おしゃれマスター
30分ほど歩いたところで幸運なことに川を発見した。
中々に大きな川で、流れはそれほど激しくないが、川幅は五メートルほどで、向こう岸へ渡るのには一苦労しそうだ。
近づいてみると、川の水は澄んでいて飲めそうだとわかった。
川にかがみ、恐る恐る一口水を飲んでみる。
「……美味しい。大丈夫そうだな」
この2日で初めて食道を通るそれに、身体が喜んでいるのが伝わってきた。
冷たい水が食堂を通り、胃に落ちていく感覚。
やはり俺は生きているのだ。
空腹を誤魔化すように腹一杯水を飲んだ後、ペットボトルも同じように満たす。
それにしても、ペットボトルを初期装備として用意してくれたのは地味に助かる。
これがなければ、俺はどうやって自らの寂しい住処に水を運んでいたのだろう。
考えると恐ろしいが、ともかくこれで水問題は解決した。
若干歩かなければならないのが気になるが、徒歩で確保できるだけマシだ。文句は言ってられない。
少し冷たいが水浴びをすれば身体も綺麗になるし、この綺麗な金髪も輝きを失わずに済む。
「……金髪? 金髪!?」
川から離れかけていた俺は踵を返し、はたから見れば落とし物をしたかのような急ようで、水面に顔を近付ける。
「誰だよこれ……」
そこに映っていたのは、10年以上見続けてきた黒髪で覇気のない男の顔ではなく――。
「……かなりカッコ良くない?」
金髪に甘い顔立ちの、いわゆるイケメンと呼ばれる部類の誰かさんだった。
「これはどうなんだ? いやでも、流石にな……」
それから30分。俺は川の岸辺をうろうろとし続けていた。
他でもない、この顔のことである。
もちろん俺も想像したことがある。
朝起きてイケメンになってたらいいなとか、サラサラヘアーになりたいとか。
でも、実際に自分の身に降り掛かってみるとどうだろうか。
中身は自分とはいえ、見た目は完全に別人。
一度死んでいるわけだから、俺が俺かすら……この辺は哲学になりそうだからやめておこう。
ともかく、自分なのに見覚えがなさすぎる。
全てが借り物のような感覚。
主人公とヒロインの中身が入れ替わる映画が昔流行っていたが、こんな気持ちだったのか。
なんなら目線も少し高くなっている気がするし、背も伸びているのだろう。
だめだ。頭がこんがらがってくる。
「口に出して考えてみよう。見た目が前世の俺と違う。これは悪いことなのか? そもそも過去の俺は見た目になんて気を使ってなかった。ってことは、別に自分の外見なんてどうでも良かったんじゃないか?」
少し納得する。
「そうだ、多分そうだろう。外にも出ないしな。とすると、むしろ外見が良くなった今の方が得をするんじゃないか? 具体的にどういう部分で得なのかは思いつかないけど、まぁなんか値引きとかしてくれるだろ。……つまり、別に見た目が変わったところで俺は俺なんだし、気にすることはないってことだな。金髪かっこいいし」
よし、結論が出た。
自分は自分。冷静に考えればそんなもんだ。
むしろ、前世でしようと思わなかったお洒落なんかに手を出してみてもいいかもしれない。
剣と魔法の世界に元の世界のような文化があるとは思えないが、それでも過去の俺よりは幾分マシだろう。
視線を自分の胴に落としてみると、伸縮性のある緑色の服が目に入る。
……この、初期装備である「中学の時のジャージ」が、この世界で一番最先端のアイテムなのでは?
「意図せずお洒落マスターへの道を歩んでいたとは、自分のポテンシャルが怖いな」
くだらない冗談はさておき、今日はまだすべきことがある。
水と同じくらい大切なもの――そう、食料だ。