説明
気がつくと光はおさまっていて、緩い風が肌の上を走るのを感じた。
青々とした匂い、草々が揺れる音、小鳥の囀り。
少しずつ世界に受け入れられている実感が湧き、恐る恐る目を開けた――。
それから数時間が経った。
簡潔に言うと、本当にここは異世界らしい。
事前に告知されていたエルフもドラゴンもまだ見ていないが、鋭いツノのついた、デカイハムスターのような生き物を遠くに確認したのだ。
おそらくこんな生き物は、元の世界にはいなかった。
デカいハムスターならいるかもしれないが、ユニコーンの様にツノが生えているのだ。
何故ツノが生えているのか?
意味のわからない進化こそ、異世界の醍醐味である。
きっと、真正面から堂々と襲ってくる獣でもいたのだろう。
ともかく、常識から外れた容貌の生物を発見でき、嬉しさのあまり叫び出しそうになったが、近くに熊でもいたなら再び神に会うことになりそうだったので必死に堪えた。
さて、面白生物の観察結果はこの辺にして、俺がこの数時間でどんな体験をしたか、かいつまんで説明していこう。
意識が戻り、森の中で目覚めた俺は、あたりを見回してみた。
森の中と言っても深くはなく、近くに山はあるものの、これもまた小さかった。
森に人の手が入っている様子は確認できなかったが、そう遠く離れてもいないだろう。
適当な予測を立てながら、俺は人里を探して歩き出した。
現地の人間がいれば、この世界の情報をある程度得ることができ、生存率の上昇につながるからだ。
しかし、2時間ほど歩いても人の痕跡らしき物が何一つ見つからなかった。
自分が想像していたより、遥かに森は広大だったのだ。
迷うのも避けたいので、これ以上探索するのも諦め、夜を越すために洞窟を探し始めた。
ゲームの中であれば簡単に家も作れるのだが、いくら剣と魔法の世界であっても、現実ではそうもいかない。
そして、家もない状況で森をうろつけば、最悪の場合、肉食動物の晩ごはんになるだろう。
無事に拠点となりそうな場所が見つかればいいのだが。
そして現在。
幸運なことに、洞窟探しから1時間ほどで、内部に生命の痕跡がない浅い洞窟を発見した。
簡易的な家な寝床であれば、木や葉、泥などの自然の材料を使って作ることができると、生前読んだサバイバル本に書いてあったが、やはり石でできたものがいちばん安全だろう。
ここを当面の拠点とすることとし、固い地面に腰を下ろす。
洞窟というものは、夏は涼しく、冬は暖かいとも本に書いてあった。
最悪ここを拠点としておけば、四季を乗り切れるとの判断だ。
そもそもこの世界に四季が存在するかは不明だが、想定するに越したことはないだろう。
あぁ、サバイバル本についてはあれだ、中学二年の時に読んだ。説明終わり。
「さてと……」
ここで、転生してから背負っていたリュックの中身を確かめることにした。
目覚めた当初は興奮で気が付かなかったが、どうやらこの青いリュックは、神からのプレゼントのようだ。
長方形のそれは、最も容量のある真ん中のチャック、小物を入れる表面のチャックと、二段階に分かれている。
「これ、俺が中学生の時に使ってたリュックだよな……」
きっと、元いた世界を忘れないためにという彼なりの気遣いなのだろう。
いや、あいつのことだから、適当に俺の記憶から作ったんだろうな。
早くも神に対しての解像度が深まっている気がする。
リュックを開けてみると、中にはA4サイズの薄いタブレットが1枚、水の入ったペットボトルが1本、革製の鞘に収まったナイフが一本、そして紙が1枚入っていた。
とりあえず紙を見てみると――。
『やぁ、転生おめでとう! 突然だが、リュックの中に入っているタブレットの説明をするよ!』
なかなかにハイテンションだな。
もちろん神から俺宛への手紙だ。
『このタブレットは、君の大好きな実況関連のものだ。これは詳しく説明しなくてもわかるだろう』
……二行前にタブレットの説明をするって言ってなかったか?
それなのに「詳しく説明しなくてもわかるだろう」は手を抜きすぎだと思う。
『いや、マニュアルっぽく書こうと思ったんだけど、めんどくさくて』
手紙でまで俺の思考を読むな。
『あぁ、ちなみに充電不要だよ』
充電不要とかいうところで無駄に神の力を感じるな。
現代科学を超越している。
それより、実況関連と言っていたし、このタブレットで動画が見れるのだろう。
この薄い機械が、この世界で最も大切に扱わねばならないものだな。
今すぐにでも視聴を開始したいが、夢中になっている間にモンスターに襲われないとも限らない。
周囲の安全を確保した後に見てみよう。
暫し我慢しなければならないが、2、3日ぶりに動画サイトを開いた時の、未視聴の動画が並ぶ様を胸を高鳴らせながら眺めるのも好きなのだ。
それで、手紙の続きには何が書いてあるのか。
『いろいろな機能があるからゆっくり試してみてね。ちなみに私も実況を見させてもらうから、いつか感想を伝えることにするよ』
へえ、神様も実況動画を見るのか、どんなジャンルが好きなのだろう。
神の世界にオセロとチェス以外のゲームが存在しているとは思えないし、やはりテレビゲームあたりの実況動画に興味を持つんじゃないかと考える。
ちょっとジャンルは違うが、釣りとかも楽しいよな。
のんびり時間が過ぎていく感じは、作業中にはもってこいだ。
それにしても、「実況を見させてもらう」とか「感想を伝える」とか、俺の動画じゃないんだから報告する必要はないんだけどな。
もしかしたら、俺と話を合わせようとしてくれているのかもしれない。
お父さんが子供と話を合わせるために、さして興味もないアニメを見るのと同じ感じだろうか。
『あ、あと。火とか剣とか、ないと死にそうな物も自分で作ってもらうけど、少しばかり上手く行くようになってるから。まぁ適当に頑張ってね! それじゃ!』
最後の最後で適当にはなっているものの、かなり高待遇なのを実感する。
少しばかりというのがどの程度かは分からないが、おそらく生活が安定するくらいの効果は期待できるはず。
火とか武器とか、森スタートで持っていないと詰みかねないからな。
正直、たいして強くもない魔法が使えるとかより嬉しい気がする。
火を付けられるなら食物を食べる時の安全性が増すし、剣があれば探索も物作りも、多少無茶もできる。
小型の生き物となら戦えるだろう。
そんなことを考えつつ、洞窟から空を見上げると日は落ちかけていて、ほのかに闇が広がってきている。
後は洞窟で寝るだけだが、動物避けの意味も込めて流石に焚火くらいは欲しかったので、近くに落ちている木の枝を集めることにした。
そんなに離れなければ、土地勘がなくても帰れなくなることはないだろう。