エピローグ
今回で第1章終わりです。
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「……おい聞いたか? スズネ様、あの悪魔のスライムを『狩られるだけの生き物』だって……」
「勇者様にすら為せなかったことを、こんなに簡単に……」
人々は驚愕していた。
鈴音は最後まで「スライムはRPGでは弱いから、この世界でも下位に位置する魔物」だと勘違いしていたのだ。
だからこそ、そんな相手を倒すだけでは視聴者は沸かないと考えて決め台詞を用意したわけだが……その効果は彼が予想していた以上のものとなっている。
――300年前、我々どころか魔王すらも、遂に倒すことを諦めた悪魔のスライムを、倒した……?
アルジャックは目を見開いていた。
力ではなく、機転を利かせてスライムに立ち向かう鈴音の姿。
画面の向こうのスライムは、唯一であり最強の武器を奪われ、挙句、その全身を固められていた。
その現象を引き起こしたのは最強の魔法や武器ではなく、ただの塩。
「……そうか、我々には、視野が欠けていたのか……」
彼には学ばされることばかりだと、やはり、これからの時代を導くのは老いた魔術師ではなく、鈴音だろうと痛感していた。
しかし、鈴音もまだ未熟。
この世界にやってきたばかりで、森の外になにがあるのかは知らないはず。
彼が一人前の実況者になるために、自分ができる最大限の助力をするとしよう。
画面の向こうの勝利に震える人々と一緒になって、アルジャックは笑みを浮かべていた。
・
スライムとの戦いから五日後、リリアがエリシダから戻ってきた。
あの後、抱きついていつまでも離れようとしないリリアをなんとか引き剥がし、気を失ったままの女騎士に一応、エリクサーを飲ませておいた。
困った時はエリクサー。
ゲームでは最後まで使わずに終えてしまうことがほとんどだが、画面の中と違って、現実では命は一つしかない。
だから、この世界では雑に使ってもいいかなと思っている。
数時間待ってみたが、女騎士は意識を取り戻さなかったが、呼吸をしている以上、そのうち目覚めると思った俺は、寝ている間に女騎士を家に返そうと思った。
しかし、女騎士はエリシダの人間ではないらしく、その鎧に着いている家紋から、エリシダの近くにある「マルゴット」という町の出身ではないかとリリアは推測した。
なのでリリアには、女騎士をマルゴットに連れていくと共に、エリシダに無事を伝えてもらう事にした。
最初は離れたくないと反発するリリアだったが、俺の熱意に負けたのか、嫌々マロンに女騎士を乗せて旅立って行った。
五日間の間に俺が成し遂げた事といえば、スライムとの戦いを動画として完成させたくらいだろうか。
過去最高に時間をかけて編集した動画だ。
なかなかの自信作に仕上がった。
それは結果にも反映されており、もはや所持ポイントは500万を超えている。
それともう一つ、コメント機能がついに実装された。
正確に言うと、動画を視聴した人間が考えたり喋ったりした内容を見ることができる。
コメントを入力する端末が、そもそも世界に存在しないからな。
だが、その正確性には難があり、俺にやる気を出させるためか、大幅に盛った様なコメントが多かった。
流しそうめんが人生を表しているってなんだよ。
……話が逸れてしまった、リリアが帰ってきたのだ。
「おかえりリリア、マロン」
「スズネちゃんただいま〜!」
満面の笑みで帰ってきたリリアは、流れるように俺を抱きしめる。
「すぅ……はぁ……スズネちゃん補給中……」
「多分摂りすぎたら死ぬよ」
それでもなお深呼吸をやめない。
背骨が砕けそうになるほど抱きしめられながら、リリアに質問する。
「そ、それで、あの人はどうしたの?」
「予想通りマルゴットの人だったみたい。今度お礼をしたいから、是非町に遊びに来てって! みんなスズネちゃんのファンらしいわよ!」
そうか、無事に送り届けることができたみたいで一安心だ。
「へぇ、だったら行ってみよ――ファン?」
ファン?
多分、この話の流れだと扇風機についてるアレのことじゃないよな。
「……もしかして、俺たちの動画って他の町でも流れてる?」
「そうみたいね? 多分、世界中で流れてるんじゃないかしら」
「なっ!?」
嘘だろ、俺の醜態が全世界に配信されてるって言うのか!?
あの鼻につくような「狩られるだけの生き物。これが、スライムの攻略法だ」も全世界に!?
「どうしたの? 体調が悪いの!?」
「気にしないでくれ。目の前が真っ暗になってきただけだから……」
通りでポイントの増え方がおかしいわけだ。
絶望している俺を支えながら、リリアは続けて言う。
「あと、エリシダに戻った時にアルジャックさんに会ったんだけど、スズネちゃんにってこの杖をって持たせてくれたの!」
「アルジャックさん? どちら様?」
初めて聞いた、この世界の人の名前に疑問符が浮かぶ。
めちゃくちゃかっこいい名前だな。
「えっとね、何百年も前に勇者様と一緒に旅をしてたお爺ちゃんで、私に身体強化の魔法を教えてくれた先生なの!」
「勇者!?」
この世界にも勇者がいたのか。
となると当然魔王も居たのだろうが、森の平和さを見るに、もう戦争は終わったのだろう。
リリアから杖を受け取り、眺めてみるが、正直普通の杖にしか見えない。
……でも、勇者パーティの一人に貰った杖か。
おそらく、とんでもない力を秘めているに違いない。
「えっとね、人間以外の生き物に、少しの間翼を生やせるらしいわ!」
「……なんだその使い所のなさそうな杖は」
マロンに翼を生やしても、特に良いことはなさそうだなぁ。
むしろ、危険生物とみなされて撃ち落とされる可能性が高い。
前世なら、撃墜されて東京タワーに突き刺さってエンドだ。
まぁ、いずれどこかで使うかもしれないし、貰えるものは貰っておこう。
「それにしても……コメントを見る限りアンチもいないようだし、一度エリシダに行ってみるのもアリか」
「良いアイデアだと思う! アルジャックさんも一度会ってみたいって言ってたし、村にはいい人ばかりよ! ……私の両親にも紹介したいし」
それはもちろん、動画作りの仲間としてだよな?
どんどん外堀が埋められている気がする。
だが、それを抜かせばエリシダに行くのは良い選択肢ではないだろうか。
そろそろ新しい動画のネタを探そうと思っていたところだ。
エリシダに行けば町の紹介や、視聴者の声を元にした企画など、いろいろな動画のインスピレーションを得られそうだな。
ついでにマルゴットにも行けば、女騎士が回復したかも確認できる。
仮にも町の人間を助けたのだ、俺に悪印象を持っている人間はそうそういないはず。
なら、マルゴットでも動画を撮れるな。
……一週間くらいの努力で、しばらくの間ネタに困らなくなるぞ。
「よし、リリア! エリシダとマルゴットに行こう!」
「……紹介……婚約……結婚……!」
「…………リリアは走ってついてきてね」
俺は逃げる様にマロンに跨ると、一目散にエリシダを目指して出発した。
この世界に来て五ヶ月くらいの時間が過ぎ、ついに人々の住む町へ行く。
一体どんな所なのだろうか、どんな人がいるんだろうか。
多くの初体験を前にして早る気持ちを抑えられず、自然と笑みが溢れるのだった。
「スズネちゃん〜! 待って〜!」
「マロン、追いつかれるぞ! もっと急ぐんだ! 風になれ!」
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