エリシダにて
連日祭りが続いているエリシダに、新たなブームが舞い込んできた。
先日、動画で紹介されていた肉じゃがである。
あの動画が公開された後、エリシダでは肉じゃがに挑戦する町民が続出し――。
「甘い味付けで箸が止まらねえ!」
「言っていた通り、寝かせると味が染み込んでさらに美味しいわ!」
「こんなの食べたことがない! 普段使っている食材でこんな料理が作れるなんて!」
「今日からうちは肉じゃが一本でやっていくぜ!」
町の人々に大好評なのであった。
「しかし、なんでスズネ様は自分で料理を作らなかったんだろうな」
「スズネ様の料理の腕前を見てみたかったわよね」
「確かに、故郷の料理なら自分で作るべきなんじゃないかな」
しかし、心底真剣に視聴しているからこそ、意見はある。
真相を知る由もない人々は、口を揃えて同じ疑問を言っていた。
すると、一人の男が声を上げた。
「みんな! アルジャックさんから手紙を預かってきたぞ!」
ふっと場は静まり返り、人々は、声を上げた男が手紙を読むのを待っている。
彼ならば、自分達の心を占領している疑問を予知し、答えを知っていると、疑う者は誰もいなかった。
『今日も町は賑わっており、ワシも嬉しい限りじゃ。それもスズネ殿のお陰である。しかし、何故彼が自分で料理を作らないのか、皆は疑問に思っているだろう。そのため、この手紙を託した』
読み手が一度呼吸を整えている間に、町人は思い思いに言葉を発する。
「流石アルジャックさんだ、俺たちの考えることは全部お見通しみたいだな!」
「昔からアルジャック殿には助けられてばかりだからのぅ……。ワシも父もワシの息子も、そしてその孫も彼には頭が上がらないわい」
伊達に何百年も生きていない。
蓄え続けた経験は今なお大きな力を秘めており、その考察力を手紙に込めて、人々を導いている。
人々が再び静まり返ると、声の調子を整えた読み手が続きを読み始める。
『スズネ殿が料理を作らなかった理由は一つ、我々の立場を良く理解してくれているからじゃ。彼が故郷の料理を作るのであれば、確かにその手際は素晴らしく、一々次の行程を確認する必要がないだろう。しかし、それでは動画を見ているものたちは置いていかれてしまう。ここまで言えば、聡明なお前たちならわかるだろう。祭りが終わっても、メルン様への感謝を忘れないように。それでは』
一から十まで解説するのではなく、あえて途中で終わらせることによる、ある種の啓蒙。
長年、そのように考える力を培われているエリシダの人々は、今回も答えに近づいていく。
「つまり、リリアネット様を俺たち視聴者と同じ立場に据えることで、この料理を初めて作る俺たちにも理解しやすい動画になるってことか!」
「俺たちがしそうな間違えを、あらかじめリリアネット様を通じて伝えてくれることで、実践する時にスムーズに行くようになっているのか……。アルジャックさんは、本当になんでもわかっちまうんだな!」
「スズネ様の優しさが身にも肉じゃがにも染みる! お陰で料理の作り方がよくわかりました!」
今日もエリシダは大賑わいだ。
なにも、真実を知ることだけが重要なのではない。
時に真実とは違くとも、納得することができればそれもまた、真実になり得るのだ――。




