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花火

 夕方までプールでのんびりと過ごした後、俺たちは軽く夕食をとることにした。

 リリアは今も顔を赤くして俯いているが、しっかりと料理を作ってくれ、味も素晴らしかった。

 本来なら彼女を慰めるべきなのだろうが、残念ながら今の俺にはやるべきことがある。

 リリアの手を握り一言断ると、寂しそうにこちらを見つめる視線を背に洞窟を出た。

 

 マロンの背にまたがり、十分ほど森を進んだところで腰を下ろす。

 間違っても、リリアに何をしているか知られたくないからだ。


「ここなら見つからないよな。マロン、少しの間散歩してていいよ。でも、気を付けてね」


 そう告げると、マロンは軽快に歩き出して行った。

 川は渡っていないし、スライムに襲われる心配はないだろう。


「……さて」


 俺は、持ってきた斧で手近な木を切り倒し、小さく加工して地面に置く。

 続いて、神像を彫ったときのノミを取り出し、木の中心を円形に削りだす。

 神の力が宿されているお陰で、削った面はすべすべで、普通に扱っていて怪我をすることはなさそうだ。

 外側も同じく円形に削っていく。


「……よし、シンプルだけど割と良い感じだ」


 三十分ほどかけて完成したそれを丁寧に横に置いて、次の作業に取りかかる。

 先程と同じく木を小さく切り、長方形に整える。

 横に長いそれをさらに半分に切り、両方の中をくり抜いていく。

 片方に少し段差をつけることで、二つを組み合わせた時に箱になるように、ゆっくりと、慎重に手を動かす。

 そうして完成した箱の中に、緩衝材として摘んでおいたシロツメクサのような花と、先程作った円形の物を入れる。


 思いの外時間がかかってしまったが、なんとか出来上がった。

 ちょうどマロンが散歩から帰ってきたので、のんびりと家路につくことにした……のだが。


「やっばい……緊張してきた」


 段々と心臓の鼓動が早くなっていき、深呼吸してみても全然収まらない。


 これから俺は生まれて初めて、女子にサプライズプレゼントをするのだ。

 緊張で強ばる表情筋と、口の中がひどく乾いて行くのを感じていた。

 自らの意識とは関係なく、手が震えている。

 そんな情けない俺を鼓舞するように、マロンが小さく跳ねてくれた。


「こんなことしたことないからさ。大丈夫かな……」


 マロンはどう思っているだろうか。

 動物の思考が読める道具を用意してもらおうかと、本気で悩んでいた。

 

「あ、スズネちゃん遅いわよ! 心配したんだから!」


 洞窟に帰ると、機嫌を治していたリリアが出迎えてくれた。

 両手で俺の手を包み、怪我はないか確認してくれる。

 普段と変わった様子はないはずだが、どこかいつもと違うようにも見えてしまう。


 表情に少し照れがあるというか……まさか、サプライズがバレている!?


 いや、プレゼントはしっかりポケットの中にしまってあるし、顔に付着した木屑も払っておいた。

 緊張のし過ぎて変に敏感になっているんだろう。きっとな。

 平常心を保て鈴音、クールに誘うんだ。

 まずは、少しも隠し事はないというのを表現するために、壁に片手をついて、イカしたポーズをとる。


「へ、ヘイリリリリア?」

「なぁに? スズネちゃんのその立ち姿、すごくカッコいいわね。もしかして、魔術師が自分なりのポーズで魔法を使うみたいに、スズネちゃんも追求してるの?」

「え? あ、あぁ……そういうことだよ?」

「なら私にも考えさせて! こんなのはどうかしら!」


 リリアは左手を顔の前に持ってきて、両足を大きく開き、ダイナミックに立つ。

 おいおい、なんだがこのポーズ、漫画で見たことあるぞ。

 そうじゃなくて、話が変な方向に進んでいるから軌道修正しなくては。


「私もスズネちゃんのお手伝いがしたいから、たくさん企画?っていうの考えるからね!」

「あ、ありがとうリリア。それで、えっと、今日は今からそそそそそ外で動画の撮影をするから着いてきてくれないかい?」

「撮影? もう外は暗いのに珍しいわね?」


 首を傾げるものの、俺の差し出した手を握ってくれる。


「まままままぁな! 気にしないで着いてきてくれよベイビー!」

「もう、ベイビーちゃんだなんて!」


 よし、完璧に誘えたはずだ。自分の冷静な対応に惚れ惚れする。

 照れるリリアを引き連れて、洞窟の外へ出た。

 

