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1. 眼鏡が私の邪魔をする

 


 ───私は子供の頃から視力が悪くて、眼鏡を与えられるまではボンヤリとした世界で生きていた。

 正直、その頃に会った人の顔は覚えていない。

 屋敷内をうろつけばどこかしらにぶつかり、物を破壊し、更には人の顔を全く覚えない私をおかしいと感じたお父様が検査をさせてようやく視力が悪いと判明!

  (遅くない?)


 初めて眼鏡を与えられた時、世界ってこんなにも明るかったのね!

 そう感動した事を覚えているわ。

 ただ、その眼鏡はとてもとても分厚くて。だから、そんな明るい世界と引き換えに不便になった事もあって……


 それが……今のこの状態に繋がっているのだと思う。



「クリスティーナ嬢、申し訳ないが今回の君との婚約の話は無かった事にさせて欲しい」


 その日、婚約者候補として初めてお会いした伯爵家のオズワルド様。

 なんと! 顔を合わせて早々にお断りを告げられてしまった。


「どうしてですか? 私達はまだ、顔を合わせたばかりですが……」

「顔を合わせたからこそですよ……」


 そう言って目の前のオズワルド様は私から目を逸らす。

 あら、嫌だ。()()()()物凄く失礼な人の臭いがするわ。


「トリントン家の令嬢達は美人って噂だったのに……」


 ──そうね。かつて社交界の華と謳われたお母様の娘ですもの。


「一度見たら忘れられない美貌とどんな男も虜にするという魅惑の身体だと……」


 ──ちょっと! 下衆な本音がダダ漏れてますわよ、オズワルド様。

 あ、ちなみに、それはお姉様の事よ!


「もしくは、守ってあげたくなる愛らしさと可愛らしさで、常に庇護欲をそそられるという、例えるなら可憐な花……」


 ──えっ! この方は結局、どっちが好みなのかしら? まぁ、もはやどうでもいいけれど。

 で、それは妹の事ね!


「トリントン伯爵家の令嬢の噂はそう聞いていたのに! いったい君は何なんだ!? 単なる眼鏡じゃないか!!」


 オズワルド様は涙目でキッと私を睨みながらそう叫んだ。

 何なんだと言われましても。

 あと、眼鏡をバカにしないでくださいな!


 そう思いながら、私はこの分厚い眼鏡に阻まれて相手に伝わらないだろうけれど、ニッコリ笑って答えた。


「トリントン家の地味で目立たない次女。通称、地味眼鏡令嬢ですが、何か?」

「ぐぁぁ~ 〇✕△□~~!!」


  (あ、今回もダメね)


 オズワルド様の声にならない叫びをあげる様子を見て今回もそう悟った。



 私はクリスティーナ・トリントン、十七歳。

 トリントン伯爵家の次女。

 ど近眼のせいで分厚い眼鏡が手放せない私は、こうして今日も婚約者候補として顔を合わせた方から「お前じゃない」と、お断りされたところ。


 ちなみにこの反応、オズワルド様で三人目よ。


 さっきのオズワルド様が口にしていたように、私達、トリントン家の姉妹は有名。

 かつて社交界の華と謳われ今も変わらぬ美貌を持ち続ける年齢不詳のお母様。

 そんなお母様の美貌を丸々受け継いだお姉様、美貌を受け継ぎながらもそこに可憐さが加わった妹。


 そんな二人が目立ち過ぎたせいか、昔から間に挟まれた私の存在はわりと忘れられがちで。

 それに追い討ちをかけるかのように私の容姿を見て人々がまず思うのは……


 地味。そして眼鏡!

 ある意味悪目立ちをしている気がするけれども……

 分厚い眼鏡のせいで顔のよく分からないトリントン家の次女──そう呼ばれているのが、私、クリスティーナだった。


 ちゃんとそんな噂(事実)が出回ってるし、私自身もこの眼鏡顔で社交界に出ている。

 それでも何やら勘違いして私からの婚約の打診にホイホイ乗って来ては、会えば秒で断られること、三回!

 さすがにお断りも三回目ともなるとため息も出てくるというもの


「まさか、三回も同じ理由でお断りされるなんて!」


 眼鏡がなんだというの。

 掛けていて何が悪いと言うの! 無かったら見えないんだもの仕方ないじゃない!

