水着
楽しそうにあちこちを飛び回る小鳥の鳴き声と、横から聞こえるリリアの寝言のお陰で目が覚める。
身体の左半分が、彼女の体温で暖かくなっていた。
「スズネちゃん……私が守ってあげるね……」
自然とリリアの頭を撫でていた。
夢の中でも俺のことを大切にしてくれているのが伝わって、素直に嬉しい。
一体何から守ってくれているんだろう。
「えへ、怖くないよ……スズネちゃんは可愛いから、他の女の子に何かされないように家にいてもらうだけだから……」
自然とリリアの頭を強く掴んでいた。
俺は監禁されているんだな、と手に力がこもる。
「あぁ、いた、いたたたたた……」
苦しそうな表情をしているが構うものか、これは正当な権利だ。
夢の中の鈴音よ、お前の無念は今晴らしてやったぞ。
飽きたので手を離すと、リリアは再び狂気的な夢の世界へと旅立っていく。
「逃げるなら……首輪付けちゃうからね……ぐへ」
「………………」
こいつは放っておくことにしよう。
俺はゆっくりと上半身を起こし、寂しそうに一人呟く。
「……何か、大事な夢を見ていた気がする……」
いや、夢の内容は一言一句覚えているのだが。
アニメや映画で、夢の中で何が起こったか忘れたが、何かあったのは覚えている、みたいなリアクションをする場面が出てくるだろう。
そういうの、一度やってみたかったのだ。
茶番が終わったので、神が贈ってくれているであろう、プールを作るための道具を探す。
プール作成キットと言っていたが、どんな形状の物なのだろう。
まさか、コンクリートと採掘機を渡されて、自分で作れとか?
それとも日刊で送られてくるパーツを組み合わせて、君だけのプールを作ろうとか?
長さも深さも自由自在ってか、やかましいわ。
ノリツッコミもほどほどに辺りを見回すと、机の上に見慣れない物体が置いてあるのが目に入る。
布団から抜け出して近くに寄ってみると、それは四本の杭であることがわかった。
杭を手に取って、様々な方向から観察してみる。
重さといい大きさといい、テントを立てる時に設置する杭にしか見えない。
ははーん。これはおそらく、プールの大きさを定める道具だろう。
これをプールの四隅の位置に打ち込めば、たちまちプールが完成するという便利道具のはずだ。
良かった。もしかしたら自分で作るハメになるんじゃないかと少し心配していた。
そうであればプールに入れるのは一年後である。
「ふあぁ……」
大きく伸びをする。
寝ている間、常にリリアのアブノーマルな寝言が鼓膜を震わせていたのか、まだ眠気がとれない。
しかし、念願のプールがすぐそこにある。
俺は、ぐっすりと眠っているポンコツ八頭身を叩き起すと、洞窟の外へと連れ出すことにした。
「やだ、スズネちゃん……。朝からだなんて……もう!」
まだ夢から覚めていないのだろうか。
脳みそお花畑な言葉は無視し、家から歩いて五分くらいの場所で足を止める。
……この辺りで良いだろう。
「リリア、今日はこれからプールを作るぞ」
「プール……ってなに?」
疑問符を浮かべながら首を傾げるリリア。
そうか、この世界にはプールがないか、もしくは違う名前なのだ。
「なんていうか、川とか海で遊ぶのってちょっと危ないだろ? 流されちゃうかもしれないし、どこまで続いているのか、何が起こるかわからない」
「そうね。ホワイトスティングとか出てくるし、安全ではないわ」
ホワイトスティングがどんな生き物かは知らないが、確かエイはスティングレイと言うはずだ。
それに準ずる見た目の魔物だろう。
「プールっていうのは、人工的に作った小さい海みたいなものなんだ」
「小さい海……人の手で作るからには大きさも決まっているわけね。……つまり一緒に泳げるってこと!?」
「泳げるどころかクラゲになれるぞ」
「わぁ! クラゲは分からないけど嬉しいわ!」
うんうん、リリアも嬉しそうだ。
プールと聞いて心を躍らせない人間など、海賊くらいしかいないんじゃないだろうか。
海賊はどこまでも、彼方まで行きたいだろうからな。
「スズネちゃんの水着姿……ふへへ」
せっかくのプールを前に卑猥な妄想をしやがって。
