そうめん
「今回は、暑い夏を涼しく過ごす提案です。その名もズバリ、流しそうめん!」
「わぁ〜! よく分からないけど楽しみね!」
ばちぱちとリリアが拍手をしている。
夏真っ盛り、照りつける太陽にうんざりしていた俺は、どうにか涼しく夏を過ごせないかと考えに考えた。
来る日も来る日も考え続け、蒸し暑く眠れぬ夜と、争いがたいリリアの誘惑になんとか耐え……。
その結果、脳に走る電流とともに生まれたアイデアが流しそうめんであり、どうせなら動画化して視聴者にも楽しんでもらうことにした。
リリア曰く、同じかは分からないが、似たような食べ物自体はあるらしい。
しかし、ギミックを用いて楽しみながら食べるという文化は根付いていないようだ。
「それじゃあまず、今回の目玉になる道具を作っていきたいと思います!」
楽しみながら食べてもらうために、流しそうめんの「流し」の部分を作る。
もちろん作り終えた物を用意しても良かったが、視聴者が真似しやすくするために、製作工程も動画に詰め込むことにした。
最初にスライダー作りに取り掛かった俺は、まず木材を細く切り、水が流れやすい形に削っていく。
本当は竹が良かったのだが、残念ながらこの辺りには生えていないため、木材で代用することにした。
後で組み立てやすくなるように、丁寧に周りを削る。
神の像、指輪と作ってきた今の俺にとっては朝飯前の作業だ。
数本のスライダーを作り終えたら、次はそれを固定する台を作成する。
カカシの作り方をアレンジするような感覚で、上手く纏め上げることができた。
これでそうめんを流す準備は完了である。
スライダーを不思議そうに見ているリリアとマロンを置き去りにし、そうめんを茹でに洞窟へ戻る。
思いついたばかりで麺を作る暇がなかったため、今回はポイント交換で手に入れることにした。
見慣れない食べ物ではないということで、突然出てきても驚かれないだろうしな。
約二分ほど麺を茹で、その後、素早く水でもみ洗いする。
そうする事で、さらに味が良くなるとレシピに書いてあったからだ。
「というわけで、早速流していきましょう! リリアは箸を持って、途中で待っててね。あと、はいこれ」
そうめんに付属していたつゆを浅いコップに入れ、リリアに渡す。
「この半分に割った筒に麺を盛り付けるの? 手伝うけど……」
その言葉に笑みをこぼしながら、設置したスライダーの最上部にホースを固定。
出力を極限まで抑えることによって、まるで小さい川が筒の中に流れているようになる。
「えっ!? これじゃあ麺が水で流されちゃうわよ?」
「そういうものなんだよ。今から麺を流すから、箸で掬って食べてね!」
高い位置から低い位置へ向けて傾斜をつけ、水が自然に流れるようにしてあり、一番高い場所からそうめんを放り込む。
すると、水の流れを可視化するように、その風のようにめんが流れていった。
「……あ、麺が流れてきて楽しい! なかなか取れないけど……」
慣れない箸という獲物で、少々麺を掴むのに苦戦していたようだが、ついに掬うことができた。
つゆにそうめんを浸し、口に運ぶリリア。
そのリアクションからは満足が見て取れた。
「ん〜! さっぱりしてておいひいわ!」
「じゃあ俺も参戦しようかな」
ホースの根元に麺を少し入れ「そうめん入りの水」とする事で、無限に流しそうめんを楽しむことができる。
インチキ染みているが、これがチートの醍醐味。
流れ出すそうめんを満足げに眺めた後、戦いに参戦する事にした。
「…………ん?」
俺はスライダーの後半で待っているのだが、いつまで経っても水しか流れてこない。
不思議に思い川上の方を見てみると――。
「うんうん、美味しいわ!」
凄まじい成長スピードで箸を使いこなせるようになったリリアが、麺を根こそぎ攫っていた。
うん、まぁ、楽しんでいるようだし可愛いので許すが、広い心でいくら待てども空腹は満たされない。
と、その時。
リリアが取りこぼした麺が川下へ降臨した。
「ついに来た!」
一世一代の大チャンス!
