿下からの求婚騒ぎがあったと思ったら、今度は突然のまさかのヴィルヘルム殿下との婚約話。何事かと思ったじゃないの」

「うぅ……」

「王子二人を手玉に取るなんてさすが私の妹! そう言いたいけど、全然幸せそうでは無いわねぇ」

「……私はお姉様とは違いますから」


 私の返しにお姉様は「ふふ、そうね! 私だったらこの状況を思いっ切り楽しんじゃうわよ!」と笑いながら言った。

 ……その通りだろうな、と思えるのだからお姉様はやっぱり強い。


「皆、心配してるわよ……お父様もね」

「……お父様は請求書の心配をしているだけではなくて?」

「ふふ、違いないわね、でも、それだけじゃないわよ? ちゃんとクリスティーナの心配をしているわ」

「そう……?」


 ヴィルヘルム殿下がお父様に何て話をしたのかは分からないけれど、あの日、王宮を訪ねてそのまま帰らせてもらえなくなったのだから、さすがに心配にもなる。

 

(お父様……また老けたかもしれないわね)


 頭の中に一気に老けたお父様の顔が浮かぶ。

 次に会う時はお祖父さんみたいになってるかも。


「──それで?」

「で?」


 お姉様の言いたい事が分からず首を傾げる。


「だ・か・ら!」

「?」

「クリスティーナはこのままヴィルヘルム殿下の婚約者になるつもりなの?」


 お姉様の声は茶化すでもなくとても真剣だった。これは真面目に聞かれている。


「……なりたくない」


 私がそう答えるとお姉様は、ふぅ……とため息を吐くと言った。


「そうよねぇ。だってあなた、ヴィルヘルム殿下ではなくてアーネスト殿下の事が好きでしょう?」

「!?!?」


 ドサッ

 お姉様のその言葉に私はコケてベッドからずり落ちた。


「な、な、な……!」

「何で分かるのかって? だってクリスティーナ、アーネスト殿下から求婚されて最初こそは困っていたけれど、段々毎日が楽しそうで笑顔が増えていったもの。わりと最後はノリノリで王宮を訪ねていたわよね? ちょっと太ってはいたけど」

「た、楽しそう? 笑顔って……」


 どうして分かるの?

 眼鏡を掛けていたから私の感情は伝わりにくいはずなのに。


(あと、太った事は聞かなかった事にさせて、お姉様!)


「分かるわよ! 眼鏡でよく分からなくてもクリスティーナが毎日楽しそうなのはちゃーんと伝わって来たわよ……なのに今、眼鏡の無いあなたからはそんな様子が全く伝わって来ないわねぇ」

「……」


 私は黙り込む。毎日が楽しくないのはその通りだから。

 起き上がってベッドに座り直すと、お姉様がさらに続ける。

 

「……クリスティーナ。実は昨日、アーネスト殿下が我が家を訪ねて来たのよ」

「…………え?」


 どういう事? 彼は今……どこで何を?


「アーネスト殿下は、ヴィルヘルム殿下にずっと監禁されていたらしいのだけど、大人しく従うふりをして抜け出す機会をずっと窺っていたみたい」

「え?」

「それで、昨日ようやくヴィルヘルム殿下の監視の隙を見てどうにか城から抜け出したんですって。あのキラキラ王子がボロボロだったわよ。でも、凄い執念よね」

「監、禁……? アーネスト……様が?」


 まさかヴィルヘルム殿下に監禁されていたの?

 そして、脱走? そんな危険を犯してまで、いったい彼は何を──

 困惑する私にお姉様は一通の手紙を差し出した。


「……?」

「アーネスト殿下からクリスティーナへの手紙よ。私は殿下に頼まれて今日これを届けに来た、というわけね!」

「え、あ……」


 手が震えてしまってうまく受け取れない。


「それと、もう一つ……クリスティーナの大事な大事な()()もね!」

「え?」

「ほら、顔を上げて?」


 コレと言ったお姉様は私に顔を上げさせた後、どこから取り出したのか、私の顔に眼鏡を装着させた。

 久しぶりに視界がクリアになったせいか、クラクラした。


「え? これ……」

「屋敷にあった予備の眼鏡よ! どうせ、あなたの眼鏡はヴィルヘルム殿下に取り上げられるか壊されるかしちゃったのではないかしらと思ってね! 正解だったみたいね! さすが私!」

「お姉様……」

「うん! やっぱりクリスティーナは眼鏡していなくちゃ! 美しさは半減しちゃうけど、どうも素顔だとしっくりこないのよねぇ……」


 そう言ってお姉様はフフッと笑う。

 素顔がしっくり来ない……だなんて。それだけ眼鏡の私に慣れてしまったのね。

 私は内心で苦笑する。


「……よく見える」

「それは良かったわ」

「……お姉様……美しいです……」

「ふふ、当然よ!」

 

 顔を上げて久しぶりに見る人の顔。

 そんな私に向かって微笑む美貌が自慢のお姉様の顔は相変わらず美しかった。



「いいこと? クリスティーナ。私達は皆あなたの味方よ」

「?」

「クリスティーナが幸せになれない結婚なんてくそ喰らえよ!」

「お、お姉様……言葉が……」


 お姉様はニッコリ笑って続ける。

 その微笑みは男なら誰でも惚れそうなくらい美しくて、私は妹なのにうっかり見惚れそうになった。


「あら? いいのよ、今この部屋にいるのは私達だけなんだから、ね!」

「お姉様……」

「だから、ね、クリスティーナ。お願いよ……どうか諦めたりしないで?」

「でも、私……」


 諦めるな──その言葉に私が躊躇う様子を見せるとお姉様は「でも……じゃなーーーーい!」と怒った。


「アーネスト殿下はあなたの事、全く諦めてなんかいないわよ? だって昨日訪ねて来た時も……」

「……?」


 手紙を託す以外に何かあったの?

 私は続きを聞きたかったけれど、お姉様はその先を教えてはくれなかった。


「この先は殿下から聞きなさい! キラキラ王子はボロボロ王子になってもクリスティーナを求めているんだから!」

「お姉様……」


 それだけ言ってお姉様は帰って行った。



「……アーネスト様」


 お姉様が帰ってしまい部屋に一人になった私はアーネスト様からだと言う手紙を開封する。


 (何が書かれているのかしら……)


 ドキドキ高鳴る胸をどうにかおさえながら、私は手紙に目を通した。



 ──────……



 その日の深夜。

 いつもならもう就寝している時間。

 私はお姉様が持って来てくれた予備の眼鏡を装着し、アーネスト様からの手紙を握りしめてそっと部屋を抜け出す。


 (誰かに見つかったら何か言われてしまうかしら? いえ、大丈夫よ……)


 たとえ誰かに見つかったとしても、寝付けなかったから外の空気を吸いたかったとか適当なことを言ってとにかく誤魔化せばいい。

 私はなるべく足音を立てないようにして中庭に向かう。

 眼鏡があるおかげで暗くても一切迷う事は無かった。


 (あぁ、視えるって素晴らしいわ!! お姉様、ありがとう!!)


 予備の眼鏡を持って来てくれたお姉様に心から感謝した。



 そして中庭に到着すると、すでにそこに人影があった。


 (……暗くても分かるわ……)


 私の胸がドクンッと大きく鳴った。

 間違いないわ!

 そう。

 そこには──私がずっと会いたくて会いたくてたまらなかった人が立っていた。


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