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リカンナの猫 2 (スピンオフ作品)

 ネズミが出たのはちょうどいいかもしれない。セリナは(すき)を見て、フォーリに聞いてみる。

「…あのう、猫を連れてきますか?」

「猫?お前の家で飼っているのか?」

「いいえ、リカンナの家で飼っています。連れてきますか?」

「…猫は臆病だぞ。連れてきてもちゃんと働くかどうか。」

「でも、連れてくるだけでも効果はあるかと。ネズミは猫の臭いで逃げるっていいますし。」

 セリナはダメ元で押してみる。

「まあ、いいか。たまにうろついているだけなら。」

 フォーリの許可が出て、セリナは飛び上がって喜びたいのを抑えた。

「ただし、のみは連れてくるな。」

 セリナはこくこくと(うなず)いた。

 こうして、リカンナとセリナにやたらと洗われた猫は、仕上げに虫除けのハーブ入りの水で洗われ、しっかり拭かれた上に風邪を引かないように(かまど)の側に置かれ、さらに虫除けのハーブの匂いを染みこませた布に毎日くるまれて、きれいにブラシをかけられた。

 ためしにリカンナが一緒に寝て、のみの被害がないことを確かめた。

 人生…いや猫生の中で、もっともきれいにされた毎日だった。本当に迷惑そうだった。

「なんか、迷惑そうな顔してる。」

 リカンナは言いながら、ミーを(ふた)付きのかごの中に押し込めた。猫は狭いところが好きなので、最初は押し込められて文句を言っていたが、やがて落ち着いてくつろいでいる。

 二人はドキドキしながらミーを連れていって、フォーリの前に立った。

「あ、あのう。これです。」

「なんだ?」

 忙しそうだったフォーリは、二人を不思議そうに見やる。

「この間、言っていた猫です。」

 フォーリはあぁ、と思い出した様子で考え込んだ。

「こんな風に綺麗(きれい)にしました。」

 リカンナがかごの蓋を少しずらして見せる。中でミーは知らない人の気配に丸まりながら、警戒(けいかい)した様子だ。綺麗な紐を首に結んである。

「警戒しているな。これを厨房に連れて行っても、無駄だろう。」

 だめかぁ、と二人はがっかりした。

「仕方ない、若様の部屋に連れて行こう。動物がお好きだし、喜ばれるだろう。」

 フォーリの言葉に二人は、(はじ)かれたように顔を上げて見合わせた。ついて来いと言われて、二人は若様の部屋に向かう。

 しかし、そういえば、若様は今日はどうしたんだろう。いつもみたいにフォーリと一緒にいない。

「…あの、若様は具合が悪いんですか?」

「いや、夕べはあまりよく眠れず、部屋で休まれているだけだ。」

 セリナは悪夢をみることを知っているので、今は寝ているのかもしれない、と思った。もし、そうなら下がるしかない。

 フォーリは扉を叩いた。

「若様、フォーリです。入りますよ。」

 中からシークが出てきた。

「今、起きられた所だ。」

 二人は外で待たされる。きっと身支度をしているのだろう。

 だが、じきにパタパタという軽い足音と「ダメです、若様…!」というフォーリの声と、シークの「そうです、そのお姿では…!」という制止の声の後、「大丈夫だよ、セリナとリカンナでしょ。」という声がしたと思ったら、ぱっと扉が開いて若様が出てきた。

 セリナとリカンナは息が止まって、魂が抜け出ていくかと思った。だって…。若様が可愛らしすぎて。寝間着に上着を羽織った姿で、長くて美しい髪は下ろしている。足はズボンをはいていないので、素足で履き物も履かず、裸足だ。

 どう見ても美少女にしか見えない。毎日、フォーリはこれを見ているのだ。ヴァドサ隊長も場合によってはそうである。おかしな気分にならないのだろうか、と内心セリナとリカンナは心配した。

