リカンナの猫 4 (スピンオフ作品)
そんなことを知らない二人は、仕事を終えて歩いていると、思いがけないところから声がかかった。
「二人とも…!」
若様の声がして、二人はびっくりして辺りを見回した。
「こっちだよ。」
更なる声に二人は上を見上げた。窓から若様が手を振っている。今はもうきちんと服を整えている。
「フォーリが猫を出すんだって。だから、来て。もう、ネズミ退治はいいから、連れて帰ってもらうって。」
「分かりました。今、行きます。」
二人は返事をすると、急いで箒とちりとりを片付け、走って若様の部屋に急いだ。あぁ、ミーよ、あんたは一日でクビになってしまったのね。二人は少しがっかりしながら、若様の部屋に入った。
若様が二人を振り返る。
「早かったね。今、フォーリは準備に行ってるよ。けっこう、この奥が深くて猫に届かないんだ。」
中にはヴァドサともう一人の兵士がいた。若様の護衛だ。
「二人とも来たか。」
フォーリの声がして、セリナとリカンナは振り返る。フォーリが来たと同時にいい匂いがした。両手に小皿を持っている。
(…それ、たぶん、猫に使っていい皿じゃないわよね?)
セリナは思ったが口にはしなかった。皿の中には片方には、数切れのパンにバターを染みこませたもの、もう一皿には人肌に温めた牛乳に干し魚の身をほぐしたもの、が入っている。
「フォーリ、それは何?」
若様がさっそく尋ねる。
「猫を誘き出すための餌です。」
フォーリの答えに若様が心配そうに言う。
「それで、出て来る?」
「やってみないと分かりません。」
フォーリは言うと、猫が隠れている棚の前にあぐらをかいて座った。猫は人の膝が好きだと知っているからこその体勢だ。
(猫じゃなくて…若様が収まったりしそう。あの膝に……。)
若様なら無邪気に座っていそうな気がして妙な想像をしてしまい、セリナは一人首を振った。
フォーリは棚の下にパンをちぎって置く。
知らない人が覗いていると警戒するので、若様には少し後ろに下がって貰い、リカンナとセリナがそっと覗いて確認した。
ミーは警戒して壁際の一番奥にいて、左右どっちからも手が届かないような所に座り込んでいる。リカンナがそっとパンのかけらを、ミーの鼻に近い方に移動させた。
バターが染みこんだパンの匂いがしたせいか、ミーは鼻をひくつかせ、少し進んでパンの匂いをかぎ…食べた。
「あ、食べました。」
フォーリがすかさず、もう一切れ下に入れる。一切れ食べて警戒が緩んだのか、ミーはさっきより簡単に進んでパンをもう一切れ食べる。
「食べてます。」
今度は棚の外に頭が出て来る位置だ。ミーは迷った素振りだったが、食い気に負けて出てきた。さらに誘導されて牛乳の皿の前に到達する。びくつきながら匂いを嗅ぎ、飲み始めた。さらに柔らかくなった干し魚の身も食べ始める。少し牛乳が減った所で、フォーリが残りのパンも入れた。
最初は降ってくるパンに少しだけ警戒したミーだったが、触られたりせず安心したのか全部平らげた。皿の匂いを嗅いで残りをなめ、ご機嫌で顔を前足で拭って舐め始めた。
そこでリカンナが抱き上げようとした瞬間、一目散にフォーリの膝の下に逃げ込んだ。
「こら、あんたね、飼い主の顔を見て逃げるとは何事だ…!」
思わずリカンナがミーに文句を言う。
「ここんところ、嫌いなお風呂に何度も入れられたりして、また、入れられると思ったんじゃないの。」
セリナが言うと、リカンナは頭を抱えた。
「あぁ、きっとそうだ。よっぽどこたえたんだ。」
ミーはフォーリの膝の下に入り、ちょうど長い上着の陰にも隠れられるので、お尻は出ているのに隠れたつもりで安心したらしい。
「はは、フォーリにくっついて安心してる。私と一緒だね。フォーリにくっついたら安心できるもんね。」
「……。」
「……。」
誰もが何と言っていいのか分からない。妙な発言は控えて下さい、若様。妙なことを想像してしまいます。セリナは思う。
フォーリが指についたパンの匂いを嗅がせ、ミーはくんくんしてフォーリの手を舐め始めた。さらに、膝に上がり込んで丸まった。
「すごい、フォーリ。なんでも手懐けちゃうんだね。」
若様が感心している。
「……。」
「……。」
誰もが何と言っていいのか分からなかった。
「喉を撫でてやって下さい。」
「うん。」
フォーリと若様のやりとりを、他の人は無言で眺めた。そ、そりゃあ…猫より大きくて、猫より繊細で、やっかいな生き物(若様)を手懐けているんだから、猫なんて簡単でしょうね。
ヴァドサも含めて、みんな同じことを思っていたのだった。