決着
「……なんで跳ねられないんだって、そう思っているんだろ?」
水の入っていないプールに落ちただけのスライムは、しかし、そこから出ることができなかった。
必死に身体を動かすが、何故か跳躍することができない。
最後まで、こいつに理性があるのかは分からなかった。
ただ本能のままに俺を狙っているのか、何か別の考えがあるのか。
でも、今の状況に驚いているのは確かだ。
振り返ってみると、当の本人だけでなく、リリアやマロンまでも目を丸くして困惑している。
おそらく、俺の目に見えない人々も、同様に、口を開けているだろう。
プールまで逃げ切れた時点で、俺の勝ちは決定していたのだ。
戦いの命運を分ける時期は、過ぎ去っていたのだ。
さて、状況が掴めていない二人のために、生放送を見ている人々のために。
――実況を始めるとしよう。
「まず、このプール……巨大な容器に水は入っていない。スライムは水に溶けないからだ。熱湯であれば溶ける可能性もあるだろうが、準備する時間が足りず、いきなり大量のそれを用意するのは不可能だろう」
リリアたちの方を見てはいるが、教師が生徒に説明するよう、声が響くように言葉を紡ぐ。
スライムがいつ現れるかを知ることができれば、熱湯で溶かすという手段も取れたのだろうが、結局、最後まで奴の行動パターンを解明する事はできなかった。
「ならば、日頃準備しておけるもので対抗策を考えねばならない。そこで登場するのが『塩』だ」
「……塩?」
リリアが理解できないのも無理はない。
俺が昔、スライムの実験をしていなければ、そして雨降って地固まるという、用途を間違えた言葉から着想を得ていなければ、ここで骨も残さずに溶かされていた事だろう。
「結果だけ言うと、スライムは塩と混ざると固まる。プールの底には、俺がコツコツと撒いておいた塩で満たされている。その証拠に、そいつの接地面は固まって、もう跳ねることができない」
スライムの底は固まっていて、もはやまともに動くことができなくなっていた。
「さらに……リリア! 壺をスライムの上空に投げてくれ!」
「わ、わかったわ!」
身体強化を施されたお陰で、リリアは巨大な壺を軽々と投げることができる。
俺は、肩にかけておいた弓を構え、スライムの真上に到達した壺を正確に射る。
すると、割れた壺からは大量の塩が、まるで雪のように降り注いだ。
その雪が降り積もる先はただひとつ、まだ上半身に消化能力を残したモンスターだ。
塩を全身に浴びたスライムの弾力のある身体は、みるみるうちに固まり、やがてほとんどが固体となってしまった。
「……これでスライムの無敵の防御は無力化された。もう動くことも、何かを溶かすこともできない。次で仕上げだ!」
弓を投げ捨てると、今度はハンマーの形に変形させた「砕くくん」を手に持ち、次の瞬間、思い切りスライムに振り下ろした。
「す、スライムの身体に……」
もはやただの塊と化したスライムにヒビが入る。
そのヒビは徐々に体内へと広がっていき、最後には、核となっているであろう宝石か半分に割れた。
「ふぅ……」
安堵のため息が出る。
よし、なんとか作戦通りに事を運ぶことができた。
命からがらスライムを倒す事ができて、心底安心している。
後は、動画編集用に決め台詞を言わねばならない。
相手は世界最弱の生物で、多分、エリシダの人々なんかは魔術なんかで簡単に倒せるのだろう。
だからこそ、作劇的な面で盛り上げて見せる。
「――やはり狩られるだけの生き物。これが、スライムの攻略法だ」
低音を意識しつつ、過去最高に格好つけながら振り返る。
俺の視界に入ったのは、安堵のせいか涙を流しながら飛び込んでくるリリアの姿だった。
こうして、俺とスライムの戦いは幕を閉じた。