「ねえ、猫を連れてきたって本当?」

 若様は目をキラキラさせて聞いてくる。

「……え、はい。そうです。」

 セリナの方が先に、魂が抜けかけた状態から復活して答えた。セリナはリカンナの腕をきつくつかんでこっちに戻そうとする。

「このかごの中にいます。」

 セリナの声でリカンナはようやく戻ってきた。

「…はい、ですが。」

「見せて。どんな子?」

「若様、静かにしないと、猫は臆病(おくびょう)なので。かごの(ふた)を開けた途端、逃げるかもしれません。」

「若様、中に入りましょう。」

 フォーリが後ろから来て、若様を中に入れ、セリナとリカンナの後ろに誰もいないか確かめた。確かにあんな姿を見たら、“護衛”のはずの兵士が危険人物になってしまうかもしれない。

 セリナとリカンナも部屋に入った。中にはシーク一人がいて、彼が一人で若様の護衛をしていたらしい。他の兵士がいたら、きっと余計な思いを抱いてしまうからだろう。フォーリも隊長の彼は信用しているということらしい。そうでないと、寝ている若様を任せていなくならないだろう。シークは少し離れて様子を見守っている。

「ねえ、まだ?」

 若様はわくわくした様子で、リカンナの猫が入ったかごを見つめている。

「若様、猫は臆病な動物です。無理に捕まえようとしてはいけません。初めての場所なので、かごから出て来ないか、出てきても部屋の隅に逃げ込むでしょう。」

 フォーリが説明する。セリナとリカンナは感心した。本当に何でも知っている人だ。

「あのう、部屋の真ん中より、隅っこで出した方がいいかもしれません。」

 リカンナが提案する。

「そうなの。だったらそうしよう。」

 若様はそう言って、棚のある部屋の隅っこに移動した。窓辺で日光も当たっている。座りやすそうな窓辺で猫が喜びそうな場所だ。

 そろそろ静かにリカンナがかごの蓋を開けた。ミーは警戒して出て来なかったが、リカンナが呼ぶとそーっと顔を出した。周りを見回して警戒している。

「指を差し出すと匂いを()ぎにきますよ。」

 セリナが小声で若様に教えると、若様は顔を輝かせて、人差し指をそっとミーの前に差し出した。若様だからおかしくない。本当に普通の少年と違う。村の少年でこんなことをしていたら、どっか気持ち悪い。言ったら悪いけど…。

 ミーが若様の指先をくんくんと匂いを嗅ぐ。その姿に若様がふふ、と笑う。

 あまりにも愛らしくて、セリナとリカンナは顔が沸騰(ふっとう)しそうなのを堪えていた。なんとか少し目線をずらして、耐える。まともに見たら、きっとダメ。

 やがて、出てきたミーはリカンナに抱き上げられ、そこからしゃがんだ若様の膝の上に移動させる。

 とうとう若様がふわふわの物を抱っこした…!とっても可愛い、若様が…!

 キラキラした笑顔で若様がそっと頭を()でる。ミーはしばらく撫でられていたが、声もなくきゃー!と興奮していたセリナとリカンナの顔に気がついた。そして、自分は飼い主のリカンナの膝の上にいないことに気がつき…脱走した。若様の寝間着がミーの脚によってめくれ、一瞬、太ももがあらわになる。

 ミーはすぐ横の棚の下に入り込んだ。

「あぁ、下に入っちゃった。」

 若様が棚の下を(のぞ)きこむ。こっちにお尻を向けているので…二人は見たら行けない気がして、目をそらした。

「フォーリ、見てよ。」

「やっぱり入りましたね。」

 何か若様の着る服などを用意していたらしいフォーリは、戻ってきて棚の下を覗く。フォーリが低い体勢を取ると一分の隙もなく、なんだか野生の獣のようだ。かっこいいのは間違いない。

「これはしばらく出てきません。放っておきましょう。若様、その間にお召し替えを。」

「じゃあ、フォーリ、私は事務仕事に戻る。何かあったら呼んでくれ。」

 フォーリは頷き、ヴァドサ隊長は一足先に部屋を出た。まだ、しばらく若様の可愛い姿を見つめていたセリナとリカンナはフォーリによって外に出された。


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