 ちょ~っと顔が見えずらくて、表情が分かりにくいだけなのにー……


(って、それが致命的なのよね……)


 寝る時以外、眼鏡を掛けていて表情が分からない女とは愛を育めないもの。

 分かってはいるのよ。

 そもそもこうして今、手当たり次第に婚約の打診をしているのだって、やっぱり眼鏡のせいなのだから。



─────……



「クリスティーナ。申し訳ないが君との婚約を解消したい」

「はい?」

「もう、両家の中で話はすんでいる。後は君が承諾してくれるだけでいい」


 その日、私の婚約者だったロビン様は突然私にそう告げた。


「……理由は何ですの?」

「……」


 ロビン様が私からスっと目を逸らす。

 あ、これはやましい事がある人の動きだわ。

 

「ロビン様!」

「…………だ」

「?」


 ロビン様は叫んだ。とてもとても苦しそうな声で。


「…………君のその眼鏡姿に耐えられないんだ!! 私は何年も耐えた! だがもう限界だ!! これ以上は無理なんだ!! 分かってくれ!」

「!?」


 その日、こうして私は眼鏡が理由で婚約者に逃げられてしまった。


 ロビン様とは眼鏡を与えられる前から、婚約をしていた。

 友人同士だった両家当主の父親達が、“ちょうどいい組み合わせだから”という理由で決まった縁談だと聞いていた。


  ……ちなみに当時、眼鏡の無い私は彼の顔をよく分かっていなかった。ようやくロビン様の顔を認識したのは眼鏡をかけてからだった。

 これで、ようやく人並みに婚約者として付き合っていけるのね……!

 そう思ったのも束の間。

 私が眼鏡をかけ始めた頃から、何故かロビン様はよそよそしくなっていった。


 そしてある日、「耐えられない」と、逃げられてしまった。


 どうやら、この分厚い眼鏡のせいで顔は分からないし、表情も読み取れないしで私と会うのがどんどん苦痛になっていったそう。

 日に日に病んでいくロビン様を心配した両家当主の話し合いの元、私とロビン様の婚約は解消させよう、となった……らしい。



─────……




 眼鏡を掛けたことによるロビン様の変わり様にショック……と言うよりも肩透かしをくらったような気持ちはあったけれど、それはたまたまロビン様だったからで、世の中には眼鏡なんて気にしない男性もいるはず!


 そんな、私の希望を打ち砕いたのは、次のお父様の言葉だった。


「クリスティーナ。残念ながら、今のお前に婚約の申し込みは…………ゼロだ!」

「ゼロ、ですか……!」


 ロビン様との婚約解消後、お父様に告げられたその言葉に驚く。

 お姉様には山のように縁談の申し込みが来ているらしいのに、なんと私には全く来ていないのだと言う。


「手は尽くしたんだ! だが、これ以上は私の伝手でも無理そうだ……」

「まあ……!」

「だが、嫁に行ってもらわねば我が家も困る……クリスティーナ。申し訳ないがここは自分で頑張ってみてくれ!」


 我が家は貧乏伯爵家なので、嫁に行けない娘をいつまでも置いて置けるほどの余裕が無いらしい。

 なんて事なの……! 自力で新しい婚約者を見つけろと言うの!?

 まさかの、丸投げだった。

 

 この際、好みとか言っていられないので、とりあえず片っ端から打診をかけてみて眼鏡でもいいと言ってくれる男性を見つけようとしたのだけれど……

 

 残念ながら今回三度目のお断りをされたのだった。(眼鏡のせいで)


「あぁぁ、やっぱりダメだったか……」


 お父様がしょんぼりしている。


「オズワルド殿は年齢も家格も釣り合っていたのだが……」

「眼鏡令嬢はダメみたいです」

「また眼鏡か。与えといてこんな事を言うのもアレだが……呪われてないか?」

「失礼ですわよ、お父様! 呪われてなどいません。至って普通の眼鏡です!」


 お父様が渋い顔をした。その顔は信じられん! と言っているみたいだった。


 お父様への報告を終えて、部屋に戻りながら考える。

 さすがに、この眼鏡が呪われているとまでは思わないけれど、いえ、思いたくないのだけど。

 でも……


「さすがにもう、諦めてもいい気がしてきたわ……」


 トリントン家の地味で目立たない次女。通称、地味眼鏡令嬢の私の婚約者探しは明らかに眼鏡のせいで難航していた。


 ───だけど、人生とはどうなるか分からないもので。


 この日から数日後に開催された王宮主催の舞踏会を機に出会った王子様によって、私のその後の眼鏡人生が大きく変わる事になるなんて、この時の私は知る由もなかった───



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