感覚が研ぎ澄まされ、麺の動きがスローに見える。
段々と端の射程圏内に近づいてくる麺。
さぁ、今こそ俺に捕まる時が――。
「――なんだとッ!?」
しかし、箸の射程圏内に入る直前、突如として現れたマロンが舌を巧みに使って麺を吸い込んでしまう。
あまりに一瞬の、予想もしない出来事に驚きを隠しきれない。
まさか……敵は二人いたなんて。
突然の闖入者は、満足げに尻尾を振っている。
……こんなところで負けてなるものか。
俺は、強大なライバルたちを前に最後まで戦い抜くと胸に誓い、箸を握りしめるのだった。
撮影は終わり、最終的に俺が麺を掬えたのは、いや、救えたのはたった三回だけである。
次こそは負けない。
それから、時間を見つけてはリベンジのためにそうめんを流し続ける日々が始まった……。
・
「う、うおおおおおおお!?」
エリシダで建築業を営んでいたブンバーは、彼の人生最大級の忙しさを味わっていた。
「そうめん用の筒、一つくれ!」
「うちにもほしいわ! 爆速でお願いします!」
仕事場を兼ねている自宅、その前に人だかりができている異常事態。
もちろん、彼も鈴音の動画を楽しく視聴していて、うちでも同じことができるなと、これで息子や娘を楽しませられるなと考えではいたが、まさか仕事に繋がるとは予想もしていなかった。
大きな町とはいえ、既にエリシダの敷地内で新しい家を持とうとする動きはほとんどなく、ブンバーは毎月減る収入に頭を抱えていた。
今更、廃業して新しいことを始めるわけにもいかず、別のビジネスを考える柔軟性もとうに失った。
しかし、彼はいま、一日に数十件という未曾有の受注によって、悩みを解消することに成功したのだ。
その日の夜、ブンバーは一人涙を流していた。
子供達や妻に見られないよう、隠れて涙を流していた。
「うっ……うっ……スズネ様、ありがとう……」
視聴者が同じように楽しめればいいなと、鈴音はそれくらいの手軽さで考えていて、それによって仕事が増えるだとか、経済がどうというのは意識になかったが、意図せず、彼の動画は一つの家族を救ったのだった。
・
「これすなわち、人生を表しているのじゃ!」
威厳に満ち溢れた老人が両腕を開き、人々に力説している、いつも通りの光景。
相変わらず、アルジャックによる動画解説は人気を博していた。
今の流行はもちろん流しそうめんであり、町のあちこちに、ブンバー手製のスライダーを用い、食を楽しんでいる姿があった。
「そうか、水の流れは人生で、麺は俺たち人間を表しているのか!」
「食される事、それ即ち、死……」
「今も掬われていない俺たちは、もっと生きていることに感謝しなくちゃな」
「それと共に、いつ掬われ、食べられるか分からないということに対する覚悟と対策、悔いのない人生を送る大切さか……」
度重なる知恵者の助言の賜物か、段々と考察能力が上昇している人々。
それは一説には深読みというらしいが、何はともあれ、先導者は満足げに髭を撫でている。
「ふむ、やはりスズネ殿のメッセージは深い。いずれ尋ねに行って、悪魔のスライムについての見解を聞いてみようかのぅ……」
そう呟くアルジャック。
近頃は、悪魔のスライムについての文献を漁っているが、相手は対話が出来ず、傷ひとつ与えることができないために情報が少ない。
故に、直接鈴音のところへ出向いていき、彼に意見を求めるのも一つの手かと考えていた。
だが、その予定よりも早く二人が出会うことになるとは、今はまだ知る由もない。