再び正義の鉄槌を下そうと思ったが、夢の中で俺も同じようなことを考えていた気がするので拳を下ろした。
「でも、どうやって作るの? 二人がゆっくりできる空間って結構広いし、お水だって……」
「まぁ見ててくれ、この便利道具を使う」
俺は両の人差し指と中指、中指と薬指の間で二本ずつ杭を持つ。かっこいいだろう。
プールの大きさは、基本的な二五メートルプールを真似すれば良いだろう。
小走りで四隅の位置に杭を打っていく。
「……こんな感じでいいだろう。それで、ここからどうなるんだ……?」
四本目を打ち終わり、平な地面を眺めていると、その内側が徐々に低く下がり始めた。
あっという間に二メートルほどの深さに達し、地面も壁もコンクリートのような材質で覆われていく。
そして、五分も経たないうちに、立派な二五メートルプールが完成してしまった。
「おお……!」
相変わらずのインチキパワーだ。
「わ……わぁ……」
隣には、アホみたいに口を開けて驚いているリリアの姿がある。
度を超えた美人でよかったな。
そうでなければ、このシーンだけ切り抜いて動画のサムネイルにしていた所だ。
「いま何か失礼なことを考えなかった?」
「……気のせいじゃない?」
神に勝るとも劣らない読心術である。
「それで、プールはできたけどお水はどうするの?」
「あぁ、これを使えば大丈夫だよ」
テレビショッピング顔負けの好タイミング。
この状況を攻略してくれるインチキツールを、今朝、交換しておいた。
その名も、【どこでもチャプチャプさん】、見た目は完全に普通のホース。
わかりにくいのでインチキホースと呼ぶことにする。
さてこのホース、どのあたりがインチキかというと、ホースの根元に使用したい液体を一滴垂らすだけで、無限にそれが発射できてしまうのだ。
要するに、いちいち水源にホースを設置して引っ張ってくる必要がない。
その上、爆速で望む量の液体を出すことができる。
なんでもありだぜ。
ホースの根本に水を一滴垂らして蛇口を捻ると、たちまち先端から凄まじい量の水が出てきて、プールはすぐに遊泳可能な状態となった。
「すごーい! 今すぐにでも泳げるわね!」
リリアも飛び跳ねて喜んでいる。
揺れる物体を見て、俺の心も飛び跳ねている。
そして俺にはわかる。次に彼女が言う台詞が。
「で、でも、水着がないのよね。裸で入るのは流石に恥ずかし――」
「そう言うと思ったよ。ほら、水着」
なんとかゼミでやったところだ!
全て言い終わる前に、俺は彼女の前に水着を差し出す。
そりゃそうだ。リリアの裸を見ようものなら俺の身体は水中で岩のように固まり、命あるうちに再び土を踏むことはなくなるだろう。
水着を受け取ったリリアは、俺と、手にした布を交互に見て――
目に涙を溜め始めた。
え、泣いてるの?
もしや、俺から水着を渡されたことが生理的に受け付けられず、恐怖で涙しているのだろうか。
とりあえず土下座するか?
そう思っていると、リリアは満面の笑みを浮かべて口を開く。
「スズネちゃんからの初めてのプレゼント……。一生大切にするね……!」
「えぇ……」
確かに、彼女にプレゼントを渡したことはないが、というか前世を含めても女子に何かを渡すというミッションに挑戦したことはないが、何か貰ったくらいでそんなに喜ぶものか……?
現金二千万とかならわかるが、ただの水着である。
それに、これは正確には神からのプレゼントであって、俺が用意した物ではない。
喜んでくれるのは良いことだが、ちょっと申し訳ないな……。
普段お世話になっているし、今度ちゃんとした贈り物を探しておこう。
「それじゃあ、着替えてくるわね!」
罪悪感を感じている俺を置いて、リリアは水着に着替えるために木陰に隠れてしまった。
今プレゼントについて考えても何も進まないので、俺も水着に着替えるとする。
手に持っている布を見てみよう。
俺の水着は無難なボクサータイプのもので、デザインも無地である。
……と思っていたのだが、背面には大きく、メルンの顔面がプリントされていた……。
「あいつ、いつか絶対ぶん殴ってやる」
俺を覗き見て笑い転げているであろう金髪の姿を想像し、過去最大級の決意を固めた。