「――というわけで、実際に見てもらった方が早いと思います! それでは花火をやってみましょう!」


 説明もほどほどに、ポイントで交換しておいた手持ち花火をリリアに手渡す。

 今回は夏特集ということで、自分で何かを作るのではなく、メルン印の道具に頼ることにした。

 打ち上げ花火なんかも交換できたのだが、その音でスライムに拠点がバレてしまう可能性を考え、今回はお蔵とした。


「えっと……これの先端を火にかざせばいいのよね?」

「そうそう。軽く燃え移ったら離して大丈夫」


 これから何が起こるのかわかっていないようだが、俺の誘導に従って花火を火に当てて数秒後、小さな光が先端に灯る。


「スズネちゃん、火が付いただけで何も起きな……あっ!」


 少し遅れて、先端から無数の火花が飛び出す。

 驚くリリアの顔を確認し、俺も自分の花火に火をつける。


「これ、線香花火っていうんだ。綺麗でしょ?」

「うん! お花が燃えてるみたい!」


 しばらくの間、言葉も忘れて勢いよく跳ねる火花を見ていたが、その火球は段々と力をなくしていく。


「あれ、元気がなくなっちゃったみたい。でも、これもとっても綺麗ね」


 燃え尽きる前の最後の輝きを眺めるが、やがてそれも終わってしまった。


「……残念、終わっちゃった」


 切なそうに燃え尽きた線香花火を見るリリア。

 伏目がちな表情、緩い風に揺れる綺麗な銀髪。

 夢のようだが、決して忘れられないであろう光景。

 その幻想的な姿を目に、俺は、今しかないと決意して口を開く。


「――リリア!」

「ん? どうしたの?」


 手元から視線を外し、俺を見つめるリリア。


「これ、リリアにプレゼントなんだけど!」

「……えっ?」


 状況が掴めていないリリアの手に、さきほど完成したばかりの箱を渡す。

 まるで何に使う物なのかわからないような顔をして固まっていた彼女だが、しばし手元を見つめたのち、ようやくそれを開いた。


「え、これって――指輪?」

「そうだよ。水着は神様にもらった物だからさ、俺からもちゃんと贈り物をしたくて。リリア、いつもありがとう」


 精一杯の感謝を伝えるとともに、箱の中に入れておいた指輪を取って、リリアの薬指にはめる

 動画の撮影中だなんて気にしない。もちろんここはカットだ。


「スズネちゃん……あの、えっと……」


 顔を真っ赤に染め、指にはめたリングと俺をかわるがわる見ている。

 言葉にならないくらい嬉しいのだと、その顔を見ていて伝わってくるが、何か、他にも考えていることがある気がした。

 きっと、なんで指のサイズを知っているか、とかだろう。

 俺は策士だからな、洞窟を出る前にリリアの手を握って確認しておい――。


「も、もしかしてこれって……プロポーズ?」

「なんで!?」


 いや、確かに指輪をあげたが、なんでプロポーズだと思われたんだ!?

 ただ、左手の薬指に指輪を…………あ。

 初めての贈り物に緊張して全く気が付かなかった。

 薬指のサイズにしたのも、母親が昔付けていたな〜とかその程度の思いつきだった。

 世界が違えば指輪の習慣も変わるのかと思ったが、勘違いだったようだ。

 意図せず一世一代のプロポーズをしてしまったことになる。

 冷静に状況を整理している場合ではなく、今は誤解を解かねば。


「ち、違うんだ! これはただ、リリアに似合うアクセサリーはないか考えた時に浮かんだのが指輪だっただけで――」

「嬉しい! ついに私をお嫁さんって認めてくれたのね! 今夜は寝かさないわ!」

「それ俺が言う台詞! じゃなくて本当に違うんだ!」

「みんな! これからも私たち夫婦をよろしくね!」


 この部分は当然使わないのだが、リリアの誤解を解くのに時間がかかったせいで、動画の編集が終わったのは深夜であった……。


 

「なぁ、あれって精霊魔法だよな……?」


「弾ける火は、唯一、精霊と契約できた勇者様だけが使える魔法のはず……」


 化学というものがほとんど発展していないこの世界では、花火が存在することは理解できても、それがどの様な仕組みで成り立っているのかは不明であった。

 そのため、この現象をメルンヴァラの歴史で理解しようとすると、精霊との契約魔法の行使になってしまう。


「勇者は世界に危機が訪れる時に生まれるんだよな?」

「もう魔族との戦争は終わったはず……新しい勇者は生まれないんじゃないのか?」


 古くからの言い伝えとして、勇者はこう言われている。

 新たな魔王が誕生する時、それに呼応するように勇者が現れる。

 または、勇者という存在が人々に露見するときは、魔王が行動を開始する時だ……と。

 人間の魔族間の争いはとうに終わったものだが、人々は鈴音の花火を見て、不安を覚え始めていた。


「……俺たちで考えても仕方ない。アルジャックさんに聞いてみよう。勇者様と旅をされてきたお方だ、スズネ様のが本当に精霊魔法か分かるはずだ」


 エリシダの住民たちは列をなして、町外れに住むアルジャックの質素な家へと向かう。

 一列になって歩く様は、神への祈りを捧げる儀式のようだった。

 魔術師の住処に辿り着くと、丁度そこから出てきた老人とすれ違う。

 長蛇の列に気が付かない程、彼は耄碌していないのだが、何か考え事に夢中になっているようだ。

 町民のうちの一人が声をかけようとしたのだが、アルジャックが何か呟いているのに気が付く。


「あれは、まさしく勇者殿の使っていた魔法……。彼は聖霊との契約を果たした、史上二人目の人間だということか……?」


 無論、それはアルジャックの勘違いであり、鈴音は精霊との契約などしていない。

 しかし、彼の口から無意識に漏れ出した言葉を聞き、人々は興奮と熱狂に包まれてしまう。

 先代勇者の意思を継ぐ逸材が現れた。

 そのニュースは瞬く間にエリシダを飛び出し、後に、大きな事件を巻き起こすことになるのだった。

 

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