神像、彫ってみた
「今回は、この世界の神、メルン様に関係する動画です! 皆さんと同じように、俺も彼に大きな恩があります。なので今日は、洞窟の奥にメルン様の神像を作りたいと思います!」
何度目かのネタ切れである。
いや、やることなんていくらでもあるのだが、どうにもやる気が起きない。
日々新鮮に感じることばかりで、キャパシティがいっぱいいっぱいなのかも。
そして、そんな時のために取っておいたのが、神像を彫るという企画だ。
目に見えない、または、常に目の前に現れるわけではない信仰対象を、日頃から身近に感じる方法。それが偶像崇拝だ。
メルンヴァラの人々の信仰形式は不明だが、地球と同じような進化を遂げているとすれば、像を彫るというのはある程度の共感を得られるはず。
中世ファンタジーの世界なら、むしろ今がホットな時期かもな。
彫ると聞くと大変そうに感じるが、俺には「コナゴナ砕くちゃん」がある。
ポイント交換産の、固体を好きな形、大きさに砕けるという優れものだ。
砕くちゃんの形状も、ハンマーやノミなど用途に応じて使い分けることができる。
流石に、像のように細かいものは時間をかけねばならないが、それでも頭に思い描いた通りに削ることができるので、完成系さえ決めれば失敗はしない。
……まぁ、意図的に奴の顔の彫りを低くしてやることはできるが。
「さてと……やるかぁ」
洞窟の奥にどかっと座り、作業前の精神統一を行う。
今日はリリアは建築に、マロンは散歩に行っているため、ここにいるのは俺一人。
像を作ることに関して二人の許可はとってある。
「スズネちゃん、指とか切ったらいつでも言うのよ? 私が舐めてあげるからね? むしろ怪我しなくても舐めてあげるから!」
リリアには変態チックに心配されていたが、何とか建築に向かわせることに成功した。
ゆっくりと神像を彫って、頑張ったなぁという達成感に浸り、明日はまたサボるとしよう。
一日頑張る日を設ければ、怠惰に過ごすことへの罪悪感も軽減される。
それに、神像を彫るという行為で視聴者からの好感度もゲットできるし、まさに完璧な作戦だ。
『なんだか私のこと、都合よく使おうとしてない?』
どこかから声が聞こえた気がするが、あいにくこの場には、俺以外には誰もいない。
つまりこれは幻聴だ、早速作業に取り掛かろう。
ノミに変形させた砕くちゃんを右手に、大胆に洞窟奥の壁に刃を入れていく。
岩を削る音と、自分の呼吸音だけが世界に取り残されたかのように聞こえる。
だが、そこに孤独感はなく、むしろ岩が形作られていく音のテンポが心地良い。
作業は順調に進んでいる。
失敗する要素がないのだが、思いの外、美形に仕上がりそうで若干腹が立った。
下の方に小さく悪口でも書いてやろうかと思ったが、これも好感度のためだ。
今にも暴れ出そうとする右手をどうにか抑える。
せいぜい素晴らしい作品に仕上げ、視聴者の感動を誘うとしよう。
最悪、動画を撮影した後に殴り壊してストレス発散にしても楽しそうだ。
「……ふぅ。こんなもんか」
そんなこんなで作業を進めること三時間。
ついに神像が完成した。
高さが二メートルほどもある像に仕上がり、俺が死後の世界で見たままの、堀が深い顔が完璧に再現された見事な作品が出来上がった。
服の質感なんかは石とは思えないほど滑らかで、本当に布かと勘違いしてしまいそうだと、自分で彫っておきながら惚れ惚れする。
作業から帰ってきたリリアにも、エリシダにある像よりも神々しさがあって凄いと、いつも以上に褒められてしまった。
マロンもなんとなく像に敬意を払っている気がする。
そして、晴れて完成した神像の前に、以前はスルーした【神様ありがとうセット】を備えておく。
多分夢に出てきて感謝されるだろう。
手を合わせ、祈りを捧げた俺たちは夕食を食べることにしたのだが――。
「なんか、見られてる気がして嫌だな……」
「私も、ちょっと怖いかも……」
マロンも左右の耳をバラバラに動かし、落ち着かない様子だ。
俺からすると、自分を手違いで殺したやつの顔が近くにあるわけで、リリアからすると、信仰対象に常に見られているというのは居心地が悪いのだろう。
よって、完成したばかりだが、神像には布をかけさせてもらった。
なんでさ!と言う声が聞こえた気がしたが、これはきっと、外から入ってきた風の音だ。
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「おい見たか? スズネ様、馬を飼い慣らしてたよな。動物にも懐かれるなんて、美しい心をお持ちなんだろうなぁ」
「あの神像も、なんて神々しいのかしら。やっぱり実際にメルン様に会ったことがあるのよ!」
「石を掘る手際も職人並みだった。ウチに欲しいくらいの逸材だよ」
エリシダでは、今日も動画の感想を言い合う人々の姿があった。
鈴音の狙い通り、神像の動画は大好評だ。
幼い頃から何度も聞き、親から子へ、またその子へと受け継がれてきた、メルンの言い伝え通りの容姿を持った像。
「ふむ、画面越しだがあの像からは神聖な力を感じるのう」
その言い伝えを知らないはずの鈴音がそっくりの像を作ったというだけでなく、アルジャックの何気ない一言で、一層町民の反応が大きくなる。
「あの像を一眼、一眼でいいから肉眼で見てみたい……」
「きっと、今まで以上にメルン様の息吹を感じることができるはずだ!」
洞窟へ聖地巡礼に行きたいと言う声は多数上るが、どういうわけか、アルジャックに控えるよう言われてしまう。
「そうだな。俺たちが突然行って邪魔をしちゃいけなんもんな」
と人々は納得するが、あの森の魔物をどうするべきなのか、老魔術師は未だに計りかねているようだった。
一方、森では、あまりに反響があり、ポイントの増え方が著しかったため、もしや炎上したのではないのかと、しばらくの間スズネは怯えていたという……。




