睡眠
「……ふぅ。これくらいあれば大丈夫だろう」
ライターのような火を起こすための道具があれば楽なのだが、残念ながら俺にはナイフしかない。
そのため、硬い木と柔らかい木をそれぞれ拾い、加えて着火材となる乾燥した葉っぱや枝、木の皮を集める。
時間にして1時間にも満たない探索だったが、洞窟の周辺を確認するには十分だった。
この森にはデカイハムスターのほかに、兎や猪が生息しているようだ。
多くの野生動物は、特に元いた世界と違うところはないように見えるが、もしかして魔法とか使ったりするのだろうか。
しかし、夜にしか出てこないモンスターがいるとも限らない。
本格的に暗くなる前に洞窟へと帰ることにした。
迷わずに洞窟に戻ってくることができたが、この殺風景さは少し心に来るな。
まぁ、今日は焚き火をして気を紛らわせるとしよう。
柔らかい木の板に小さなくぼみを作り、そのくぼみの横に細い溝を切る。
この溝は、摩擦によって生じる火花が蓄積されやすいようにするためのものだ。
次に、硬い木の棒をくぼみに嵌めて、両手で木の棒を素早く前後に動かす。
ドリルのような気分で摩擦熱を生じさせていると、木の板から出る火花が、溝を通じて集まって小さな燃えさしを作る。
ここで、燃えさしを乾燥した葉に移し、ゆっくりと息を吹きかけて、弱々しい火を成長させていく。
火が着いたら、細い枝から始めて次第に太い枝へと火を移行させていき、無事に暖まれるほどのものが完成した。
「……確かに、初めてだとは思えないほど上手くいったな」
これが神の言っていた「少しばかり上手くいく」なのだろう。
洞窟の中には風もあまり入ってこないため、一晩の間は安全だろう。
不服だが、神に感謝しつつ、俺は横になって目を閉じた。
・
いきなり文明を飛び越えたような感動に眠れないかと思ったが、気付けば意識を手放していたようだ。
夢も見ないほどぐっすり眠っていたが、洞窟に差し込む、人の手では再現できない優しい光に目を覚ます。
「あぁ……即日ゲームオーバーは免れたか……」
寝返りを打とうとして、身体の下敷きにしていた左腕が痺れているのに気付く。
草を気持ちばかり集めて敷いていたが、それでも硬い地面の上で寝たのだ。
身体の節々が少し痛い。
少し喉が渇いているのに気付き、現時点で唯一の生命線であるペットボトルに手を伸ばす。
「水がもうないな……」
500mlのペットボトルに入っていた水も、あと二口分もなくなっている。
緊張の糸も切れたのか、流石に腹も減ってきた。
住処を手に入れて油断していたが、今日を生き延びるためには食糧を探さねばならないということだ。
神もそこのところは頑張ってほしいのだろう。
武器も作りやすくなるって言ってたしな。
というわけで、善は急げともいうし、俺は早速洞窟から出てみたのだが――。
「眩しいな……」
雲一つない一面の青空。
照りつける太陽のようなものが、世界を祝福するように、葉の一枚まで照らしている。
以前までの俺なら、この瞬間にUターンして引きこもっていたことだろう。
だが、ここは異世界。
俺を知っている人もいなければ、俺が知っている人もいない。
否定もされなければ、人目を気にする必要もない。
ここで新しい自分を見つけ、育み、のんびりとした毎日を送ってみせる。
そう思うと日差しに煩わしさを感じることはなく、むしろ内から湧き出てくる活力に身体を動かされていた。
本日の目標は食糧と水の確保だが、やはり先決なのは水だろう。
どちらも最重要なものではあるが、水の方が用途も多いし、最悪食料がなくても少しの間は生きていける。
目標が決まったので、昨日と同じくらいの距離を、昨日とは逆の方向に真っ直ぐ歩いてみることにした。
細かい探索は後回しにし、とにかく色々な場所をしらみ潰しに探して水源を見つけようという魂胆だ。