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 ……何も見えない。


 ……それどころか、身体の感覚もない。


 そんな朧げな状態なのに、不思議と意識ははっきりしていた。

 今がどこなのか、いつなのか、よく考えてみよう。

 冷静に考えれば何か手がかりを見つけられるかもしれない。


 確か、今日は一日かけて神様の像を彫っていた。

 便利道具のおかげとはいえ、なかなかに良いものができたと自負している。

 完成した神像の前にお供えをし、晩飯を食べたのも覚えているな。

 その後は……。


 そうだ、動画の編集を後日に回すと面倒だと思って、夜中に作業に入ったんだった。

 といっても、大部分が同じ場所での繰り返しを何倍速かにして流すだけの動画だったから、編集にそれほど時間はかからなかった。

 それが終わった後は、疲れたから布団に入って目を閉じようとして、どさくさ紛れに一緒に寝ようと擦り寄ってくるリリアを追い出して……。

 結局、根負けして一緒に寝たんだ。

 しかも、リリアのほうが身長が高いこともあって、抱きしめられるようにして寝ることになったのだった。

 幼い頃、母に抱かれて眠っていたのを思い出す様でとても心地よかったが、胸が顔に当たって理性を保つのが大変なんだよな。


 ……であれば、ここは夢の世界か?

 寝ている間にリリアの胸で窒息して死んだ可能性も否定できないが、流石にそうになる前に目が覚めるだろう。

 夢の世界だと考えると、身体が自由に動かせないのも納得だし、間違いなさそうだ。

 その割には、何か突飛な出来事が起こるわけでもなく、辺りは真っ暗で、何も変化がない。


 うーん、ここはどこだ……?


 相変わらず真っ暗な周囲の様子を探っていると、突然目の前が眩く光りだした。


「うわっ、眩しい……なんなんだ!?」


 自分が声を発することができたと気付くと共に、覚えのある声が聞こえてくる。


「鈴音くん久しぶり! 突然だがお供えありがとう!」


 あぁ、なんだ神か……。

 いまだに眼前は白一色で、姿が見えるわけではないが、この軽々しい、若干腹が立つ話し方をするのは神だけだろう。


「なんか色々酷くない!? これでも一応神様なんだよ? 私が夢に現れたら、メルンヴァラの八割の生物は嬉死するね。嬉死っていうのは嬉しくて死んじゃうことで――」


 説明されなくてもわかっている。

 空気を震わせずとも思考が伝わっている。さすが神。

 だったら、死んだ直後も俺の心を読んでくれればよかったのにな。

 そうすれば、今頃俺は実況動画を楽しめていたというのに……。


「ご、ごめんね? 君が転生した後に悲しんでいるのを見て、うわーやっちゃったなと思ってね。今後はガンガン心を読んでいくよ!」


 それはそれで嫌だが、また勘違いで酷いことになるよりはマシかもしれない。

 言葉を発さずとも伝わるというのも、思いの外楽で良いな。

 それで、何の用ですか? 


「なんのって、お供えをしてくれただろう? そのお礼をしに来たんだ!」


 神様なんたらセットのことだ。

 確かにお供えはしたけど、ビールとかおつまみとか、神様ならいくらでも出せるんじゃないのか?

 それでわざわざ夢に出てくるなんて、少々大袈裟な気がする、


「いやーそうだけどね? やっぱり自分のために贈られるものって、特別美味しく感じるんだよ!」


 確かに自分が作るより、誰かが作ってくれた料理の方が美味しく感じるもんな。

 そういう感じだろうか。


「そうそう! あと、実況動画も毎回見させてもらってるよ! いいじゃないかぁ〜! 僕、ああいうの好きだな!」


 お、神は実況動画の良さがわかるのか。

 流石、創造神として崇められているだけのことはある。

 俺の動画は現地の人々にも概ね好評なようだし、嬉しい限りだ。


「ちなみに一番面白かったのは、リリアちゃんにお嫁さん宣言された直後のキョドり方かな」


 ……身体があればぶん殴ってたのに。

 この怒りは、目覚めた後、神像にぶつけるとしよう。


「あの像は、僕の力で壊れないようにしておくから安心してね。せっかく鈴音くんが作ってくれたんだし」


 いえいえ、粉々に砕いておきますよ。


「か、かなり物騒だね……。あぁ、それで本題なんだけど、君にご褒美をあげたいんだよ」


 ご褒美ですか?

 一体何をくれるんだろう。

 そうだ、この世界のことを今のうちに聞いておかなければ。

 まだまだ知らないことが山ほどある。

 えーっとまずは――。


「プール……入りたくないかい?」

「プールですか!? 入りたいです!」


 思わず声を思考を外に漏らしてしまった。


「そうだろう〜? そしてそのブールをプレゼントしてあげると言ったら……どうする?」


 俺の反応を予想していたような、してやったりという声色に腹が立つが……。


「か、神様! プールに入りたいです! よっ、創造神! 堀が深い!」

「……変わり身が早すぎないかい?」


 いやだって、プールなんて入りたいに決まっているだろう。

 毎日何もせずに水に浮けるなんて、クラゲか水死体にしかできない贅沢だ。

 転生前にはそんな自由は許されなかったが……この世界で俺を縛るものは何もない。

 衣服ですらも、俺を縛ることはできないだろう。

 人前で全裸にはならないが。

 なんにせよ、プールなんて絶対に自分では作れないからな、神の力にあやかりたい。


「というわけで、君にプール作成キットをプレゼントしよう!」

「ありがとうございます! 有能! 神!」

「有能は嬉しいけど、私の場合、神は褒め言葉じゃないからね?」


 褒め言葉なんてどうでもいい。

 これでスローライフに拍車がかかる。

 最近暑いからな、毎日入ろう。

 そうだ、どうせならリリアと一緒がいい。

 彼女の水着姿はさぞ暴力的なんだろうな、楽しみだ。

 泳ぎ方を教えるとかなんとか言えば、ちょっとくらい身体に触れてもバチは当たらないと思うし、邪な妄想が捗るぜ。

 しかし、肝心の水着が――。


「もちろん、二人分の水着も付けておくよ!」

「ありがとうございます!!! しごでき! 神!」

「君の元いた世界では『しごでき』は死語になってるみたいだよ」

「うるせえ!」


 SNSでは結構使われてたんだよ!

 あれか、俺の周りに引きこもりしかいなかったからトレンドの移り変わりが遅かったのか。

 だが、そんなのはプールに比べたら些細なことだ。


「そうと決まれば早く朝にしてください! 早く!」

「……急に元気になるね君。でもいいよ、メルンヴァラでの初プールを存分に楽しみたまえ!」


 そう言うと、目の前にいるであろう神はさらに輝きを増し、視界がさらに光で満たされていく。

 段々と、心地良さと暖かさが身体を包んでいき、意識が遠のいていくのを感じる。


「次の動画も楽しみにしているよ〜! ちなみに私の名前はメルンっていうか覚えておいてね〜!」


 応援してくれるのは有難いが、もう神……メルンにイジられるような動画を撮らないようにしよう。

 そう決意しながら、かろうじて繋いでいた意識を手放した。

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